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劇場版『きのう何食べた?』中江和仁監督TCP独占インタビュー

みなさん、こんにちは!

TCP公式 note 編集員のHikaruです。『ここでしか聞けない』映画の"ウラバナシ"をお伺いする TCP Interviewのお時間!今回は、第三弾となる受賞者インタビューをTCP映画『嘘を愛する女』監督であり、11月3日(水・祝)に公開を控えた『きのう何食べた?』監督でもある中江和仁氏に実施。

『きのう何食べた?』ファンの方々はもちろん、TCPに応募を考えている方々にもぜひ読んでいただきたい内容となっています!

◆人気漫画を実写にするにあたり、原作とは違うことを恐れずやった

【何食べ】メインカット(WEB)

もともとは原作漫画の存在を知りませんでした。ドラマ化にあたってオファーを受けてから、原作漫画を読ませていただいたのですが、ドラマの制作が発表されると、一気に友達からメールが来ました。「『きのう何食べた?』のドラマをやるの?大好きなんだけど」と。自分の周囲だけでもそんなに原作ファンがいるなんて、「こんなにファンのいる作品なのか。簡単に引き受けてしまったな」と驚いたのが正直なところでした。

原作の良さは、重たいシーンでも深刻な顔をせずに、わざととぼけた顔でしゃべったりする、よしながふみ先生の絵の抜き、力が入っていないようにあえて見せる、カラっとした感じだと思うんです。けれど、生身の人間がお芝居するとなると、同じようにはいきません。人は泣こうと思わずとも泣けてしまったりする。原作とは違ってしまうけれど、生身の人間がお芝居する以上は、仕方がありません。漫画を忠実に再現したいなら、アニメでやればいいんです。そうではないのだから、実写なりのものを膨らませていかなければならない。そこで、原作とは違うことを恐れずにやっていきましょうと話し合いました。

賢二役の内野聖陽さんは、いつも冗談ぽく「僕は勝手な賢二を演じちゃっている」と言います。つまり原作通りではなく、好き勝手に賢二を演じていると。でもなぜか、ドラマを見た人たちからは「原作通りだね」と言われるんです。最初に内野さんの名前が発表されたときには賛否あったと思いますが、無理に原作に近づけようとまではしませんでした。それより芝居としていかに良いものにしていくかに、現場のスタッフみんなでこだわりました。そして西島秀俊さんの史朗と、内野さんの賢二でドラマ放送がスタートした。絶対に批判が出るだろうと思っていたんです。それが、「思ったよりも原作通りだね」という人ばかりで、逆にびっくりする結果になりました。

◆ドラマから劇場版へ。目指したのは史朗と賢二が同じ方向を向いていく未来

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ドラマのときには、しっかりした背骨がありました。史朗は最初、自分がゲイだと思われることが嫌で、ゲイなのにゲイのことを差別していました。それが1話ごとに、賢二とともに葛藤したり、ほかの人の影響を受けてステップアップしていき、最後にはゲイであることを気にしなくなっていきます。そうした分かりやすい道筋があった。では、その先にあるのは何か。

ドラマの最終話でふたりは史朗の両親に挨拶に行きますが、意味するところは結婚の挨拶であり、ふたりは正式なパートナーになったんです。劇場版ではそこからふたりの関係がさらに進化しなければなりません。そこで家族になるというテーマを一度置いて考えました。ただ、男女であれば、たとえば子どもができて、新たなコミュニティに参加してといった、分かりやすい描き方もある。でもゲイのふたりの場合はどう描くのか。映像で簡単に伝わる分かりやすい記号的なものがないんです。

そこで、史朗と賢二の気持ちが、同じ方向を向いて距離が縮まっていく空気感が大切だと思いました。劇場版を観た人が「きっとこのふたりは、このまま一緒に老いていくんだな」と感じられるように。非常に抽象的で、概念のようなことになってしまうけれど、そこを目指したいんだと。観た人の何人かでも、そう思ってもらえたら。だから最後にいくに従って、そうしたお芝居になるといいなというお願いを、西島さんと内野さんにもしました。

それからドラマでは、主に賢二が色々溜まったものを吐き出して、それを史朗が慰めるというパターンが多かったのですが、今回はその逆が観られます。劇場版では、史朗と賢二の新たな面が観られると思いますよ。

