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紅白歌合戦を「視聴率以外」のデータから可視化してみる

2022年の紅白歌合戦については既に視聴率を元にした論評がたくさん出ていると思いますが、当研究室ではデジタル空間上でアクセス可能な様々なオープンデータとプログラミング言語Pythonを使って、その影響を分析してみたいと思います。その結果、世帯視聴率のみから論ずるのとはまた異なった紅白像がみえてきました。

実は過去最高のツイート数

今回の紅白のテーマは「LOVE & PEACE -みんなでシェア!-」でした。この時点で紅白が、主にSNSを通じて番組が多数シェアされることを目指し、そのための企画を準備してることが推察できますね。ロゴもTwitterやInstagramでの「いいね」ボタンのアイコンを想起させるものでした。

そこで実際に今回の紅白が、SNSでどれくらいのシェアをや会話を生んでいたのか、長期時系列で視覚化してみましょう。

次の図はTwitterのサービス開始以来、NHK紅白歌合戦もしくはそれに準ずる語句を含むツイートがどれくらい投稿されたりリツイートされたのか、日別、月別に時系列比較したのものです。

ご覧の通り、どちらでもみても圧倒的に過去最高となっています。

上記のデータはリツイートを含みますが、除外したデータでもこの傾向は変わりませんでした。Twitter以外にもInstagramなどに公式アカウントがあり、同様に活発な投稿を行っていました。

過去三年に比べて、また過去最高だった18年と比べても、遥かに多い量のツイートが投稿されたことを考えると、リアルタイム視聴率の推移とは別に、Twitterでの情報伝播には非常に成功した回だった…という、世帯視聴率のみから論ずるのとはまた異なった紅白像がみえてきます。

ちなみにTwitterというサービス自体の国内普及率が上がってくれば、ツイートも増えるのでは?と思う方もおられるかもしれません。

以前Twitterに関連して有名な「バルス」のツイート数の時系列推移を当研究室で視覚化したことがあるのですが、下図のようになっていました。

ご覧のように2013年をピークに明確な減少傾向にあります。仮に国内のTwitterアクティブユーザー数が増えていたとして、ツイートも自然に増えていわけではなく、流行が過ぎたりすれば逆に減っていくケースもあるのだということがわかります。

それを勘案すれば、テーマを「LOVE&PEACEーみんなでシェア! 」を掲げ、過去に前例のないシェアを起こすことに成功した今回の紅白は、「快挙」であるという側面もあるのではないかという気がしてきます。

大きく変わった紅白のSNS運営

ではそのような現象の裏側で、一体何が起きていたのでしょうか。NHK紅白歌合戦のTwitter公式アカウントの活動に注目してみましょう。

次の図は、公式アカウントのツイートデータを「一年前の同じ時期」と比較して視覚化してみたものです。
(2023年1月11日追記:以下のツイートデータのうち、22年12月31日に投稿された全出演者の本番ハイライト動画付きツイート(52本前後)は、23年1月10日のYouTubeでの配信終了と同じタイミングで削除されています。21年の場合はハイライト動画はNHKサイトへのリンクで処理していたのでツイート自体は残っています。)

1日あたり何回ツイートしていたか(ピンク色棒グラフ)
1日あたり何件リツートされていたか(水色折れ線)

のどちらをみても、顕著に増大していることがみてとれます。ピンク色の棒グラフの「一日あたりツイート数」に着目してみましょう。

ご覧のように22年の1日あたりツイート回数は、21年よりずっと高頻度になっていて、紅白当日は一年前の2.5倍多くのツイートを投稿しています

また対象期間における総ツイート件数も、

21年:126件
22年:499件

と、4倍のツイートを行っています。

SNS運営の体制を抜本的に変えた、もしくは体制強化したことが推察されますね。

さらに折れ線グラフの「被リツイート件数」にも着目してみましょう。

ここからわかるのは、21年に公式アカウントのツイートが最もRTされた日は、実は紅白当日ではなく「出場発表の日」だった、ということです。そんなまさか…!?

ちょっと信じがたいくらいですが、少なくともTwitter上においては、シェアという意味でもっとも盛り上がったのは当日ではなかった、ということになります。

ところが22年は、出場者発表日もさることながら「本番当日の2日前」からRTが増えはじめ「本番当日」に至っては約60万RTと、21年の7倍以上もRTされるに至っています。

また、下図の右下にハイライトされている棒グラフをご覧ください。22年は、年が明けてからもツイート回数を増やしているのが特徴です。

22年1月のお正月三が日のツイートは「0件」でしたが、23年1月の同期間は「82件」にのぼっています。

そこでは下記のようなツイートが多数投稿されています。
(2023年1月11日追記:下記のような本番動画を含む公式Twitter投稿は、1月10日のうちに削除され、リンクが切れています。同じタイミングで公式YouTubeでの紅白ハイライト動画52本も配信が終了していたようです。YouTubeでのハイライト動画は、NHKプラスのフル配信よりも3日間長く配信されていたことになりますね。当室の23時間前のデータから推測すると、合計4千万回前後の再生となったと考えられます。)

