紅白歌合戦をデータ可視化してみる2023 - YouTube視聴1.8倍に
昨年に紅白をデータ分析した記事へたくさん反響をいただきましたが、今年は更にデータを増やしてトライしてみました。みえてきたのは紅白が「テレビ以外」でより観られるようになっているという実態、そして令和のヒットメカニズムを象徴するYOASOBIさん「アイドル」の15組共演ステージや、90年代コンテンツ、ファンの熱量の可視化の試みへの支持です。一万字ありますので目次をご活用ください🙏
増える紅白のネット発信
まず紅白歌合戦のテレビやネットでの活動をみていてわかるのは、多くの新しい取り組みをいくつも行っているということです。
昨年も本番の歌唱を1分前後に編集したハイライト動画を、生放送中から同時並行的にYouTubeにアップしていましたが、1月10日前後に公開停止されたと思われるこれらの動画が、今回は1月14日までと、4日間長く公開されていました。また昨年同様、約55本の本番歌唱動画はプレイリストに出演順に並べてられおり、これらを視聴するだけで4時間を超える長大な番組の観どころを一挙に知ることができるようになっていました。
また歌唱動画だけでなく、舞台裏の出演者や技術スタッフ、台本の印刷などにスポットライを当てた関連動画も多数制作配信され、YouTubeやXなどで発信されていました。
これらの舞台裏動画は、先程とは別のプレイリストに、本番歌唱動画とあわせて209本もの動画を含むプレイリストとしてまとめられていました。
こうした取り組みからは、「生放送中にテレビ画面に映っている映像だけが紅白というわけではない」というメッセージが伝わってきます。膨大な数の出演者やスタッフの努力と協力によってできあがる、年一度の紅白という祭典の全体像と無数のストーリーを視聴者と共有したい。それを、地上波という限られたリソースだけでなく、SNSを組み合わせて少しでも伝えようとしているように思えます。例えば紅白歌合戦の台本印刷の現場に密着した動画が制作、配信されています。
紅白の台本は本文だけで458ページにおよび、その印刷部数は1100部とのこと。その製本の映像を本番から5日前の12月26日に発信しているということは、もっと前に演出を確定し入稿しておかなければいけないということになります。
あれだけの出演者が生放送で複数のステージに次々と出演し、そしてしばしば初めての共演(その最も象徴的なものはYOASOBIさん「アイドル」のステージ)を行うという複雑極まりない現場の、高度なノウハウが伝わってきます。
そんな紅白歌合戦は、年々世帯視聴率が低下傾向にあることが一部のメディアで報じられていますが、紅白に限らずすべての地上波の番組は世帯視聴率が低下傾向にあり、また録画やネット配信でタイムシフト視聴で番組を楽しむスタイルも一般的になっていることから、「紅白が視聴率ワースト」といったような報道は必ずしも実態を表現できていないように思われます。
そこで当研究室では昨年に続き、視聴率だけでなく、他の様々なデータを分析・可視化することで、紅白歌合戦というコンテンツが実際はどのように視聴者/ユーザーに受容されているのか、ということを探ってみたいと思います。
紅白公式YouTubeをデータ分析する
まず最初に挙げた、紅白公式YouTubeで放送中から公開された全56本の本番歌唱動画は、どれくらい観られているのでしょうか? 当研究室では今回、放送終了直後の1月1日早朝から、一日数回、各動画の視聴回数といいね数を測定し続けることで、その視聴回数の伸びを視覚化してみました。横軸は視聴回数、縦軸はいいね数を表し、薄い軌跡は過去の推移を示しています。昨年の本番動画は1月10日頃に公開停止されたので、当研究室が昨年最後に策定した1月9日に日付を合わせてデータを比較してみましょう。
ご覧のように、今年は昨年と比較にならないほど多くの視聴回数、いいね数に達している動画が複数存在することがわかります。昨年最も視聴回数が多かったのは、多数の出演者がダンスで共演したSEKAI NO OWARIさん「Habit」の動画で、269万回でした。
ところが今年は、YOASOBIさん「アイドル」の1千万回超をはじめ、Adoさん、新しい学校のリーダーズさん、ブラックビスケッツさんと、4本の動画が昨年の最高水準を超えているのです。
今年はその後も1月14日まで動画の公開が続き、すべての動画の視聴回数、いいね数が伸び続けています。
これら55本の動画の合計再生回数の推移を確認してみましょう。