◆家で食事をする機会は増えたけれど、ふたりと同じことができているだろうか

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ドラマが作られたのはコロナ禍の前でしたが、そのときから、史朗と賢二がちゃんと食卓を囲んで、一緒に「いただきます」「ごちそうさまでした」と言えるそのことを、どれくらいの人が果たしてできているだろうかと感じていました。史朗と賢二はほぼ毎日やっている。それって本当に贅沢なことなんだなと、撮影しながら思っていました。

賢二は史朗が作ってくれたものに対して「おいしいね」とちゃんと気づいて口にします。史朗もいつも賢二のことを思って料理しています。劇場版に登場するリンゴのエピソードも、賢二に悪いことをしてしまったなと反省した史朗が、賢二の好きなものを作ります。ふたりが料理を通してキャッチボールをしているんです。それがこの作品における料理の一番いいところで、作品の主役になっているところだと思います。

コロナ禍になって家にいる時間が増えたことで、家で食事をする機会が格段に増えました。でも自分とパートナーや周囲に置き換えて考えたとき、ふたりと同じことができているでしょうか。作るにしても食べるにしても。思いやりを持たないといけないなと、ふたりはエライなと僕自身、感じています。

◆TCP初代グランプリ作品『嘘を愛する女』で劇場監督デビューをして変わったこと

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僕はもともとアート系の作品が好きです。『嘘を愛する女』での劇場監督デビューに際して、正直、すべて自分のやりたかったことができたわけではありません。でもデビューしていなかった頃と比べて、いろんなプロデューサーの方たちが話を聞いてくれる確率は確実に変わりました。

『嘘を愛する女』の前から、たとえばVIPO(映像産業振興機構)が文化庁から委託を受けてやっている、若手映画作家育成プログラムのような場での、名刺交換会などに参加していました。いろんなプロデューサーの方々と名刺交換をして、「何か企画があったら言ってくださいね」なんて言われて、みなさんにメールを送りましたが、ほとんどの人が何も返事をくれませんでした。返事をくれた方でも、実際に会いたいと日取りを決めようとすると「忙しくて」と結局誰とも会えなかったんです。

でも『嘘を愛する女』で劇場監督デビューをしたら、人が会ってくれる確率が上がりました。それこそ名刺代わりというか、『嘘を愛する女』で一定の売り上げをあげた、実績を作ったことで、話を聞いてもらえる土台に乗れたと思います。

◆TCPに応募しようと考えている人へのメッセージ

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TCPが始まるまでは、自主映画をやっていた人間が監督デビューを果たす一番の最短ルートは、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)のスカラシップ制度でした。僕もPFFに入選して、スカラシップに応募して落ちています。そこ以外に門戸を開いたことは大きいですね。

それぞれに考えがあると思うので、メッセージというのは難しいのですが、たとえば僕でいうと、城戸賞やサンダンス・NHK国際映像作家賞といった、映画を制作する可能性に繋がる賞に応募することを、自分自身に課していました。それで締め切りを設けて、この1年でこれとこれは絶対に出すと決める。そうして追い込まないとなかなか書けないものなので。

それでも時間ギリギリになって、結局中途半端な形で提出してしまうのですが、中途半端だろうが何だろうが、とにかく形にして出せば、ゼロだったものが10くらいにはなるわけです。当然100じゃないから落とされます。でも、そこから10だったものの精度を上げていけばいいんです。ゼロから1を目指すことは、かなりのエネルギーが必要で大変ですが、10から精度を上げていくことはまだできます。

なのでTCPでもなんでも、そうしたリミットを決めて、「とにかくコレに出すぞ!」と自分に火をつける、重い腰をあげてケツを叩く。精度が低ければ、練り直してまた次の年に出せばいいんです。そういうきっかけにしていけばいいんじゃないかと思います。(文・撮影 望月ふみ)

【何食べ】メインカット(WEB)

■劇場版「きのう何食べた?」
11月3日(水・祝)より全国東宝系にて公開
監督:中江和仁
脚本:安達奈緒子
原作:よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社「モーニング」連載中)
<出演>
西島秀俊 内野聖陽
山本耕史 磯村勇斗 マキタスポーツ 高泉淳子 松村北斗(SixTONES)
田中美佐子(友情出演) / チャンカワイ 奥貫薫 田山涼成 / 梶芽衣子
https://kinounanitabeta-movie.jp/

「きのう何食べた?」公式website