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デンジの成長を心理学的にポイント考察してみた

※このコラムは『チェンソーマン』のネタバレを含みます。

■「第1部:公安編」はデンジの成長物語

漫画・アニメ『チェンソーマン』(アニメ『チェンソーマン』公式サイト (chainsawman.dog))を題材に、考察したことをつづります。

※第1部「公安編」までのストーリーを主に取り扱っています。
(トップ画像は、11巻表紙)

第1話を読んで一気にファンになり、のめりこむように「公安編」を読み切ったとき、ある観点でどうしても考察したくなり、書かずにいられなくなりました。

ここでは、この『チェンソーマン』第1部について、ものすごく私的な見解を、展開したいと思います。

この「公安編」。
メタな視点で見たとき、「デンジの成長物語」とも言えるな、気づきました。

これは、あの心理学者アブラハム・マズローが唱える、あの有名な学説を用いると、非常にリアルに解説ができるのです。

■『欲求5段階説』とデンジの成長

この説は、米国の心理学者、アブラハム・マズローによって発表された学説で、「人の動機づけに関する理論」として有名です。

欲求の5段階説

簡単に解説すると、

  • この説は、人の成長のプロセスを表している。

  • 本能的な欲求・モチベーションが、どう変遷していくのか、という学説。

  • 5段階は、下から順に積みあがる。

  • 一番下は「生理的欲求」。「生きていきたい」という欲求。それが満たされたとき、「安全の欲求」に欲求が現れる。

  • 「安全の欲求」とは、「安心して暮らしたい」という、身の安全を確保したい本能の欲求。それが満たされると、「所属と愛の欲求」が現れる。

  • 「所属と愛の欲求」とは、「誰かとかかわりたい。他人から気にかけられたい」という欲求。それが、満たされると、「承認欲求」が現れる。

  • 「初認欲求」とは、「誰かに自分を認めてほしい」という欲求。それが満たされると、「自己実現の欲求」が現れる。

  • 「自己実現の欲求」とは、「成長したい。もっと力を発揮したい」という欲求。この最後の欲求が現れるとき、人としてもっとも成長した姿になる。

■デンジの物語は、「生理的欲求」から始まった

デンジは幼い頃から、ポチタと一緒に、まるで野良犬同然の生活をしていましたね。
自分の内臓を売ったり、ごみを漁って食べたり、というまさに、生きるか死ぬかの生活です。
公安に拾われたとき、デンジの欲求は「あったかい布団で寝たい。朝起きてご飯を食べたい。それができれば何も要らない」という状態でした。

「食べれるだけでいい」。
豊かな現代に生きる私たちにはファンタジーに感じるかもしれませんが、戦争で孤児になった人たちの記事などを読んでいると、まさにこうした世界で生きざるを得なかったということです。
デンジの物語は、この状態から始まりました。

■「安全の欲求」にデンジが移行したとき

デンジは、公安の対魔4課に所属すると同時に、先輩デビルハンターである「早川アキ」と、彼のアパートで二人で暮らすことになります。
アキは、崇高なまでの自立心を持ち、人として丁寧な生活をしています。家事はなんでもこなし、手料理をデンジのために作って、一緒に朝ご飯を食べて出勤します。
デンジは、この時点で「俺はもう夢が叶った」と言っています。
つまり、以前の、命の危険を感じながら生きる生活と比べ、住むところ、寝るところ、食べるものがすべて手に入ったのです。

デンジの「安全の欲求」は、ここに満たされたのです。

■任務が与えられ「所属と愛の欲求」へ

デンジがそれまでの生活から、最も飛躍的な変化を感じたのは、おそらく「仲間と仕事をする」ということを体験してからでしょう。
目的は、「ただ悪魔をコ●スこと」だったかもしれませんが、アキとチームを組んで仕事をする、ということは、人生で味わったことのない経験でした。

