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国連の薬物政策と人権、国連人権高等弁務官事務所による報告書(A/HRC/39/39)

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)による薬物政策と人権についての2018年の報告書(A/HRC/39/39)の仮訳を公表しました。

A/HRC/39/39
世界の薬物問題に効果的に取り組み、対処するための共同コミットメントの実施と人権について: 国連人権高等弁務官事務所報告書(仮訳)
原文
Implementation of the Joint Commitment to Effectively Addressing and Countering the World Drug Problem with regard to human rights : report of the Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights

解説

この報告書では、UNGASS 2016(国連麻薬特別総会)の成果文書で約束された、「世界薬物問題に対処する共同コミットメント(英文)」[1](日本語訳)[2]の各国の法律や政策への実施状況と人権の側面について検討されています。報告書は、人権理事会の決議37/42にしたがって、国連人権高等弁務官事務所による意見募集の要請に応じて各国(キューバ、グアテマラ、レバノン、メキシコ、ミャンマー、ノルウェー、パラグアイ、ポルトガル、ロシア連邦、スリランカ、スウェーデン、スイス)、国連機関と国際組織(裁判官と弁護士の独立に関する特別報告者、国連開発計画:UNDP、国連薬物犯罪事務所:UNODC)、国内の人権機関、NGOから提出された資料に基づいて作成されています。

ポストUNGASS 2016

国連はUNGASS 2016以降、組織犯罪による薬物の不正取引に厳しく対処する姿勢を強調する一方で、人権を尊重し、健康を促進する個人使用目的の薬物使用と所持の非犯罪化政策を強く推奨しています。UNGASS 2016成果文書の共同コミットメントでは、これについて次のように述べられています。

4. 我々は、薬物政策の開発および実施において、すべての人権、基本的自由、すべての個人の固有の尊厳および法の支配を尊重し、保護し、促進するというコミットメントを改めて表明し、以下の措置を勧告する:

(j) 3つの国際薬物統制条約に従い、非拘禁措置に関する国連最低基準規則(東京ルールズ)などの関連国際基準および規則を適切に考慮し、国家、憲法、法律および行政制度に十分配慮し、適切な性質の場合において有罪判決あるいは刑罰に関する代替措置または追加措置の開発、採用および実施を奨励する。[p.12,4.(j)]

国連高等弁務官事務所による報告書(A/HRC/39/39)では、こうした共同コミットメントに対応して以下のように述べられているほか、世界人権宣言、その他の人権条約、基準や規則などによって規定された人権基準に照らして、薬物使用者を犯罪として取締り、拘禁するのではなく、予防と治療に基づく効果的な代替措置を取るよう繰り返し述べられています。

14. 治療の利用可能性への主な障害は、薬物の個人使用と所持の犯罪化である。 ある研究では、薬物を注射する人の60%以上が人生のどこかの時点で収監されて いることが示されている。経済社会文化権委員会(E/C.12/PHL/CO/5-6参照) 、国連人権高等弁務官(A/HRC/30/65参照)、到達可能な最高水準の身体および精神の健康を享受するすべての人々の権利に関する特別報告者(A/65/255参照) ならびにHIVと法律に関する世界委員会は、薬物の個人使用と所持を非犯罪化することを含む、健康への権利に対する障害を取り除くための審議を行うよう勧告している。報告書はまた、連続した支援、予防および治療措置の提供とともに薬物使用および所持を非犯罪化することは、薬物使用全体の減少と薬物による死亡率の低下をもたらす可能性があることを示している。

15. ポルトガルは提出資料において、「刑事制裁は効果がなく、逆効果であり、 薬物使用の結果に対処していない」と述べている。ポルトガルの薬物政策は、薬物使用を抑制し、すべての関係者に社会的利益をもたらす、公衆衛生上の懸念に向けた措置を促進するために設計された広範なアプローチの一環として非犯罪化モデルを包含している。より健康および根拠に基づくアプローチの実施は、定められた閾値以下の量のすべての薬物の個人使用のための消費および所持の非犯罪化によって促進されている。

16. 2017年6月、国連の12機関は、個人使用のための薬物使用または薬物所持を犯罪化あるいは禁止するような懲罰的な法律の見直しと廃止を勧告する共同声明 を発表している。いくつかの市民社会組織は、提出資料において、薬物使用の非犯罪化を勧告した。

