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匂いが呼ぶ思い出

「焼きたてパンの匂いかクリーニング屋の匂い、体臭を選べるならどっちがいいかって話で昔盛り上がったよね」
と、唐突に友人が言った。正直全然覚えていなかったのだけれど、彼女によれば当時私たちはこの究極の二択を真剣に悩んでいたらしい。
しかも彼女いわく「帽子を外した瞬間の自分の頭の匂いって、マクドナルドの店の前と同じ匂いじゃない?」と私の方から切り出した話題らしい。

マクドナルドは好きだけれど自分の体臭がマックと同じなのはあまり愉快なものではない。たとえば焼きたてパンの芳醇な香りやクリーニング屋のアイロンと洗剤の混じり合ったいかにも清潔な匂いが香水として売られていたらどんなに素敵だろう。
自分の体臭を選択できるとしたら、どちらがいいか。

そんなことを熱弁したらしいのである。
いくらなんでも暇すぎないか、私。そんな馬鹿話を大真面目にした私も私だが、そんな馬鹿話を今の今まで覚えている友人も友人だ。
そんなくだらないことを考える時間が無限にあるかのように錯覚していたあの頃、本当はもっと有意義なことを考えておくべきだったのかもしれない。とはいえもしもタイムスリップできたとして、今度こそ「あの頃考えるべきだった有意義なこと」を考えられるかと言われると、あまり自信はない。

そんな話をしてから数日経った朝、目を覚まして布団に仰向けになったままうっすらと汗で濡れた髪の生え際に手を入れてみた。マクドナルドめいた匂いがして、たしかにそんな話をしたことがあるような気がしてきた。

香りには、嗅いだら最後タイムスリップせずにはいられないような、抗えない魔力がある。特に夏は、その力が強く作用する季節だ。
塩素系の洗剤で風呂釜を洗えば、プール後の気だるい教室の雰囲気が、頭を何者かに押さえつけられているような強烈な眠気が、まざまざと蘇る。
いつのまにか家をチョロチョロと這っていたG-babyに向けてキンチョールを発射すれば、母方の祖母の家で過ごした夏休みが戻ってくる。
そう、実は今日、初めてキンチョールを使ってみたのだ。レバーを押した途端祖母ん家の匂いがプシューと飛び出てびっくりした。昔「祖母の家は不思議ないい匂いがする」と言ったことがある。
畳とスイカと、それからもうひとつ。
トイレの芳香剤よりも押し付けがましくない、どこか清涼感のある香り。そう祖母に説明しても結局突き止めることができず、そのまま忘れてしまった香り。

そうか、あの匂いの正体はキンチョールだったのか。謎が解けてホッとしたような、謎だと思っていたものがただの虫除けだったことが残念なような、複雑な気持ちだ。
結局G-babyはまったく弱る気配がなかったので仕方なくそっとティッシュに包んでそのままベランダに放ち、窓に遮光シートを貼ることにした。それはシール状になっていて、外側から窓に貼り付けると部屋に入ってくる太陽光を遮断してくれるという優れものだ。説明書を読むかぎりではとても簡単そうなのに、何度やってもシートと窓の間に大きな気泡が入ってしまう。
時々図書館で見かける、ビニールコーティングがうまくいかずに気泡入りになってしまっている本とそっくりな風景になってしまった。

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小一時間格闘した末に遮光シートを綺麗に貼ることは不可能と判断し、諦めてベランダでぼうっとしていたら、向かいの家から花火の煙と子どもの押し殺したような嬌声が入ってきた。そのまま耳をすませていると、子どもたちの声のボリュームがだんだんと上がっていくたびに両親がたしなめているのがわかった。
花火なんて子どもが見たらはしゃがずにはいられないでしょうに。
あちこちで花火大会が中止になっているうえ、自宅のささやかな花火ですら声を抑えて楽しまなければならないなんて、なんだか不憫だなあ。もし花火が燃え移ろうものなら我らの木造アパートはキャンプファイヤーのごとく燃え盛ってしまうから、火の扱いだけはうんと慎重にしてほしいけれど。少なくとも我がアパートの住人たちに、難癖つけるような人はいないだろうに。
かといって私がみんなを代表して「はしゃいでいいよ!」なんて言えるわけではないのだけれどさ。

そんなことを思いながら花火と家族を見下ろしていたら、隣室の窓がガラリと開いてお隣さんもベランダに出てきた。
軽く会釈して花火を囲む子どもたちの方向を軽く目で指すと、お隣さんは軽く頷いて日中垂らしていた簾を巻き始めた。
と、また子どもたちがはしゃぎ、「シッ」と親御さんが叱るのが聞こえた。お隣さんが何か言いたげにこちらを見たので、「そんなに気にしなくていいのにねえ」という思いを込めて眉を下げて首を傾げた。
すると彼はいきなり「たーまやー」とそこそこ大きな声を出した。そして驚いて見上げた家族たちにニコニコ手を振ってみせた。
いかにも国語か道徳の教科書にありそうな展開だなあと思いつつも、私も少し大きめに「たまやー」と続いた。両親がぺこぺこ頭を下げて、あっけに取られている子どもたちに何事か話しかけているのが見えた。
蚊に食われすぎたので室内へと逃げ戻り手紙を書いたり本を読んだりしていたら、子どもたちの澄んだ笑い声が聞こえてきた。

いつか火薬の匂いを嗅いだとき。
きっと私は、お隣さんの「たーまやー」と子どもたちのはしゃぎ声、そして気泡入り窓を思い出すことだろう。

お読みいただきありがとうございました😆