放送終了後1週間経ってもカーブがそれほど寝てこずに、6,000万回を超えて伸び続け、公開終了が出場アーティストSNSアカウントから一斉に告知された1月13日からは更に伸びたことが確認できます。最終的に合計再生回数は6,419万回となりました。昨年は3,500万回ほどと思われるので、1.8倍になっています。もし諸条件がクリアされてあと3週間ほど配信を続ていたとしても、観たいという需要はありそうに思えます。
この6,400万回超という数字はどれくらいのインパクトをもっているのでしょうか。ビデオリサーチさんの推計によれば、テレビの生放送で紅白歌合戦を1分以上観た人は5,285万人、平均視聴人数は2,819万人です(後半)。
一方、紅白公式YouTubeでは、本番歌唱動画55本に限ってもその総視聴回数は6,400万回となっており、数だけでいえば5,285万人という地上波生放送の値を上回っています。
また、DIGITAL CREATORSさんが発表した「1月1日~1月7日にYouTubeで公開された動画ランキング(総合)TOP10」には、紅白本番歌唱動画からYOASOBIさん、Adoさん、新しい学校のリーダーズさんの3本がランクインしています。
1位のヒカキンさんの45分間の結婚報告動画(1,646万回)は、地上波では放送されていません。一方、紅白公式YouTubeの本番歌唱動画は、既に地上波で放送され5千万人に視聴されたものの、短尺編集版です。
そうした前提を加味すると、55本の合計視聴回数が6,200万回という実績値には、数字以上の意味があるように感じられてきます。
視聴率とYouTube視聴回数を比較してみる
そこで気になってくるのが、紅白公式YouTubeで特にどの出場者の動画がよくみられていたのか、そしてその傾向は地上波での生放送とどのような違いがあるのか、ということです。
このことを知るために、「地上波の視聴率における順位」と「紅白公式YouTubeの視聴回数の順位」を比較したデータ可視化を制作しました。出場者の色は生放送での出場順になっており、暖色ほど早い時間帯、寒色ほどトリに近い時間帯となっています。左右を繋いでいる線は、水平に近ければ両者の順位の差が小さく、斜行しているほど差が大きい、ということになります。
ご覧のように、斜行が非常に多いグラフとなっています。このことは、生放送と公式YouTubeでは、視聴者側に異なるニーズが存在していることを示唆しています。
そもそも紅白歌合戦の世帯視聴率は、放送時刻がトリに近づくに従って高くなる傾向があるため、早い時間帯の視聴率は(あくまで)相対的に高くないという特徴があります。したがって瞬間視聴率の順位が高くないからといって、関心をもたれていないわけではなく、単に出演時刻が早かっただけ、ということも考えられます。また例えば瞬間視聴率1位と10位の差分も1.5ポイント前後ほどだったりするので、「1位と10位」といったような数字の印象から受けるほどその違いは大きくないといえます。
こうした前提に、公式YouTubeでの視聴回数というデータを加えてみることで、出演時刻という時間軸に縛られない、視聴者/ユーザーの自由な関心の動きを垣間見ることができるはずです。
たとえば出場順が1番目の新しい学校のリーダーズさん、4番目のStray Kidsさんに着目してみると、視聴率の順位は高くないですが、グラフの線は右上に向かって大きく斜行し、公式YouTubeでの順位はそれぞれ3位、16位となっています。
台風の目?ブラックビスケッツと伊藤蘭
このグラフをよくみていだだくと、
「出演順がそこまで深い時間帯ではない(色が比較的明るい)のに視聴率が上位で、かつグラフが斜行せずに水平に近い出場者(YouTubeでも多く観られている)」
が浮かび上がってきます。それがこちらです。
ポケットビスケッツさん、ブラックビスケッツさん、そして伊藤蘭さんです。ポケットビスケッツさん、ブラックビスケッツさんは90年代に人気を博したグループであり、伊藤蘭さんが所属していたキャンディーズは70年代のグループです。いずれも2023年のBillboard Japanなどのヒットチャートの上位に入っていません。
にも関わらずこの3組が生放送と公式YouTube、両方で大いに観られているというデータは、視聴者/ユーザーが当年のヒットチャートを賑わした出場者のみを紅白に求めているのではない、ということを示唆しているように思われます。
紅白歌合戦では、前回も篠原涼子さんなど90年代以前のヒット曲を歌うアーティストさんが出場し、公式YouTube動画でも多く視聴されていたことが当研究室計測のデータから確認できます。