60. 均衡のとれた判決の要件を満たすために、各国は、最低刑および最高刑を削減すること、ならびに総刑務所人口の削減にも寄与する薬物の個人使用および軽微な薬物犯罪を非犯罪化することを目的として、刑事政策および法律を改正すべきである。

89. 世界の薬物問題に関する2016年の第30回特別総会の成果文書の横断的アプ ローチは、薬物規制の目的である — 人類の健康と福祉の保護 — と「持続可能な開発目標」を含む国連システムの重要な優先事項との新たなより良い結びつきを形成している。 各国は、人権義務に基づき、成果文書のより包括的な実施のための、さらなる努力を行うべきである。

薬物政策と持続可能な開発目標(SDGs)、日本政府の恣意的な排除

薬物の個人使用と所持の非犯罪化政策は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)、SDG 3に含まれています。例えば、国連薬物犯罪事務所(UNODC)による資料「国連薬物犯罪事務所と持続可能な開発目標(UNODC AND THE SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS)」[3]では次のように述べられています。

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薬物と健康に関するUNODCの活動は、SDG 3の複数の目標と密接に関連している。例えば、UNODCの既存の任務は、次のような多くの局面でターゲット3.5と完全に一致している: 薬物使用者に対する差別をなくし、介入を促進するための活動を行うことにより、薬物問題に対するバランスのとれた公衆衛生志向のアプローチを支援する; 有罪判決や刑罰への代替措置を含む、薬物使用の予防と物質・薬物使用障害の治療のための包括的な、根拠に基づく、ジェンダーに対応したサービスへのアクセスを強化する。(ターゲット3.5: 麻薬乱用やアルコールの有害な摂取を含む、物質乱用の防止・治療を強化する。)

しかし、SDGsの日本国内への実施を目的とするSDGs 実施指針改定版(2019年12月10日)[4]では、

「2015 年 9 月に国連で採択され た持続可能な開発のための 2030 アジェンダ(以下「2030 アジェンダ」)、及びその中に持続可能な開発目標(以下「SDGs」)として掲げられている 17 のゴール(目標)と169 のターゲ ット、及び 232 の指標は、世界全体の経済、社会及び環境の三側面を、不可分のものとして 調和させ、誰一人取り残すことなく、貧困・格差の撲滅等、持続可能な世界を実現するため の統合的取組であり、先進国と開発途上国が共に取り組むべき国際社会全体の普遍的な目標である。」

と述べられているにもかかわらず、日本独自の「SDGs モデル」として編纂された『SDGsアクションプラン2020』[5]では、UNDOCの掲げるSDGs 3、ターゲット3.5が含まれておらず、「2030 アジェンダ」に掲げられている国際社会全体の普遍的な目標の達成のために不可欠な薬物政策と人権に関する目標が恣意的に排除されています。この件について、昨年SDGs 実施指針改定に際して行われた意見募集に対して問題点を指摘するパブリックコメントを提出しましたが、結果には反映されていません。

人権及び薬物政策に関する国際ガ イドラインで規定されている人権基準

今日では、UNGASS 2016成果文書の共同コミットメントで確約された薬物の個人使用と所持の非犯罪化は、世界的な合意に基づく共通認識となっており、国際人権法と国際薬物統制条約に基づいて、各国が遵守すべき人権義務とコンプライアンスが普遍的な人権基準として、国連加盟国、 世界保健機関(WHO)、国連エイズ共同計画(UNAIDS)、国連開発計画(UNDP)、人権および薬物政策の専門家によって策定された「人権及び薬物政策に関する国際ガ イドライン」[6]の中で明確に規定されています。そこでは代表的なものとして以下のように定められている(日本臨床カンナビノイド学会訳)[7]ほか、各国が人権義務とコンプライアンスを遵守するための様々な勧告がなされています。

7. 恣意的な逮捕及び勾留からの自由
すべての人はその人の自由と安全に対する権利を有しており、したがって、恣意的な逮捕及び勾留から自由になる権 利を有している。何人も、その理由及び法律により定められる手続に従わなければ、自由を奪われてはならない。この ような権利は、薬物を使用したことが知られている者又は薬物の使用が疑われる者、並びに薬物関連の犯罪が疑われ る者にも等しく適用される。

