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ホームステイの夢支度

私の将来の夢のひとつに、「ホームステイ先になる」がある。
これまでスペインのクエンカやペルーのリマ、長野の麻績村のお宅にお邪魔してきた。短いものは一週間、長いものでは一ヶ月ほど。
食事の時間帯やウエイトの置き方、トイレの使い方、そして風呂に入る頻度まで、地域ごとあるいは家庭ごとに大きく異なる生活習慣に私はいちいちたまげていた。

「学校に行く前にコニャックを引っかけていくでしょう?」(クエンカ)
「買ったパンは袋から出して、籠にじかに入れて」(リマ)
「どんなにたくさん見つけても、山のきのこは適量だけ取るように」(麻積村)

そんな習慣にびっくりしては、「なんで?どうして?」と聞きまくっていた。
他の家にある習慣が根付いた理由を尋ねたり考えたりすることは、自分の家では「そうあるべきもの」として理由や必然性を考えたこともなかった習慣を見直すきっかけになる。
私は人んちに居候するごとに「この習慣はいいな」とよその当たり前を持ち帰り自分の新習慣として受容していった。
その繰り返しで、今の私の一人暮らしはできている。

そんな日々から早数年。いつかは自分が招く側にと思いながら、「“いつか”っていつだろう?」と自問していた。
そんな折に自転車置き場の掲示板で見つけたのが、「親子で考えるホームステイ説明会」のポスター。
「親子」の文字をうっかり見落としたままノリで申し込みQRコードを読みとったところ申し込み欄に「子ども: 小・中・高 その他」と選択肢が現れて、初めて子どもの参加が必須であることに気づいた。
こんな時イベントに一緒に参加してくれるような子どもの知り合いは、私にはいない。
「ロイヤルホストのパフェ奢ったげるから」とか「地下鉄博物館に連れてってあげるから」とかちょっとした甘言を弄したらホイホイついてきてくれる子、いないかなぁ。
もうほとんど人さらいの発想である。

今どきのおませな子どもはロイヤルホストに行くのだろうか。私の実家で外食といえば、くら寿司かデニーズかコメダのモーニングのほぼ三択だった。全部好きだったけれど、上京して初めて友だちとロイヤルホストに入った時の衝撃は忘れられない。
友だちは「ファミレスの中ではおしゃれだよね」とこともなげに言っていたけれど、私にはホテルのレストランにしか見えなかった。
私にとってのファミレス、デニーズやガスト、サイゼリヤとロイヤルホストは格式が違いすぎる。気安くだべりに行きたいのか、リッチな気分に浸りたいのか。ここまで利用目的がはっきり分かれていると客としてもありがたいけれど。
「ロイヤルホストでブルジョワ家族ごっこしようよ」とその辺の子どもに声をかけたら、通報されてしまうだろうか。
……されちまうだろうな。
高校の同級生や大学の友だちにはもう子どももいるというのに、何を考えているんだ私は。

子どもを誘惑することを諦めて、『世界の郷土料理事典ーー全世界各国・300地域 料理の作り方を通して知る歴史、文化、宗教の食規定』を開いた。

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この本はレシピを情報として読み流してしまうのはあまりにもったいない、読み物としても心踊る、読めば世界中の人と食卓を囲めそうな気持ちになれる優れものなのだ。
ビーフ・ストロガノフ(ロシアでは米ではなくマッシュポテトやパスタに添えて食べるそう)やマルゲリータといった高い知名度を誇るものも、材料が3つだけというシンプルなものも、みんな「郷土料理」という枠組みで括られ、一緒に並んでいて楽しい。
味を想像しながら読んでいたら毎日手に取っていたにもかかわらず、読み終えるまでに一ヶ月以上もかかってしまった。

よだれをこらえるのが特に大変だったのは、中東の炊き込みご飯シリーズ。
「カブサ」(サウジアラビア、鶏肉を使用)、「マクブース・ルビヤン」(バーレーン、エビ)、「マクブース」(クウェート、鶏もも肉)、「マクルーバ」(パレスチナ、鶏肉)。
スペインのパエリアやペルーのアロス・コン・ポジョ、インドのビリヤニ等々、私は炊き込みご飯がとても好きである。
なんとなくピタパンの印象がばかりが強かった中東が、ぐんと身近に感じられた。

味の想像がつかない料理ももちろんたくさん載っている。
特に気になったのは「アンブヤット」(ブルネイの「サゴヤシのデンプンから作ったぷるんとした半透明の糊のような主食」)と「ハリース」(カタールのオートミールのお粥)、「フフ」(ナイジェリアのキャッサバ粉から作る主食)。サゴヤシもオートミールもキャッサバも食べたことがないので、味も食感も未知の世界だ。

どうも私は、液状化した主食に強烈に惹かれる癖がある。
異様に丈夫だった子どもの頃、病気や入院に憧れていたことと関係があるのかもしれない。病人のためだけに作られる白米に梅干しの赤が滲んだお粥や、卵がひたひたに染み込んでちょっと原型が崩れかけたフレンチトーストを想像するだけで胸がきゅーっと締め付けられる。

個人的には調理時間の目安が書いていないところも好きだった。私はレシピ本から作る料理を選ぶ時、つい短時間で作れるものを選んでしまいがちだからだ。
食べたさよりも時間を優先してしまうのはいかにも現代人という感じで嫌だなぁと思いつつも、「調理時間3時間」などの表記を見るとつい「今回はいいかな」と手を引っ込めてしまう。
料理に刺さっている各地域の旗を見つめながら、その土地の歴史や文化、宗教を背景に食べられ続けてきた料理に思いを馳せる。そしてその時食べてみたい、作ってみたいと感じた料理を作ろう。
調理時間よりも自分の気持ちを大切に、食に向き合っていきたいと思った。

先日池袋のジュンク堂に行ったところ、この本は料理本コーナーの中で2番目に売れていると大々的に宣伝されていた。

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それを見た時、よかった、と胸が熱くなった。他者の、他地域の暮らしを想像し、人々の人生を支えてきた習慣を尊重することは、自分の生活にある程度のゆとりがないとできないことのように思う。
料理を通して世界に目を向ける本が売れていることや、この時期のホームステイ説明会は、このゆとりの回復宣言のようにも、ゆとり奪還への決意表明のようにも思えた。
“いつか”の訪れに備えて、まずはカブサを炊いてみようと思う。

お読みいただきありがとうございました😆