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祝詞 -norito-

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永遠に解けない暗号を、祈りの言葉に代えて。 詩集のような短編集のような。 書き手の意図など置き去りにして、言葉の羅列から立ち上ってくるイメージや感覚、それらが自分の内側にある世界… もっと読む
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2017年2月の記事一覧

へその緒電話

トイレの水だまりの中から
クラリネットの音色が響いてくる
それがどんな震えを描くのかも
よくわからないまま
概念としての音色を聴き続けている

隣の部屋の床に置かれた
固定電話の線は
わたしのへその緒と繋がっていて
受話器を上げれば
いつでも腹の声が聞ける

そうしてあらゆる音が
たぶんわたし以外の誰も
観測することのできない音が
この脳に電気信号として
自己主張を繰り返していた

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骨キャンディ

舐めろ、と
無理矢理にこの唇をこじ開けて
不埒に侵入してきたその指を
飴のようにしゃぶりながら
昨日の虹を反芻する

飴と鞭を適度に使い分けて
あなたは私を溶かしていく
やがて肉体が溶け落ち
白い骨だけが残ったら
それをキャンディのように
カラフルなセロファンで包(くる)んで
風船と一緒に配り歩くのだろう

そのうちに
口髭を生やしたピエロに群がる
子どもたちの中から
新しい「私」が生まれる

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土は寡黙(かもく)に生み続ける

土は寡黙(かもく)に生み続ける

私は飢えた土壌
これ以上この中には、
なにも育たないのだと思っていた

だから今後は、
いま熟している実だけで
しのいでいくしかないのだと
頑(かたく)なに閉じた

それから十年以上の歳月が流れ
私はこの土が
思っていた以上にふくよかであることを知った

未だここでは、
毎日のように新しい芽が顔を出し
毎年のように新しい実が結ばれる

誘われるように
蝶や鳥たちが寄ってきては
蜜や果実をついばんで

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死ぬときの通り道

死ぬときの通り道

産まれてくるときは
母の胎内が通り道
あたたかくて窮屈な管に
命をねじ込むようにして
新しい世界を発見する

それならば、
死ぬときの通り道は誰の内側?

きっとそれは宇宙の内側
そこを通り抜けてまた、
わたしたちは産まれ直すのかもしれない

その道は
産まれてくるときほど
短くはないのかもしれないけれど

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前髪の喪に服す

前髪の喪に服す

サクリ、サクリと
ふる黒糸(こくし)
「××××?」
男の声に顔を上げると
鏡の中のあの子はすでに息絶えて

このところ、
元気な姿が当たり前だったから
すっかり油断していた矢先の
訃報だった

唐突に訪れた別れを
容易には受け入れられそうにないので
私はしばらく喪に服します

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