この権利に従い、各国は以下のことを行うものとする:

i. 薬物使用又は薬物依存のみに基づいて人々が勾留されないことを確保する。
ii. 薬物関連の起訴のために公判前勾留が強制されることはなく、その勾留が合理的、必要かつ比例的であると認められる例外的な状況においてのみ課されることを確保する。

さらに、各国は以下のことを行うべきである:

iii. 薬物関連の犯罪のために逮捕、勾留、有罪判決を受けた人々は、他の犯罪の逮捕、勾留、又は有罪判決を受けた人々によって享受 される-刑の減刑、執行猶予、仮釈放、赦免又は恩赦のような手段、保釈、公判前勾留に代わる他の手段など、非勾留措置の適用か ら利益を得ることができることを保証する。
iv. 薬物犯罪又は薬物関連の軽微な犯罪で逮捕された者については、起訴猶予を優先する。
v. 薬物犯罪又は薬物関連の軽微な犯罪で起訴された者又は有罪判決を受けた者について、刑期及び刑後の段階において、保護観察を行わない措置を優先する。
vi. 処遇が裁判所に委任されている場合には、そのような処遇を完了しなかった場合に刑罰が付与されないことを確保する。
vii. 投獄に代わる薬物依存の治療が、インフォームド・コンセントを得た上で医学的に適応された場合にのみ行われ、適用される刑罰の期 間を超えないように行われることを確保する。
viii. 強制薬物収容センターが存在する場合には、緊急措置をとり、そのようなセンターに収容されている人々を釈放し、そのような施設 を地域社会における自由意志に基づくエビデンス・ベースのケア及び支援に置き換える。

9. プライバシーの権利
薬物の使用をする者も含め、誰もがプライバシーを守る権利を持っている。

この権利に従い、各国は以下のことを行うべきである:

i. 薬物使用者のプライバシー、家庭生活、家庭、及び通信に対する恣意的かつ不法な干渉を防止するために、立法的、行政的、及び その他の措置をとる。
ii. 薬物関連犯罪の犯罪捜査に関連するプライバシーの権利の保護を確保する。
iii. 自由かつインフォームド・コンセントなしに、薬物検査結果及び薬物依存症の治療歴を含む個人の健康データの開示を防止するための法律その他の措置を採用する。
iv. 権利及び給付にアクセスするための福祉条件及び行政上の要件が薬物使用者のプライバシーを不法に、不必要に、又は不 釣り合いに侵害しないことを確保する。

加えて、国は、次のことができる:

v. 個人消費のための規制物質の所有、購入、栽培を非犯罪化するために、国連薬物条約の利用可能な柔軟性を活用する。

10. 思想、良心及び宗教の自由
すべての人は思想、良心、宗教の自由に権利を有しており、それには、個人的に、又は他人との共同体において、公的に、又は私的に、自分の宗教又は信念を表明する自由が含まれる。この権利は、宗教上又は霊的目的のための医薬品の使用を伴うことがある者に適用する。

この権利に従い、各国は以下のことを行うことができる:

i. 個人消費のための規制物質の所有、購入、栽培を非犯罪化するために、国連薬物条約の利用可能な柔軟性を活用する。

さらに、各国は以下のことを行うべきである:

ii. 儀式や儀式を含む宗教目的のための規制物質の栽培と使用を許可する薬物規制法の適用除外を考慮する。


国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)と人権侵害発生の申立てのための特別手続

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、こうした国際的な人権基準が各国の法律に取れ入れられ、個人がその権利を主張できるよう力を与え、国家が人権義務を果たすことを支援しています。OHCHRは、国連人権理事会の人権侵害発生の申立てに対応する特別手続を支援しています。特別手続については、2011年10月に出版された「市民社会向けハンドブッ ク ―国連人権プログラムを活用する 」(信山社 国連人権高等弁務官事務 所 (著), ヒューマンライツ・ナウ (翻訳)[8]にて日本語で詳しく解説されており、そこでは次のように紹介されています。

「特別手続」とは、国連人権委員会が創設し人権理事会が引き継いだ、特定の国の人権状況、または世界中で発生するテーマ別の問題について取り組むメカニズムの総称である。特別手続の重要な特徴は、人権侵害発生の申立てに対し、いつでも、また世界中のどこで発生している人権侵害であっても、迅速に対応する能力を有していることである。

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウの伊藤和子弁護士らによる2014年の研究報告書[9]では、

"特別手続に対する個人等からの通報も可能とされており,そのような通報 を受けた場合,通報対象国に対して説明を求めることもある。"