なぜ令和に"90年代"なのか
今回、当研究室の90年代アーティストの人気を指摘するX投稿に対し、引用リポストしてくださったみるみる3世さんのコメントが非常に興味深かったです。
現代ではYouTubeやTikTokなどでのカバーやユーザー創作動画を通じて、90年代のコンテンツが変異体を生みながらネット上に増殖しています。その結果、元の形がわからなくなっている状態が出現している。そんなとき、紅白歌合戦で本家が生放送でパフォーマンスすることにより、いわゆる直撃世代ではない人たちの中にも「オリジナルはこれか!」という感動が発生する、ということなのかもしれません
次のグラフは90年代と00年代のオリコン年間楽曲ランキングに、今46歳と15歳の親子の年齢推移を併置し、その世代が「歴代のヒット曲を何歳のときに経験したか」を示したものです。
現在15歳の若者(左下のピンク色のライン)は、もちろんブラックビスケッツさんの「タイミング」が年間チャート4位に入った1998年には生まれていません。ところが、その親の世代(斜めに走る緑色のライン)は、同曲を21歳の大学生くらいのときに体験しているのです。同級生やサークルの友人たちとカラオケで歌っていたかもしれません。
そうした世代的な記憶が、家庭内やYouTube、TikTokなどを通じて、「その曲を知らないはず」のティーンエイジャーに伝播し、紅白歌合戦でのパフォーマンスに対する世代を越えた注目度の高さなどを生み出していると考えられます。
例えば2021年デビューのバンドKlang Rulerさんがカバーしたブラックビスケッツさん「タイミング ~Timing~」は、TikTokクリエイター ローカルカンピオーネさんの投稿をきっかけに人気となり、2022年上半期にBillboard JAPANさんのTikTok Chart でトップとなっています。(1/16 7:52追記 情報提供いただいたデビルスコーピオンさんありがとうございます。)
そのような意味では、当年のヒットチャートには登場しないけれど70年代や90年代など過去に人気を博し、現在では世代を越えて共有され得る楽曲を歌うアーティストさんに出場をオファーしている、という紅白のスタンスは、公共放送という観点からも一理あるといえるように思えます。
生放送中の検索データを可視化する
ここで紅白生放送中の、各出場者の検索ボリューム推移をみてみましょう。
初出場の若手アーティストさんだけでなく、年齢や国籍問わず、様々なアーティストさんが出場時間帯に検索されているのがわかります。
左側に主に初出場の若手アーティストさん、右側に生田絵梨花さん、伊藤蘭さん、薬師丸ひろ子さんのハイライトバージョンを採録してみます。
初出場の若手アーティストさんの多くに出演時間帯に検索ボリュームのスパイクがみられますが、伊藤蘭さん、薬師丸ひろ子さんといったキャリアの長いアーティストさんでも出演時間帯に顕著なスパイクがみられます。
また生田絵梨花さんの場合は、ハマいくでの出演時刻よりも、特別企画のディズニーでの時のほうが検索ボリュームがスパイクしています。ソロ歌唱によって、新たな魅力が発見されたケースといえるかもしれません。
またあわせて、紅白放送当日と翌元日のWikipediaにおける各出場者のページの閲覧数をツリーマップとして可視化してみましょう。
QUEENさんとともにボーカルを努めたアダム・ランバートさんを始め、初出場となるMrs. GREEN APPLEさん、anoさん、新しい学校のリーダーズさんが上位4位を占めますが、
それに続くのは寺尾聰さん、またソロ歌唱時に検索数のスパイクが観察されていた生田絵梨花さんや、伊藤蘭さんも上位となっています。知名度があったり、メディアでよく見聞きしたことがあっても「詳しく知りたい」と思ってWikipedaiにアクセスした人が多数いることがわかります。
複製技術時代の変異体と「アウラ」
話をブラックビスケッツさんに戻しましょう。いわゆる直撃世代の人たちからの「懐かしい」という反応だけでなく、当時生まれていない世代の中にも「オリジナルはこれか!」という感動が発生する、という現象が起きているようです。
ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)は、機械的複製によって芸術作品のコピーを大量生産することが可能になった時代において、オリジナルの作品から失われる「いま」「ここ」にのみ存在する「一回性」を根拠とする権威のことを「アウラ」という概念で論じました。
