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タイムカプセル(味噌)を仕込む

今から27年前。私は父に、危うく「乙女」と名付けられるところだった。
彼は子どもが男だったら自分の大好きな坂本龍馬の名を、女だったらその姉の名を付けようと決めていたという。
キラキラネームの逆バージョンというか、なんというか。

それではあまりにも時代錯誤だと、母は自分の大好きな絵本作家二名から音と漢字を拝借し、私の名前にした。
その話を初めて聞いた時、「母、グッジョブ!」と心から快哉を叫んだ。
「〜子」で締める名前は同年代のなかでは割と古風な方ではあるけれど、「乙女」に比べれば断然いまやうだ!!

私の次に生まれた男児は、父の希望通りに「りょうま(漢字は違う)」と命名された。
そしてその次に生まれた弟は、これまた父の好みで「歳三」と名付けられるところを母の猛反対でからくも逃れ、漢字一文字の潔い名前になった。

この話は私が物心ついた頃にはすでに家族の鉄板ネタとして、親戚が集まった時なんかに披露されていた。
その話は、「乙女、龍馬、歳三だったら最強のきょうだいだったのに」と父が悔しげに結ぶパターンと、「私がしっかりしていなかったらあなたは乙女、あなたは歳三になるところだったのよ。危なかったわね」と母がタイムスリップを阻止した功績を誇るパターンとに分かれていた。

もしも私の名前が「乙女」だったら。
集まりが解散した後などに、よく考えた。
乙女は文武両道で男勝りな大柄な女性で、龍馬を叱咤激励した強い姉として語り継がれている。

……どう考えても完敗である。
強いていえば「大柄」だけは当てはまるかもしれないが、175センチの乙女に比べて、私は169センチとかなり微妙だ。全盛期は2メートルあったという父と、174センチと長身の母から生まれた子どもにしては、なんとも心細い背丈である。

名前負けしているだけなら、まだいい。問題なのはクラスからも完全に浮いてしまうであろうことだ。
乙女も歳三も、同年代で聞いたことないよ。
もう少しで「時代錯誤三姉弟」、あるいは「名前負け三姉弟」として近所に名を轟かせるところだった。
危ねえ危ねえ。

いくら偉大な人物とはいえ、その名前をそのまま今の時代に持ってくるのはあまりにもリスクが高い。
今さら親にいうのもなんだが、その時代に流れる常識のようなものをある程度汲み取った上で子どもの名前を考えてほしいものである。

とはいえ、名前の流行りすたりの流れはまあまあ早い。
私たちの祖父母くらいの世代には乙女や歳三は普通にいるかもしれないし、予備校の先生から伺った話では私たちのすぐ下には「黄熊(プー)」「中央(センター)」といった俗にいうキラキラネームの生徒が控えているという。

そんななかで子どもの将来に希望を込めつつ、時代に浮かない名前を考えるというのはかなり難しいことだとは思う。
あと数年も経てば「キラキラネーム」なんて呼び名が廃れるほど、当て字の名前は定着しているのかもしれない。
ひょっとしたら彼らが子や孫を育てる段になって、乙女や歳三が蘇る可能性だって、ゼロではない。

その時代の常識や感性に従って名付けられた子どもたちが、その後の新しい時代を作り、新しい常識や感性を作っていく。
名付けという行為は、タイムカプセルに似ていなくもない。ような気がする。

そんなことを考えながら、私は味噌を仕込んでいた。
そう、今日は味噌の話がしたかったのだ。
誕生日に友だちが贈ってくれた、三七味噌のひよこ豆の味噌作りキット。

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意気揚々と作り方を読むと、
洗う→浸す→蒸す→潰す→混ぜる→丸める→詰める
と、かなりシンプル。
材料も豆と麹、塩に水と、とても少ない。

さっそくひよこ豆を洗い水に浸けて、100均へマッシャーを買いに行った。
普段調理器具を注視することはないから少し不安だったのだけれど、マッシャーはさも当然のように穴あきオタマの隣に並んでいた。
マッシャーって、そんなにメジャーな調理器具だったのか。正直ポテトサラダか卵サンドくらいしか用途が思いつかなかったので、かなり堂々と置かれていることが意外だった。

無事にマッシャーを手に入れた翌朝、私は一晩水に浸したひよこ豆を炊飯器で蒸した。

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そして蒸しあがった豆をボウルに移し、マッシャーで潰していく。

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が、穴の開いた面で豆を押しつぶすには思った以上に力が必要だった。
マッシャーを握りしめた手のひらがじんと痺れるわりに、豆は全然潰れてくれない。
一向に潰れない豆にしびれを切らし、鍬のように持ち替えてざっくざっくと豆を耕すことにした。

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途端に豆は粉を吹きながら小気味よく真っ二つになってゆく。
なんだか想定されている使い方よりもずっと残忍な気がするけれど……どうしよう、すごく楽しい

豆が十分に潰れたら、麹と塩を入れてまんべんなく混ぜる。

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混ぜ終わったら水を入れながら捏ねて、ハンバーグのタネよりやや固いくらいの固さに調整する。
そして、おにぎりの要領で味噌玉を作る。

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丸め上げた味噌玉を一つずつ容器に入れて、グーで潰す。

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粘土のような手触りが愉快で、これは一人で黙々とやるよりも何人かで仕込んだ方が盛り上がっただろうなと遅まきながら気がついた。
次回作ることがあったら、ぜひみんなでやりたい。

そういえば最初に説明書を読んだ時、どうしてわざわざ一度玉を作ってからそれを潰し入れるのかがわからなかった。
そのまま容器に入れて、上からぎゅっと空気を抜いてしまえばいいのにと思ったのだ。
けれど実際にやってみて、ここまで丁寧にやらないとどうしても隙間が空いてしまうのだとわかった。空気が入ってしまうと酸化の原因になり、品質が劣化してしまうらしい。
全部の味噌玉を入れたら表面をスプーンで平らにしてラップをかけ、アルコールを吹きかければ完成だ。
蓋をして、上から食べごろシールを貼る。

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あとは約半年後の11月上旬を待つのみ。その時が来るまで、この味噌は流しの下にじっと封印されている。

半年後に食べごろを迎えたら、私はこの味噌をくれた友だちや他の仲間を呼んで、味噌パーティがしたい。
その頃、コロナはどうなっているのだろう。
まだ、今の仕事を続けているのだろうか。
今よりも、健やかに暮らせているだろうか。

たった半年後とはいえ、検討もつかない。
20年、30年単位で流行が移り変わっていく名前とはだいぶ規模は異なるものの、味噌だって立派なタイムカプセルだ。
半年後の私たちが、ひよこ豆の味噌汁を楽しく囲めていることを切に願う。

タイムカプセルの話でふと、去年の誕生日は何をしていたのかが気になった。
投稿を引っ張り出してみたら、ゴミ出しに出て蛇を踏むという、なんともいえない誕生日を送っていたらしい。

何やってんだろう、私。

ともあれ、27になりました。

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