「やったー!…長かったぁ」
「JBさん、根掛かりました」
「…ごめん、ここで投げていいルアーじゃなかったわ」
びめしから竿を預かり、根掛かったジグを外そうと試行錯誤するも、岩か牡蠣殻にでも引っ掛かったのか、海中のジグはびくともしません。これは覚悟を決めるしかないか…
南無三!
ぶつん。
腕に釣り糸を巻きつけて力の限り引っ張ると、遥か先での小気味良い感触とともに、ぎっちり糸を巻き付けていた手元が俄かに軽くなるのを感じました。
「あ、取れました?」
「取れはしたけど、ごめん、糸切れちゃった…」
「一投でロスト(笑)!まあ良いですよ、ハゼ釣りましょ」
幸先悪いスタートも物ともせず、僕が準備したウキ釣り仕掛けをセットするびめし。
今思えば、彼の切り替えの早さにはこの当時から救われていたように思います。
「これもなるべく遠くに投げた方がいいですか?」
「いや、今の時間はハゼは岸際ギリギリに寄ってきてるから足元で良いよ。その辺の岩の間に隠れてたりするから目の前に落としてみて」
この時間は上げ潮(満潮に向けて潮位が上がっていくこと)で、過去の経験からして、ハゼは本当にすぐそばで釣れる目算でした。
「はーい。釣り方は前と同じですよね?」
「そうそう、ハゼがエサに食い付いたら、その丸いウキが水中にスッと沈むから、そうなったらすぐに糸巻いて」
(今では想像もつかないですが)慣れない手つきでふわりと足元に仕掛けを投げ込むびめし。
するとー。
「食った!」
自分の準備をする私の背後で、俄かに弾んだ声が周囲にこだましました。
思わず振り返った先、彼の手元には、
「やったじゃん!びめし!それハゼ!」
「やったー!…長かったぁ」
7-8cmとまだ小ぶりながら、ぴちぴちとびめしの手元で元気に跳ね回る、まごうことなきマハゼ(下写真。ピントの合ってなさから僕のはしゃぎぶりが見てとれます)
もう4年以上前の話になりますが、このときの記憶は今も鮮明に覚えています。
僕は、夏休みの少年のようにニコニコしながら手元のハゼを見つめる彼を見、
ああ、彼を釣りに誘って良かった。と、言いようのない嬉しさが込み上げてきたものでした。
「JBさん、このハゼどうします?」
「あー…これ天ぷらにしたら美味いんだけど、今日はクーラー持ってこなかったんだよね。せっかくだし食べる?」
「食いましょう!」
「わかった。暫くはビニールで水入れとけば活かせるから、その間に近くのホームセンターでクーラーボックス買ってくる。それまで釣ってて」
「わかりました!やってますね」
時刻は7時。日も昇り、歩いていると徐々に汗ばむ時間帯になっていました。
心なしか軽い足取りでホームセンターに向かいながら橋を渡る途中。
ふと先程まで釣りをしていた場所を見下ろすと、
からりと晴れた青空の下、知らぬ間に増えたハゼ釣り師達に混じって、熱心に水面に糸を垂らすびめしが遠目に映りました。
都心の真ん中、こんな和やかな風景を目にすることが不思議でもあり微笑ましくもあり…ふっ、と口から笑いが漏れました。
早くクーラーを買っていかないと。
(びめしハゼ釣り編・終わり)
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