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「最高の夏休みって感じですね!」


「明日も行きますか?」

初めてのハゼ爆釣を堪能し、僕の自宅でハゼ天に舌鼓を打ち、さてそろそろ解散かというタイミングでのびめしの一言は、気軽な言い方ではありましたが有無を言わせぬ勢いがありました。


「いいね、行こう。ただちょっと趣向を変えたいね。ハゼも良いけど、海釣りらしくアジとかどう?」

ぱっと表情を輝かせるびめし。

「アジ!良いですね。車出しますよ。明日も同じくらいの時間で良いですか?」

「そうねー、7時くらいに俺の家の前に着けてくれれば。仕掛けはこっちで用意するから」

「分かりました!」


とんとん拍子に話は進み、足取り軽く帰っていくびめしを見送り、そして。

「…どうしたもんかなあ」

びめしの手前、先程こそ威勢よく言い放ったものの、すっかり困ってしまいました。悩みの種は、行き先です。


というのも、ここのところ近場でのハゼ釣りにすっかり慣れ親しんでしまった僕にとって、アジが確実に釣れる釣り場の宛てなどなかったのです。

ただ、


「…まあ、なくはないか…」


過去の記憶を辿る中で、数少ない都内の釣行で思い当たる場所が一か所。数年前に仲の良かった友人と何度か出掛けた場所でした。

「あそこならアジもイワシも釣れるし…あとあの魚も釣れたっけな…」

『JB、………はこうやって釣るんだよ!俺のロッド貸すからやってみ!』

思い出に浸りながら、クローゼットの奥にしまい込んでいた当時の仕掛けを引っ張り出すのでした。


翌朝。


「おはようございます、もう着いてますよ!!」


7時きっかりに車で迎えに来たびめし。後部座席には前回のショアジギングタックル。彼の挑戦はまだ続くようです。


「で、JBさんどこ行くんですか?」

「えーと…ナビに東扇島西公園って入力してみて。川崎の方」


東扇島西公園。当時の神奈川県川崎市で2か所しかなかった、無料で釣りが出来る超有名な釣り公園でした。


さて、午前7時半過ぎに現地に到着した我々でしたが…


「…めちゃくちゃ混んでますね」


休日ど真ん中、それも朝のゴールデンタイムに超人気釣り場に入ろうなど無謀にも程がありました。ファミリー層から熟年釣り師に至るまで、みっしりと釣り人のひしめく公園を見渡し、ただ立ち尽くすしかない我々。これはまずい。