ベンヤミンの時代から時は過ぎ、現代はデジタル技術によって劣化しないコピーが無限に生まれる時代です。ところがそこにSNSというネットワークとユーザー創作動画というヒューマン・ファクターが介在することによって、コピーは変異していくわけです。変異した無数のコピーが発生しているからこそ、結果的にオリジナルに「これが本物か!」という「アウラ」のようなものを生じさせているとしたら、非常に興味深い現象です。
熱量の可視化〜親衛隊からファンダムまで
またポケットビスケッツさん、ブラックビスケッツさん並んで生放送、公式YouTubeでともによく観られていた伊藤蘭さんについては、歌唱中にしばしば映し出された客席の「親衛隊」の方々の姿とその息のあった合いの手が話題になりました。
この親衛隊の方々の熱い姿を生放送中にはっきりと捉え、合いの手やコールも歌唱と被らずに音声を拾うには、NHKホールでの観覧募集とは別に、1️⃣合いの手やコールができる方々を収集し、2️⃣事前に音声やカメラのリハーサルなどを行い、3️⃣客席にも照明を当て4️⃣望遠レンズで伊藤蘭さんの後ろから親衛隊の表情を抜く撮影の準備が必要になります。
伊藤蘭さんのステージだけでなく、Stray KidsさんやPerfumeさんがパフォーマンスした101スタジオからの中継では、手に応援グッズを持った観客の方々からの合いの手やコールがはっきりと集音されて放送されていました。そのような意味では親衛隊やファンダムの方々は観客である同時に「共演者」であったともいえそうです。
この101スタジオスタジオからの中継には、アーティスト本人だけではなく、昭和の親衛隊から令和のファンダムまで、そのアーティストを応援する/推すファンの愛やエネルギーを可視化する、という企画演出意図があったのではないでしょうか。当研究室のデータからみる限り、その意図はある程度達成されたように感じます。
現代ヒット現象の縮図、紅白版「アイドル」ステージ
そして、紅白でしかなし得ない、一夜限りの貴重な共演…といったような「アウラ」という視点からみたときに、その最も象徴的なパフォーマンスとなっているのがYOASOBIさん「アイドル」のステージです。
同曲のステージは地上波の視聴率では2番目、紅白公式YouTubeでの視聴回数では1位と、非常に高い注目を集めていたことがわかります。
同曲の生放送でのパフォーマンスは、今回の紅白での披露が国内初となったわけですが、それ以上に重要な要素となっていたと考えられるのが、YOASOBIさんと国内外の多数のアーティストさんたちとの共演です。
YOASOBIさん
橋本環奈さん(司会)
anoさん
櫻坂46さん
JO1さん
Stray Kidsさん(K-POP)
SEVENTEENさん(K-POP)
NiziUさん(J-POP / K-POP)
NewJeansさん(K-POP)
乃木坂46さん
BE:FIRSTさん
MISAMOさん(K-POPグループTWICEの日本人メンバー)
LE SSERAFIMさん(K-POP)
アバンギャルディさん(スペシャルダンサー)
REAL AKIBA BOYZさん(スペシャルダンサー)
国境を越えての共演となったK-POPグループや、司会の橋本環奈さんや、『アメリカズ・ゴット・タレント』の決勝に進出したダンスブループのアバンギャルディさんなど、その共演者は15組にのぼります。
これだけの共演者が「アイドル」に合わせて一つのステージで踊る映像は、文字通り誰も観たことのないものとなりました。
また、橋本環奈さんとanoさんが、以前にネットミームとなっていた「天使と悪魔の最終決戦」を、ikuraさんが歌う前で再現するという、ネットユーザーを意識したハイコンテクストなコラボレーションも行われ、放送直後から大いに話題になったようです。
こうした企画と演出は、紅白側から提案のあったものだとanoさんがXの投稿で明かしています(現在は削除)。
ここで、当研究室が前回の紅白公式YouTubeについて計測していたデータに着目してみたいと思います。
ご覧のように、すべての本番歌唱動画の中で最も多く視聴されていたのはSEKAI NO OWARIさんの「Habit」のステージなのです。そのステージでは次の4組のアーティストが、クセ強ダンスといわれた振り付けで一夜限りの貴重な共演を果たしました。
SEKAI NO OWARI
郷ひろみさん
JO1さん
SixTONESさん
NiziUさん
乃木坂46さん
