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Watcher #25

本屋から出たら、男の子が傘立てからおれの傘を引き抜くところに出くわした。

男の子は、別の自分の傘をさしていた。

小さいサイズのビニール傘を。

なので、自分がさすために、もっていこうとしたわけではないだろう。

おれは男の子に、それがおれの傘であることを伝えた。

そうしたら、男の子は素直におれへ傘をかえした。

悪びれる様子はない。

おれは男の子に「お父さんとお母さんは?」と聞いた。

「家だよ」

小学校二、三年生くらいの子だ。

まだ20時だけど、ちいさな子供ひとりで出歩く時間でもないよな···

男の子に、どうしておれの傘を持っていこうとしたのかと聞いた。

売るつもりだったと言った。

予想外の答で、理解するのにすこし間を要した。

売る?

どうやって?

フリマアプリ?

リサイクルショップ?

どっちにしろ大人がいないと無理だろ···

親になんて説明するつもりだ?

男の子は傘立てから別の傘を引き抜こうとしていた。

それきみの?

「ちがいます」

なんで悪気がないんだ?

おれは、男の子に話を聞いた。

男の子の言ったことを要約すると、傘は手売りするつもりだったそうだ。

家が貧乏だから、お父さんとお母さんの助けになりたいからだという。

なんで傘を盗るのかというと、友だちと一緒にコンビニへ行ったときに、友だちが傘立ての傘を取っていったという。

それをジッと見てたら、友だちは

「傘は持ってってもいいんだよ」

と、言っていたそうだ。

男の子はその友だちの言葉を真にうけて、傘立ての傘は、持っていっていいものだと思っているっぽい。

おれは男の子に友だちの言っていることはウソだから、傘を持っていってはダメだと教えた。

男の子の家庭はどのくらいお金がないのだろうか···

おれは、男の子の力になれるかもしれない。

人にわたすような余分な金はないけど、福祉の手続きの手伝いくらいなら···

両親にとって、お節介だろうか。

その前に、この男の子の家庭は本当に貧乏なのか?

男の子が勝手にそう思ってるだけじゃないのか?

貧乏だとしても、ものすごく厄介な両親かもしれない。

だとしたら、関わりたくない。

おれは、あいさんみたいなお人好しじゃない。

貧困の子供は無数にいる。

この男の子を助けたところでなにも変わらない···

その前に、これは行政の仕事だろう···

おれはちゃんと税金を納めてるから、それ以上することないよな···

おれは、男の子をほっといてマンションに向かった。

男の子に対する判断を短い時間でしたので、頭を無理に動かした状態だった。

歩いているうちに、その興奮が引いていくのと入れ替わるように別の気持ちがわいてきた。

なんというか、取り返しがつかなくなるような、とでも言えばいいのか···

おれは、急いで本屋のほうへ戻った。

男の子は見つからない。

男の子を探していると、急に雨音が聞こえなくなった。

同時に取り返しがつかなくなるような気持ちもおさまった。

辺りも心も静かになった。

といっても、心地いい静けさではなく、自分だけ取り残されたような静かさだ。

そんななかで目に飛びこんできた。

“あれ”だ。

“あれ”がいた。

傘立てのような“あれ”だ。

アクリルケースのなかに、真っ白な腕がぶら下がっている。

ケースのなかには液体が溜まっていた。

“あれ”を認識したら、また世界に音が戻ってきた。

おれは、男の子を探すのをあきらめて帰った。






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