「待って、すぐ近くにもう一か所あったはず。浮島釣り園っていう場所。そこに行ってみよう」


まだ9月も中旬。記録的な猛暑の続く日に釣り場所が空くのを待っているよりは、知名度が劣っても他の場所に望みを託した方がよいと判断しました。


「いやあ、この辺ドライブでも来ないから新鮮ですね」


心中穏やかでない僕を気遣ってか、気丈な台詞を口にしながら車を走らせるびめし。


かくして、早々に東扇島西公園の釣行を諦め、アクアライン入口近辺にある浮島釣り園(2021年現在は閉園中)にやってきたのでした。


「ああ、ここアクアラインのそばなんですね。JBさん、ここを抜けたら千葉まで行けますよ」

何の気なしに標識を見て呟くびめし。


「案外近いね。いつかは千葉方面とかにも遠征してみたいな」

「いやいやJBさん、釣りで千葉まで遠征するのは異常者でしょ笑!まあ、木更津ぐらいなら行ってみてもいいですけどね」

数年後、浜松や外房に日帰りする男になるとも知らず、びめしが苦笑しながら言いました。


さて、Googlemapを覗きながら、釣り堤防に繋がる階段を上ると


「う…わ…めっちゃ良い!」


思わず感嘆して言葉を上げるびめし。そしてそれは僕も同じでした。

我々の目に入った光景。そこにあったのは、構造物に邪魔されない大きく開けた青空と、日光の照り返しで白亜に輝く一直線の堤防。

そして、東京では中々お目にかかれない、対岸がうっすらとしか見えない大海原でした。


堤防にはパラソルを刺した近隣住民と思われる家族や引退後のご老人がのんびりと釣り糸を垂らす姿。都心とは思えないこれらの光景はまるで、

「なんか実家を思い出しました笑。こんな感じだったなって」

「分かるよ」

関東圏外に故郷を持つ青年二人、何故か暫くの間、浮島釣り園の光景を見てしばし感慨に耽ったのでした。


さておき、我々の目的はアジ釣りです。初場所なので何が釣れるか未知数ですが、とりあえずやってみるしかありません。


「びめし、俺が二人分準備するから、それまでその辺でジグ投げてて」

「うぃっす」


僕はエナメルバッグからアジ釣り用の仕掛けを取りだそうとすると―。


「おっ!?JBさん、今なんかの魚がジグ追ってきてた!」

「えっ」

慌てて準備を放り出してびめしの傍にいくと、確かにびめしがジグを表層まで引いてくると、何か細長い魚が2-3匹追いかけてくるのが見えます。


「本当だ、これは…サヨリだね」


サヨリ。サンマに似た細長い魚で、長く伸びた下あごが特徴的です。白身魚で寿司ネタにもなる高級魚です。

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恐らくびめしの表層を泳ぐジグを小魚と勘違いして追ってきたのでしょう、ただサヨリの口は小さいため、ジグの鉤には掛かりません。


「ジグで釣れますかね?」

「いや、待って…サヨリ用の仕掛けがある。そっちで作るわ」


慌てて今度はバッグからサヨリ用の仕掛けを取り出します。サヨリは回遊が早く、あま。猶予もありません。

上州屋で買った出来合いの仕掛けをびめしの竿に繋ぎ、鈎に小さなオキアミを付けます。

「びめし、はいこれ。すぐに思いっきりこの仕掛けを奥に投げて」

「分かりました。で、そのあとどうすればいいですか?」

「えっとね、確か…」

『ゆっくり表層を引いて、ククっと竿の先が曲がったら思い切り合わせて。そしたら掛かるから』

当時の友人のアドバイスが耳に蘇ります。

「…仕掛けが着水したら、ゆっくり引いてきて。もしクッと引っ張るような違和感があったら思いっきり合わせて」

「わかりました!」

バヒュン、と初心者とは思えない鋭いキャストで4-50mほど仕掛けをなげこんだびめし。


するとー。

「掛かった!」


着水から2-3m手前で、小さな水しぶきと共にキラキラとした魚体が跳ねるのが見えました。間違いない、サヨリです。


「落ち着いて!ゆっくりリール巻いてきたら大丈夫だから」

ジリジリと焼けつくような日差しを浴び、頬と額にじわり汗を浮かべながら無言でリールを巻くびめし。

そしてー。


「っしゃあああ!」

彼の手元には紛れもない、しっかり口吻に鈎のかかったサヨリがピチピチと跳ね回っていました。それも20cm超のサヨリです。


(下)嬉しそうにサヨリを見つめる彼の顔をお見せできず残念です。

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「やりましたよJBさん、言われた通りでした。鬼フッキングです」

ハゼよりも一段と嬉しそうな顔を浮かべるびめし。サヨリはハゼよりも「鈎に掛けにいく」スタイルの釣りなので、より達成感があったことでしょう。


僕も、いそいそと自分の仕掛けを準備し、びめしよりもやや手前に投げ込みます。


実は僕もこれまで人生で一度もサヨリを釣ったことはなかったのですが、びめしの手前、格好つけたかった僕は内心ドキドキしながら慎重にリールを巻いていました。


ク、クッ

微かに竿先をつつくような感触。もしかして、やったか?

(びめしには思いっきりアワセろと言っておきながら)そーっと竿を立ててみると、びめしの時と同様、奥の方でバシャバシャっと水飛沫が立ちました。


「やった…釣れた」

「流石JBさん、写真撮りますよ!こっち向いて」


(下)この魚の持ち慣れなさから、初めて釣った感が漏れ出ています。

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果たして、結局各々2本ずつ良型のサヨリを手にし、「なんか満足したし、暑いしもう良いよね」と謎の達成感から、お昼時を待たずして帰路につくことにしたのでした。


「いやー、真夏日に魚もつれて、本当に最高の夏休みって感じですね!」


「でもJBさん。サヨリの仕掛けとかよく持ってましたね?」

帰路に着く途中、びめしが不思議そうに聞きました。

「ああ…今日最初に行った東扇島で、昔友人がめっちゃサヨリ釣ってたんよ。だから念の為持ってきてたんだけど、それが良かったね」

そう、僕が冒頭、サヨリ釣りの仕掛けを持ってこようと思った切欠になったのは彼との釣行がきっかけでした。

僕が1匹も釣れずに四苦八苦している中、いとも簡単にサヨリを十匹近く釣り上げた彼の印象があったからこそ、今回の釣果に繋がったのです。


『JB、サヨリはこうやって釣るんだよ!』


彼の名前はふっきー。このびめしとのサヨリ釣行(2017.9.10)から2年後につりったーに加入し、彼もまたびめしと共に様々なドラマを引き起こす男です。


(終わり)

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