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祝詞 -norito-

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永遠に解けない暗号を、祈りの言葉に代えて。 詩集のような短編集のような。 書き手の意図など置き去りにして、言葉の羅列から立ち上ってくるイメージや感覚、それらが自分の内側にある世界… もっと読む
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#詩

淫靡なクロエ

淫靡なクロエ

幾度も味わった
いつかの夢を引っぱり出してはまた
目の前の海に溺れる
朝も夜もおかまいなしに

水をひとさじ口に含むごとに
肺の中で睡蓮の蕾がひらいていく
この身体で
何度も何度も水を飲み続けることの意味を
あなたは知らない

花が咲いてしまう前にと
全身に巡る弦を張りつめて
淫靡な調律を続ける
ノイズを除去した
原音を響かせたい一心で

いつか あなたから注ぎ込まれるそれを
一滴残らず飲み干して

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贈り物

流れ弾を受けた覚えはないけれど
むしろ、弾丸を撃ち抜いたのは
この私なのだけれど
なぜか私の身体には
無数の弾痕が眠っていて
目覚める日を
今か今かと待ちわびている

ひとつ、再開の目処は立ち
ふたつ、繰り返し日々の再利用
みっつ、取り返しのつかない未来との和解

これらすべてを孕んだ夢を
枕元に置いて立ち去る者よ

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とけたわたしの模様

最後の一滴まで
搾り尽くすように飛び回った夜

布団の上で仰向けになり
目の端に蛍光灯のまばゆさを感じながら
薄闇ただよう天井をみつめる

わたしは翅のとけた揚羽蝶
蜜さえ吸えば
また、ふわふるふわりと飛べるのに
手足は境目を失い
夢の世界へと流れ出す

(電気を消さなくては)

その一瞬の覚醒を飲み込むのは
『ドタン場でキャンセル』

コンクリートに溶けた蝶は
どんなふうに滲んでいったのだろう?

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編み姫

編み姫

 今、来春の羽化に向けてせっせと羽を編んでいる。 
 陽当たりの良い窓もロッキングチェアもないけれど、すっぽり頭まで包んでくれる寝袋の中に、買い込んだ毛糸と一緒に籠るのも、案外悪くないものだ。
 それにしても、羽を一枚編むのに毛糸玉が八玉も要ることにはおどろいた。四枚でしめて三十二玉、色は烏の羽根から紡いだ黒と、りんどうの花びらを練り込んだ青、他に装飾用の翡翠とルビーも。それだけ買うと私の財布は空

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告白

告白

 折り目ただしくおとずれる生理にあこがれて、ほぼ休みなく失い続けた三月分の血液を、埋め合わせる術など私は持っていないのです。
 貧血には鉄分の補給ということで、ベランダの欄干や公園の鉄棒にこっそり舌を這わせてはみたものの(ドアノブ少女になるほどの勇気はなくて)、視界を蝕む影の気配は消えない。

 ところでこの場合、毎度きちんと排卵が行われているのでしょうか。もしや、寝かしつけるべき卵子も見あたらな

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巨影

巨影

 息苦しいのは単純に考えて酸素不足のせいで、さらにその原因を辿っていけば、空気を通さない密室に閉じこもっているからだということになります。
 だから、私の四方八方を囲っている、これ、この壁やら天井やらの正体を突き止めなくてはなりません。こいつを形作っている、私の意識の構成を見極めなければなりません。
 壁は非物質的で普段は無色透明だけど、じっと目を凝らせば、しゃぼん玉のようにとある光景を映したり表

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へその緒電話

トイレの水だまりの中から
クラリネットの音色が響いてくる
それがどんな震えを描くのかも
よくわからないまま
概念としての音色を聴き続けている

隣の部屋の床に置かれた
固定電話の線は
わたしのへその緒と繋がっていて
受話器を上げれば
いつでも腹の声が聞ける

そうしてあらゆる音が
たぶんわたし以外の誰も
観測することのできない音が
この脳に電気信号として
自己主張を繰り返していた

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骨キャンディ

舐めろ、と
無理矢理にこの唇をこじ開けて
不埒に侵入してきたその指を
飴のようにしゃぶりながら
昨日の虹を反芻する

飴と鞭を適度に使い分けて
あなたは私を溶かしていく
やがて肉体が溶け落ち
白い骨だけが残ったら
それをキャンディのように
カラフルなセロファンで包(くる)んで
風船と一緒に配り歩くのだろう

そのうちに
口髭を生やしたピエロに群がる
子どもたちの中から
新しい「私」が生まれる

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土は寡黙(かもく)に生み続ける

土は寡黙(かもく)に生み続ける

私は飢えた土壌
これ以上この中には、
なにも育たないのだと思っていた

だから今後は、
いま熟している実だけで
しのいでいくしかないのだと
頑(かたく)なに閉じた

それから十年以上の歳月が流れ
私はこの土が
思っていた以上にふくよかであることを知った

未だここでは、
毎日のように新しい芽が顔を出し
毎年のように新しい実が結ばれる

誘われるように
蝶や鳥たちが寄ってきては
蜜や果実をついばんで

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死ぬときの通り道

死ぬときの通り道

産まれてくるときは
母の胎内が通り道
あたたかくて窮屈な管に
命をねじ込むようにして
新しい世界を発見する

それならば、
死ぬときの通り道は誰の内側?

きっとそれは宇宙の内側
そこを通り抜けてまた、
わたしたちは産まれ直すのかもしれない

その道は
産まれてくるときほど
短くはないのかもしれないけれど

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前髪の喪に服す

前髪の喪に服す

サクリ、サクリと
ふる黒糸(こくし)
「××××?」
男の声に顔を上げると
鏡の中のあの子はすでに息絶えて

このところ、
元気な姿が当たり前だったから
すっかり油断していた矢先の
訃報だった

唐突に訪れた別れを
容易には受け入れられそうにないので
私はしばらく喪に服します

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潜在的事故願望

潜在的事故願望

ここまで寒くなると
明け方、外へ飛び出すのも毎回決死の覚悟

だけど、ひとたび身を投げ出してしまえば
あとは前に進むしかない
その、
潔さを求められるところが好き

立ち止まった横断歩道
見上げれば
ひまわりの中心が
青、黄、赤と
同じ生を繰り返す

人生には信号機がないから
生まれてこのかた事故ばかり起こしてきた

思春期に厚く着込んだ慎重さも
そろそろ丈が合わなくなってきて
最近は、
遊ぶよう

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澱(おり)の中に眠る

澱(おり)の中に眠る

彼の部屋で手に取った六法全書の中
かつてのわたしたちの表現の一部が
言葉の檻に囚われていた

|罪|罪|罪|

寝返りひとつ打てぬ息苦しさ
文字たちのひしめきは
草いきれのように

その、ありとあらゆる罪を枕に眠る
今宵きみは、
澱の中に沈めたその身で
なにを夢見る

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複色

涙も声も
悲しみの総量に等しく
用意されているわけではない
ということを知った
輪郭を持たない夜

やさしさの奥にある悲しみに気づいて
聞きなれた褒め言葉なんかいらない

悲しみの奥にあるうつくしさに触れて
あなたが抽出して見せてほしい

うつくしさの奥にある残酷さを教えて
憧れ続けることにそろそろ疲れた

残酷さを隠すための笑顔だと見抜いて
いっそ意地悪く裁いてくれたなら

混ざ

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