また三番目に視聴回数が多く、いいね数がトップとなったmiletさん×Aimerさん×幾田りらさん×Vaundyさんによる「おもかげ」も、同曲を提供したVaundyさんが初めて三人と同じ舞台に立つ貴重な共演の場となっていました。
さて、当研究室ではYOASOBIさん「アイドル」のリリース2週間後の時点で、記録的なヒットの予感から、その人気の広がりの構造が無数のユーザー創作動画の投稿から形成されていることをTwitterのデータから分析しました。
その後、海外のユーザーやK-POPアーティストなどによる「踊ってみた」動画も投稿されることで、同曲の人気は国境を越えて拡がっていきます。
つまりYOASOBIさん「アイドル」の記録的なヒットには、楽曲の良さやアニメーションとのコラボレーションによる支持に加えて、無数のユーザーの自発的で連鎖的な、ある種の共演がつくりあげた集合知的な側面があると考えられます。
同様の構造は「ひき肉です」の流行現象にもみられます。
これは当研究室の推察ですが、紅白チームは、前回のSEKAI NO OWARIさんや、miletさん×Aimerさん×幾田りらさん×Vaundyさんのステージで行った企画/演出上の挑戦と、紅白公式YouTubeで得られた成果から、早い段階でYOASOBIさん「アイドル」の登場順をトリに近い時間帯に置き、かつそこで誰も観たことのない「踊ってみた」共演を実現させたい…というヴィジョンを抱いていたのではないでしょうか。
15組のアーティストが生放送で、同じ振り付けで一回限りの共演を行うためには、そのための交渉や(理想的には)全員が揃うリハーサルのためのスケジュール調整が必要であり、かなり早期から企画が立っていなければなりません。
JO1の白岩瑠姫さんは自身のラジオ番組にて「アイドル」での15組共演のリハーサルを、「全員揃って」「2〜3回は」行ったと明かしています。これが可能になるためには、各アーティストの本番リハだけでなく、同曲のためだけに15組全員が一堂に会することができるスケジュールを早い段階からおさえておく必要があります。
特にNewJeansさんについては紅白出場が発表されたのは12月29日と直前でしたが、もっと前からYOASBIさんのステージでの共演も念頭に企画が進んでいたと考えるのが自然であるように思えます。
元々、昨年9月に放送された「NHK MUSIC EXPO 2023」ではYOASOBIさんや新しい学校のリーダーズさんらJ-POPの旗手とNewJeansさんやSEVENTEENさんなどK-POPアーティストがトークコーナーでの共演を果たしており、今回の紅白のテーマ「ボーダレス」や「アイドル」での共演を予告しているような内容となっていました。
また近年の韓国のリスナーやK-POPアーティストの間でのJ-POP人気については昨年当研究室でもnoteで分析を行いました。現在のJ-POPを語る時に、K-POPや韓国は非常に重要なファクターになってきているといえます。
いずれにしましても、紅白での15組の共演による「アイドル」のステージには、見た目の豪華さ以上に歴史的、象徴的な意味があったように思えます。そしてそれは放送中だけでなく放送後も大いに話題になって、TikTokなどでも多数の紹介動画がアップされたことが確認できます。
こうしたSNSでの話題化は、紅白公式YouTubeやNHKプラスでの視聴に対する対する小さくない流入源となったと考えられます。紅白公式YouTubeにおけるデータを確認してみると、YOASOBIさん「アイドル」は視聴回数だけでなくいいね数も大きく鈍化することなく伸び続けたことが確認できます。
通常、何かトリガーとなるイベントが起きた直後は、視聴回数、いいね数などは主にコアファンや関与度の高いユーザーがアクセスすることで大きくスパイクしますが、時間が経つにつれ低関与なユーザーが増えて、いいね数などは低下する傾向があるように思えます。
ところが今回の紅白版「アイドル」においてはそれがあまり観察されません。非常に興味深い現象です。
いずれにしましても、今回の紅白でのYOASOBIさん「アイドル」の15組共演ステージは、現代のヒットのメカニズムの縮図のような構造になっており、それが視聴者/ユーザーからも支持されていたといえそうです。
NHKプラス視聴数も1.5倍増
NHKさんが公式に提供しているテレビ以外でのリアルタイム/タイムシフト視聴としてNHKプラスがありますが、そのNHKプラスでの紅白視聴結果も公開されました。
要点をまとめると、
NHKプラスでの視聴が前年の1.5倍強と非常に伸びた
うち7.2割をタイムシフト視聴が占めた
