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私と親友の小春(こはる)は、同じ児童養護施設で育ちました。

親友と言いましたが、私としては、姉妹のほうがしっくり来ます。

ですが、血の繋がりはありません。

なので、あらためて関係を聞かれると、『親友』と言うことになるのかな、と思ったのです。

本当に、双子の姉妹のように、つねに一緒にいました。

施設に入ったのも、ほとんど同じ時期です。

誕生日は小春のほうが早いですが、学年も同じです

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登校拒否は、半年ほどつづきましたが、小春はなんとか、登校をはじめたのです。

ですが、中学にあがると、小春の不登校は、より多くなってしまいました。

同級生の男子は、男っぽくなります。

そして、上級生は成人男性と、そんなに体格がかわりません。

さらに、心ない女子生徒が、小春に対して、的外れな陰口をしていたと聞いたことがあります。

『自分のことかわいいと思ってる』と。

その陰口を、私は直接、

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中学を卒業して、高校入学です。  

通信制の女子高をみつけて、小春はそこへ入学しました。

私は近くの、公立の高校へ。

このころになると、小春は体調を極端にくずしたり、発作をおこしてしまうことが、少なくなりました。

恐怖症が軽くなってくれたからではないです。

恐怖症とのつきあいかたが、うまくなったから、だそうです。

それは、男性と接しない、と言いかえれてしまいますが……

でも、直接では

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そして、高校卒業です。

私は、生花店へ就職しました。

私が就職したのは、高校の3年間アルバイトをしていた、フラワーショップの店長さんの知人が経営するお店です。

人気のお店なのですよ。

店長は、知人である、そのお店のオーナーに「元気もあるし、まじめ」と、私を紹介してくました。

うれしかったです。

私の母も結婚する前は、生花店で働いていたのです。

母は家でも、たくさんの花を育てていました

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あるとき小春は、SNSで拡散されてきた風景の写真に惹かれたのです。

SNSでも男性を避けていた小春は、知らない人へコメントや『いいね』をするときに、その人が、男性か女性かを確認していました。

ですが、その風景写真の投稿者は、SNSのサムネイル画像も風景写真でした。

アカウント名は、性別が判断できるものではなかったです。

投稿している文章の一人称は「私」でした。

文章の内容は、男性とも女性

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私は、小春にゆっくり近づいたのです。

そして、すこしはなれた対面に座りました。

「小春、大丈夫?」

そう、小さな声で問いながら、様子をみました。

大丈夫そうではなかったです。

……ずっと気をはっていたのでしょう。

たぶん、本人も気づかないうちにです。

小春は、睦夫さんに会えるうれしさで、いっぱいだったと思います。

ですが、その一方で自分が緊張している事を、自覚しにくくなっていたのか

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小春と睦夫さんは、メッセージアプリでのやり取りしかしていません。

会ったこともなく、顔もしらない人を好きなるのはおかしい、と言う人はいるかも知れないです。

ですが、小春は男性と会うこと自体が難しいのです。

それに、小春も睦夫さんも、誠実すぎて、奥手になってしまっているくらいだと思えます。

私は、一度だけ交際したことがあります。

相手は、高校のときの同級生でした。

つき合ったのは卒業後で

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小春の表情に、自然な明るさがもどりました。

小春がまた、SNSですら男性を避けてしまうという、最悪️の事態はまぬがれたのです。

そして、陸夫さんと約束した日がおとずれました。

あらためて、三人で会う日です。

小春のコーデは完璧でした。

街に出るわけでもないので、決めすぎず、それでいて、ちゃんとかわいかったのです。

小春は緊張している様子でした。

ですがそれは、普通の女の子も、初デート

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公園で大丈夫だったので、少し遠出をすることになりました。

小春の作った服の、撮影をしにいこうという話になったのです。

睦夫さんは、撮影の穴場をたくさん知っていました。

人がこなくて、小春が好きそうな、画になる場所を。

探がすのも得意です。

小春は睦夫さんの写真が好きです。

そして、どの写真が特に好きかを伝えていました。

なので、睦夫さんは、小春の好みを心得ていたのです。

睦夫さんの

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私は晴れて、ふたりに対する役目を終えました。

私はそれから、ふたりのことに立ち入らないように、つとめていました。

ですが、一度、まがさして思慮のないことをしまったことがあります。

睦夫さんは、あまりにも出来た人です。

私はふと、もしかしたらと思ったことがありました。

男性は、性行為を我慢をするのが、つらいことだと聞いたことがあります。

睦夫さんは、性的なことに興味がないのではないかと。

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小春と睦夫さんの交際は続きました。

交際が始まって、4年が経ったのです。

ですが、小春と睦夫さんの交際は、平穏なものとはいきませんでした。

小春の恐怖症です。

症状の改善の進展が、ありませんでした。

そんな自分を責めてしまう、小春。

交際がはじまった最初の1、2年は、恐怖症を克服できる希望をもっていました。

小春も、睦夫さんも。

ですが、小春は一向に、睦夫さんと触れあうことが、でき

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何回も、つらそうに別れを切り出す小春。

そんな小春を見ているうちに、睦夫さんは、自分が小春を苦しめていると考えるようになったのです。

睦夫さんは私に言いました。

「僕は小春と一緒にいたいです。

でも一緒にいることで小春をつらくさせてしまうのなら、

交際を続けたいというのは、僕の身勝手さなのではないかと……」

睦夫さんはとうとう、小春の話に「わかった考えてみる」と、返事をしたそうです。

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「咲ちゃん、ごめんね」

そう言って、母はベッドで休んでいることが多くなりました。

父が出ていったあと、母の具合は、みるみるうちに悪くなりました。

顔色は青白く、やせて、病気のようでした。

日に日になにもできなくなって、ベットで具合悪そうに寝ていることがほとんどでした。

私が買ってきたお弁当屋さんのお弁当も、あまり手をつけません。

そして、母はよく泣いていました。

部屋から鼻をすする音

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つぎの朝、母の部屋をのぞきました。

「おはよう。咲ちゃん」

母は、笑顔でそう言ってくれたのです。

昨日と同じようにベッドに座ったまま。

私がした飾りつけも、そのままにしてくれていました。

昨日の母の声は、聞きまちがえではなかったのです。

私は、朝ごはんをもってきました。

母はにっこりと、「ありがとう」と言ってくれました。

ですがそのあと、「ごめんね、お母さんお腹いっぱいなの。咲ちゃ

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