何かのコミュニティに属する。
それは、そこにいる人と摩擦があったり、喜び合ったりする、ということです。

任務を与えられ、それを完遂し、上司である「マキマ」からも頼りにされ、彼女に好意を抱くようになります。

この頃のデンジは、「いい女を抱けたら死んでもいい」という欲求に移行しています。

■「承認欲求」が満たされても…


デンジとアキの家には、また一人、「パワー」が同居人として増えます。
彼女(?)は、魔人です。
生活ぶりはデンジのそれをはるかに上回るほど、めちゃくちゃで無秩序です。
しかし、長い時間をかけて彼は、やんちゃなパワーを妹のように思い、アキを兄のように思うようになります。

パワーから兄のように頼られること。これはデンジの承認欲求を満たしてくれます。
また、アキからも弟のように気にかけてもらうこと。これも、彼の承認欲求を満たしてくれました。
他にも、憧れのマキマから、その能力を認められ、頼りにされ始め、対魔4課でしだいに注目を集めていく。

■デンジは「自己実現の欲求」に達したか?

一番下の「生存欲求」から、この「承認欲求」は、まとめて「欠乏動機」というジャンルに置かれ、これらは、「満たされないと破壊的行為に走る」ことがあります。
病気になったり、自分や人を傷つけるような行為だったり。。。
実際、この欲求が満たされるまでのデンジは、人に興味がなく(女以外は)、親しい人が亡くなっても涙も出ず、自分自身を雑に扱うことが多かったですね。

しかし、これらが満たされたとき、いよいよ「自己実現の欲求」が現れます。
人ととして、もっとも自律的で成長した姿です。

そして、デンジの承認欲求は、満たされたかのようでした。

■マキマの誘いを断ったときに見えた「自己実現の欲求」

決定的瞬間は、あれほどあこがれていたマキマとの「江の島デート」を断ったときでした。
「妹同然のパワーが弱っているから、自分がいないと誰も面倒が見られない」
そんなことを思うデンジを、だれが想像したでしょうか?

ここに、デンジは「誰かのために役に立つ」という欲求が備わった瞬間でした。
そう思っていました。

ところが、その後、巧みにマキマの罠にからめとられるデンジ。
「考えなきゃいけないことが、一万個くらいあって、疲れた」
「マキマさんが、俺の代わりに考えてください。俺はあなたの言うことを聞いていれば、間違うことはない」
こう、マキマを頼ります。

これは、現代の企業でよく言われる「思考停止の人」の特徴でしょう。
答えを、会社や上司に求め、大切な決断まで人にさせてしまう、多くのこうした人が実際、日本の企業社会にはいます。

なんとも皮肉です。
いったん「自己実現の欲求」に移行したデンジでしたが、すぐにまた「承認欲求」に戻る。
それほど、「承認欲求」と「自己実現の欲求」の壁は高く、同時に、ゆらゆらと崩れやすいのだと、あらためてわかります。

そして、それがまた、リアルな人間の性なのでしょう。
実際の私たちは、この2つの欲求を行ったり来たりしながら、ゆっくりと成長していくのではないでしょうか。

■輪廻:ナユタがやってきた

しかし、デンジは揺らぎながらも、きちんと自分で「自己実現の欲求」の階段を登ります。

その結末は、非常に興味深いものでした。
まさに「輪廻」。
あの、生きるか死ぬかの生活をしていた「生理的欲求」の頃の自分。
そのときの自分にそっくりな、「ナユタ」を拾います。
彼は、マキマの生まれ変わり的な存在でしたが、デンジは、そのナユタを背中におんぶして家に帰り、育てることにしたのです。

一番上の欲求を満たした今の自分が、
一番下の欲求が満たされない昔の自分のケアをする。


たくさんの愛すべき仲間を失い、最後に、犬同然の生活をしている非力な存在に愛を注ぐ。

こうしてみると、デンジの成長ストーリーは、まるで「欲求の5段階説」をきれいになぞって説明できる、そのように思いませんか?

デンジの成長の物語は、第2部も続いていくのでしょうか?


第1部「公安編」の、ものすごく私的な見解でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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