そのタイムシフト分だけで昨年の(リアタイ含めた)全視聴数を上回った
ということのようです。
また次の画像は、当研究室が、SONYさんのテレビやレコーダーなどで録画予約ができるアプリVideo & TV SideView上で確認可能な予約データを使ったランキングをスクリーンショットしたものです。NHK紅白歌合戦が全体で急上昇三位、音楽部門で予約ランキング1位となっていることがわかります。NHKプラス以外にも、自分の録画機器でタイムシフトしている人たちも少なくないのかもしれません。
NHKプラスの紅白番組視聴UB(※UB:ユニーク・ブラウザ。視聴した端末の数)数は約187万とのことで、登録なしで視聴可能な民放のTVerの人気トラマなどの視聴数に比べると小さな数字ですが、そもそも既に視聴した人が5000万人以上いることや、受信料の支払いと氏名/住所の登録が必要であることを勘案すると、一歩前進ということなのかもしれません。
披露曲のストリーミング再生回数も上昇
(2024-01-15 16:40追記)最後に、紅白の外側に広がる影響として、チャートアナライザーのKeiさんのブログ「イマオト」や、松島功さんがX投稿で集計している、各種音楽ストリーミングサービスで観察できる動きについて紹介しておきます。
ストリーミングサービスの再生回数は連休や元日などに全体的に低下することが知られていますが、レコード大賞や紅白歌合戦での披露曲は例外的に上昇していることから、紅白への何らかの形での接触が、ストリーミングサービスのユーザーにもApple MusicやSpotify、YouTube Musicなどでの楽曲視聴を喚起したといえそうです。
"放送の外"へ広がる紅白
(2024-01-16 12:30追記)またApple MusicとLINE Music上には、紅白で歌唱された楽曲の公式プレイリストが作成されています。なんと第1回から今回の第74回まで存在し、今回分は本番放送前から公開されていました。
これらを利用することで、各ストリーミングサービスのユーザーは、紅白の放送前や放送後にも、過去も含めた紅白というコンテンツを追体験(あるいは先行体験)することが可能になっています。
またNHKさんの紅白公式サイト上には、同様の曲順リストに加え、各年の社会的トピックや司会キャスティング、会場、放送時間などの情報がアーカイブされるようになりました。
こうした取り組みも含めて、紅白歌合戦は、「一夜限りのテレビ放送」という見え方から脱し、時間やメディアに限定されない多様な楽しみ方ができるコンテンツへと変化しようとしている意図を読み取ることができます。公共放送事業体という立場上、簡単ではないこともあると思いますが、今年の紅白の次なる挑戦が楽しみですね。
おわりに: 「世界の違う見え方」があるとしたら
当研究室では1月5日に、視聴率とYouTube視聴回数の比較を行ったデータ可視化をXで投稿しましたが、2日間のうちに200万インプレッションを超え、多くの方に読んでいただき、コメントをいただきました。引用リポストやリプライをくださったり対話してくださった皆様、ありがとうございました。多くのインスピレーションをいただきました。
当研究室がこうした反響から感じたのは、私たちのテレビなどマスメディアへの接触時間が低下していることはほとんど自明の事実となっている中で、多くの人が、世帯視聴率だけで紅白などのコンテンツについて語ることの妥当性に疑問をもっていたということです。
そんな疑問に対して従来は「肌感覚ではそうじゃないんだけどな…」と思うだけだったかもしれません。ですが現代では、オープンになっているデータをプログラミング言語を使って分析することで、「世界の違う見え方」を可視化することが可能になってきているように感じます。
今回トライしてみた分析においても、紅白歌合戦が「テレビ以外」でより観られるようになっているという実態、そこにはテレビに対するニーズとはまた異なった関心が存在しているということ、そして令和のヒットのメカニズムを象徴するYOASOBIさん「アイドル」の15組共演ステージや、90年代コンテンツ、ファンの熱量の可視化といった試みに対する支持の実態に、少しばかり迫れたのではないかと思います。
以上、徒然研究室(仮称)でした。Xでもオープンデータとプログラミングで関心あることを分析してポストしています。今回収録しきれなかった紅白関連データもスレッドにまとめています。どうぞご贔屓に。
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