"国連人権高等弁務官事務所は常時、いかなる個人からも、世 界中の人権侵害に関する情報提供を受けつけている。ひとたび受けつけた情 報は、通常、関連する特別手続を担当する国連人権高等弁務官事務所職員に 送られ、そこから、関連する特別報告者や、関連する職員、場合によっては高等弁務官に共有される。"

と紹介され、日本での特別手続の利用可能性が期待されていることが報告されています。

日本の薬物政策と人権侵害の実例

日本では薬物使用者に対する差別と偏見が未だに根強く残っており、UNGASS 2016成果文書で約束された、薬物個人使用と所持の非犯罪化政策の実施が遅れ、ごく微量の大麻所持でさえ逮捕して強制拘禁する禁止政策が現在も続けられており、上記のような国連文書に照らしてみると、日本で暮らしていると見過ごしてしまいそうな人権侵害の重大さが明らかになります。日本では、2016年に医療目的で大麻を使用していた末期がんの男性が裁判を争う最中に亡くなった事例[10]や2017年10月17日に北海道月形刑務所で服役していた男性が適切な医療を受けられずに死亡した事例[11]など致命的な人権侵害の実例も報道されています。このような人権侵害の状況を解決するためには私たち市民が主体的に情報発信し、知識を広め、行動していく必要があります。重い内容にもかかわらず、この記事を読んでくださって本当にありがとうございます。最後に一つお願いがあります。この記事をSNSなどでシェアして、世界の共通認識を日本社会に紹介し、現在も続いている人権侵害の解決に向けてどうか、お力を貸してください。

参考文献
1. A/RES/S-30/1, A/S-30/L.1, Our Joint Commitment to Effectively Addressing and Countering the World Drug Problem : draft resolution / submitted by the President of the General Assembly, UN, 14 Apr. 2016 (PDF),(2020年5月5日閲覧)
https://undocs.org/A/RES/S-30/1

2. 世界的な薬物問題への効果的な取組みと対策のための共同コミットメントS-30/1., 日本臨床カンナビノイド学会和訳,(2020年5月5日閲覧)
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=99841

3. UNODC AND THE SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS (PDF),(2020年5月5日閲覧)
https://www.unodc.org/documents/SDGs/UNODC-SDG_brochure_LORES.pdf

4. SDGs 実施指針改定版(令和元年12月20日), SDGs 推進本部 (PDF),(2020年5月5日閲覧)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sdgs/pdf/jisshi_shishin_r011220.pdf

5. SDGsアクションプラン2020(令和元年12月), SDGs推進本部 (PDF),(2020年5月5日閲覧)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/actionplan2020.pdf

6. International Guidelines on Human Rights and Drug Policy(March 2019), WHO, UNDP, UNAIDS and International Centre on Human Rights and Drug Policy (PDF),(2020年5月5日閲覧)
https://www.who.int/hiv/pub/idu/human-rights-drug-policy-guidelines/en/

7. 人権及び薬物政策に関する国際ガイドライン, 日本臨床カンナビノイド学会和訳,(2020年5月5日閲覧)
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=103026

8. 「市民社会向けハンドブッ ク ―国連人権プログラムを活用する 」(信山社 国連人権高等弁務官事務 所 (著), ヒューマンライツ・ナウ (翻訳)
https://www.shinzansha.co.jp/book/b188685.html

9. 研究番号:71番, 研究課題: 2006年に設置された国連人権理事会、及び関連する国連諸機関における新たな国際人権保障メカニズム、人権アドボカシー活動方法の研究(2014年5月21日), 伊藤 和子, 小豆澤 史絵, 鈴木 麻子, 須田 洋平, 安孫子 理良, 枝川 充志,(2020年5月5日閲覧)
https://www.jlf.or.jp/work/pdf/kenkyu-no71_houkoku.pdf

10. 医療大麻裁判の山本正光さん死去、意識失うまで執念貫いた「礼儀正しき紳士」, 弁護士ドットコムニュース(2016年07月26日),(2020年5月5日閲覧)
https://www.bengo4.com/c_1009/c_1296/n_4929/

11. 伝説的ミュージシャン伊藤耕はなぜ刑務所で死んだのか 真相を追求する妻の思い, 弁護士ドットコムニュース(2020年04月11日),(2020年5月5日閲覧)
https://www.bengo4.com/c_1017/n_11038/


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