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魂開き(たまびらき)③

このエッセイは、わたしが自身の魂をひらくために描いている一枚の絵について、それを完成させるまでの心の移り変わりを記録したものになります。魂をひらくための絵を描こうと思うに至った経緯については『魂開き(たまびらき)①』をお読み下さい。

二日目、といっても、途中、描いていない日を挟んでいるので、この絵に手を加えるのが二日目というニュアンスだ。

これを書いていて、三月に入ってからなんだかんだで一回しか筆を握っていないことに驚く。でも、意識の内ではずっと育て続けている。考えるのともイメージを膨らませるのとも違う。『魂で生きる』という感覚を思い出した時の自分への想いを募らせ続けるような、エネルギーを凝縮させるような、そんな作業を無意識のうちにしていた気がする。

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この日は画面全体を塗りつぶそうという意思があった。いつも先に手前のものを描いてしまうから。手前だと思って描いているわけではないのだけど、唐突に具象的なものが現れて、しかもそれが気に入ってしまうものだから、上に塗り重ねることが嫌になってしまうのだ。

わたしにしては珍しい配色だけど、これはきっと茶番で、完成するころにはほとんど面影がなくなっているのだろうな、と思う。

表現したい感覚の中に頭のてっぺんからつま先までとっぷりと浸かって、絵の具を塗り重ねながら、官能が生まれる一瞬の調和を求めて全身の神経を尖らせる。深く潜れば潜るほど、出てくるものは極まっていく。

いまはまだ、浅瀬でお茶を濁しているような状態。もどかしいけど、深く潜るためにはここを通り抜けなくてはならない。
深海にたどり着いてから描き始めることもできたけど、浅瀬で揺れている感情のすべてがこの絵の養分になるのだと思ったら、そっちの方がふさわしい気がした。

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