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のらくら同棲日記

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のらりくらりと同棲生活を送る珠(たま)と爾胡丸(にこまる)カップルの四コマ風短編集。日常と非日常、フィクションとノンフィクション、現実と幻想、あらゆるものが入りまじる混沌の世界。
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記事一覧

15.子守唄にうってつけ

 クーラーによる室温あるいは湿度調整が微妙に狂っているのか、それは珠にとって無性に寝苦しい夜だった。
 ふだん別々に眠る彼らは、翌日が休みのときに限り爾胡丸のベッドで共に夜を明かす。彼は自分の部屋にセミダブルのベッドを持っているのだが、クーラーが居間にしかないので、夏場はそこのソファベッドを寝床にしていた。
 その日、珠は例の狭いソファベッドの隅で小さく丸まり、なんとか眠りにつこうとがんばっていた

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14.果樹園の夢

 金曜日の夜、珠と爾胡丸が近所のスーパーマーケットに行くと、果物コーナーに梨が並んでいた。
 季節は夏の盛り。珠は少し早すぎるのではないかと思ったが、爾胡丸が嬉しそうに尻尾を振っているので、試しにひとつ買ってみることにした。

 翌朝、冷蔵庫で一晩冷やした梨を手に取り、珠は包丁で皮を剥き取った。慣れないものだから、ところどころ深くえぐれすぎたり青い薄皮がひし形に残ったりしている。
 半分を皮のまま

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13.お前もか

 珠は、爾胡丸の部屋に忍び込んで、窓から外を眺めながら彼の帰りを待っていた。その窓からは駐車場がよく見えるので、爾胡丸の車が戻ってきたらすぐにわかるのだ。
 
 しばらくして見慣れた車が駐車場に入って来た。
 車が停まり、中から爾胡丸が出てくる。コンビニの袋を下げているのは毎度のことだが、この日はいつもよりだいぶ大きいサイズだった。
 車を離れた彼は、家に向かって歩き始めてすぐに珠の存在に気がつい

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12.ダッツを求めて

 土曜日の午後、爾胡丸はひとりでアニメを観ていた。珠が近所のコンビニまでハーゲンダッツの新商品を買いに行っているのだ。
 十分経っても戻ってこないことを考えると、最寄りのコンビニで品切れになっていたか何かで、別の店を回っているのだろう。

 しばらくして、急に窓の外がやかましくなってきた。爾胡丸が立ち上がってカーテンを開けると、外の景色が見えなくらい雨が激しく降り注いでいた。まるで神様が巨大なバケ

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11.楽園追放

 珠の身体の六十パーセントはチョコレートでできているので、夏場は特に温度管理が大変だ。だから基本あまり外出をしないし、家にいるときも、爾胡丸サマサマ~と心の中で拝みながら、朝から晩までクーラーを点けっぱなしにしている。
「にゃは~、ここは楽園か」
 ソファに座ってアイスを食しながら、珠はひとり悦に入る。

「もー、部屋中毛だらけやん」
 夜、夕食を終えてソファでくつろいでいた爾胡丸が、急に立ち上が

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10.溺愛表現

 月曜日の朝、珠がココアを飲もうとしたら、家にあるコップがひとつ残らず流し台に並んでいた。爾胡丸が前日の夜に使ってしまったのだ。
「爾胡丸、きらい。わたしのコップまで使うなんてひどい」
 ちょうど部屋から起きてきた彼に、珠は怒りをぶつけた。朝から洗い物をさせられるなんて最悪だ。せっかく昨夜、寝る前にぜんぶ片付けたのに。
「ごみーん」
「許さない」
「なんでそんなこと言うん? おれは好きやで」
 ふ

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9.腹話術

「珠ちゃんも何か歌ってよ。これなら知ってるでしょ」
 爾胡丸の友だち夫婦の奥さんに突然マイクを握らされて、珠は戦慄した。
 画面には映画『君の名は』の主題歌にもなっていた「RADWIMPS」の新曲が表示されている。たしかに、知ってはいる。しかし、数年に一度くらいしかカラオケに近づかないわたしに歌えるかこんなもーん、と珠は叫びそうになった。
 まあ、たとえ歌える曲でも、彼女は気が乗らない限り歌わない

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8.再会

 出勤していく爾胡丸を見送ったあと、珠は「はて?」と首をかしげた。
 そういえば、蝉の抜け殻はどうなったのだろう。彼のことだからきっと、意趣返しに何か仕掛けているはず。あとで確かめよう。

 とりあえず、と珠は、洗濯機の中で待ちぼうけを食らっていた洗濯物を干してやり、日焼け止めだけ塗って買い物に出かけた。近所のスーパーで野菜と肉類を買い足し、家に帰って食材をしかるべき位置に収め、常備菜として切り干

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7.旅立ちの朝

 出勤の五分前になって、爾胡丸がやっとトイレに向かった。それをにやにやと見守る珠。
 さっきはうっかり自分で仕掛けた罠にかかって、軽く叫んでしまったけど、どうやら怪しまれてはいないらしい。

 しばらくして、爾胡丸がトイレから戻ってきた。
「びっくりした?」と聞きかけて、珠は、彼が悲しそうな顔でお腹をさすっていることに気がつく。
「どしたの?」
 蝉の抜け殻のことも忘れて、珠は急に心配になった。

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6.自爆

 朝のウォーキング中に蝉の抜け殻を見つけた珠は、ちょっとした悪戯を思いついて、それを持ち帰ることにした。

 帰宅後、爾胡丸がまだ眠っているうちに、珠は抜け殻をトイレにセッティングした。これで準備オーケー。

 八時になって、爾胡丸が起きてきた。
 おはようの挨拶を交わしたあと、彼は洗面台で顔を洗い、髪を濡らしてドライヤーでセットし直し、ポットでお湯を沸かしてカフェオレを作り、それを飲みながらスマ

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5.ポポポポでハッピーになろう

 ツイッターでみんなのつぶやきを眺めていた珠は、草間小鳥子という詩人兼作家の「コラージュ詩」なるものを発見した。
 どうやら、雑誌や新聞の活字を切り抜いて、それらの組み合わせによって詩を作ろうという試みらしい。
 既成の言葉がもとの意味から剥ぎ取られ、別のものに仕立て上げられていくのがおもしろくて、珠はネットに公開されている彼女の作品すべてに目を通した。

 その中でも特に気に入ったフレーズは、

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4.トリトリ合戦

 玄関の方で扉の開く音がしたので、珠はいそいそと出迎えに行った。
 しかし、リビングから玄関へと続く扉を開いたところで、彼女はしばし思考停止に陥った。
 スーツ姿の爾胡丸が、真顔で両手を鳥のように羽ばたかせていたのだ。
「なに、してるの?」
 珠が話しかけても答えない。ただ、その場で膝を上下させながら、鷹揚に羽を動かすだけだ。
 そのまま彼は珠の方へ向かって進み始めた。珠は一瞬怯んだものの、すぐに

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3.出題傾向

「問題です。おれは今日の昼、何を食べたでしょう」
 夕食のカレーをスプーンですくいながら、爾胡丸が訊ねた。
「カレー」
 珠が即答する。基本、目についたものから口にしていくタイプなのだ。
「ハズレ」
「うどん」
「昨日食べたって言ったのにありえへん」
「わかった、蕎麦や」
「それは月曜日に食った」
 珠の放った答えを次々に撃ち落としながら、爾胡丸はカレーを口に運び続ける。
「ご飯系?」
「イエス」

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2.古代生物っぽい何か

 爾胡丸は毎朝出勤前にニ十分ほどコーヒーブレイクを取る。珠もカフェオレやココアを飲みながら彼に付き合うのが常だった。
「なあ、さっきからノートになに描いてるん?」
 スマホのゲームに熱中していた爾胡丸が、ふいに顔を上げて訊ねた。
「LINEスタンプのイラスト案。友だちから写真撮るだけでかんたんに作れるっていうアプリ教えてもらったから、わたしもやってみようと思って」
「ふうん」
「でも、あんまりいい

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