主に、リアルタイム視聴していなかった人を念頭に、公式YouTubeやNHKプラスでの視聴を訴求している様子が窺えます。

こうした様々なデータからは、紅白がSNS施策に対する考え方とアクションを大きく変えた、もしくは進化させた、と考えるのが自然であるように思えます。

伸びる「非リアタイ」視聴

本番が終わったあとにもツイートを増やして、視聴を呼びかける紅白公式アカウント。ではその受け皿の一つであるYouTube公式アカウントでの視聴実態はどうなっているのでしょうか。

紅白公式動画の格納先となるNHK MUSIC公式YouTubeチャンネルでは「紅白ハイライト」というプレイリストを提供していて、全組パフォーマンスを1分前後にトリミングした計54本の動画をUPしており、その合計PVは本記事執筆時点で3千万PVを突破しています。

短尺動画、時短視聴のトレンドに対応した、非常に興味深い試みです。

この意欲的な取り組みの結果を、YouTubeデータから視覚化してみましょう。

次の図は、紅白本番放送開始の19:20以降から同日24時までの間にYouTubeにUPされた本番関連動画の「再生数」と「いいね数」を2日おきに測定して、散布図で視覚化したものです。各動画について1月2日、4日、6日の推移を線でつないでいます。

どの動画も、大晦日から6日間経ってもまだ視聴数が伸びているのがわかります。

見逃し層の視聴ニーズが小さくなく、生放送終了後一定期間経ってもなお持続していることが窺えます。

(2023年1月11日追記:公式YouTubeでの紅白ハイライト動画が1月10日のうちに配信終了したとみられるため、当研究室で最後にデータを取得した、終了直前の視聴回数を反映したグラフも記録として採録しておきしておきます。)

1月9日24時に取得したデータを追加したバージョンです。

YouTube視聴数で最も伸びた出場者は?

この視聴回数推移の散布図を、ランキング推移を示すバンプチャートに描き変えてみましょう。

期間通じて上位3組は変わらないのですが、10位圏外から伸びてきて6位に上昇しているVaundyさんの視聴回数の伸びが印象的ですね。

Vaundyさんはダンスボーカルグループやグループアイドルのように、規模が大きく密なファンダムをもつとみられるアーティストとはやや異なるタイプのアーティストさんだと思いますが、こうした視聴回数の伸びからは、アーティストの情報を常時チェックしているわけではないけれど、今回の紅白がきっかけで興味をもったライトな音楽ファンや潜在的なファンがアクセスしている…という状況を想像することができます。

(2023年1月21日追記:日本のSpotifyデイリーチャートのデータから、22年12月31日を基準とした再生回数の割合の推移を視覚化してみました。最も伸長した2曲はVaundyさん関連の楽曲だということを確認することができます。)

またちょっと興味深いのは、20位まで広げた下図でハイライトした3組です。

1995年リリースの楽曲 「愛しさとせつなさと心強さと」篠原涼子さんが7位に留まっています。

12位の純烈さん+ダチョウ倶楽部 さん+有吉弘行さん「白い雲のように」もリリースは1996年

13位の工藤静香さん「黄砂に吹かれて」は1989年リリース。

Billboard JAPANのようなヒットチャートで上位にチャートインしている曲ではないですが、ここでは十分に視聴者の関心を惹きつけていることがわかります。

89年〜96年リリースの楽曲が比較的上位にランクインしているというこのデータは、 TikTokなどで90年代の楽曲が人気であることを想起させます。

また公共放送というNHKさんのポジションを勘案すると、Vaundyさんのような新しい才能の紹介に加えて、複数の世代が共有できる音楽とその機会を創出することは役割に叶っているように思えます。

(2023年1月11日追記:公式YouTubeでの紅白ハイライト動画52本が1月10日のうちに配信終了したとみられるため、当研究室で最後にデータを取得した、終了直前の視聴回数を反映したランキングも記録として採録しておきしておきます。)

1月9日24時に取得したデータを追加したバージョンです。Vaundyさんの伸びが顕著です。

瞬間視聴率と異なる「YouTube視聴ランキング」

そしてさらに興味深いことに、このランキングは、生放送の瞬間視聴率から算出されたランキングとはまったくといってよいほど異なるのです。

報道されている歌手別視聴率ランキングは次のとおりです。

第73回 NHK紅白歌合戦 歌手別視聴率の順位
① 福山雅治
② MISIA
③ 桑田佳祐 feat. 佐野元春 世良公則 Char 野口五郎
④ 松任谷由実
⑤ KinKi Kids
⑤ 安全地帯
⑦ 純烈(ダチョウ供楽部・有吉弘行)
⑧ 純烈
⑧ 石川さゆり
⑩ back number

【紅白歌合戦】福山雅治「桜坂」が瞬間最高視聴率39・5% ラスト7組がトップ10入り https://www.nikkansports.com/entertainment/photonews/photonews_nsInc_202301040000635-0.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nikkansports_ogp

これを先ほどのYouTube公式動画の視聴回数ランキングと比較してみましょう。

ご覧のように、YouTube公式動画TOP10と共通してランクインしているのは、TOP10同士では一つもありません

YouTubeの方をTOP 20まで広げてやっと共通するのは、純烈(ダチョウ倶楽部・有吉弘行)さんのみで、他はすべて異なっていることがわかります。

引用元の記事でも触れられている通り、テレビ瞬間視聴率が高かったのは10組中7組を占める「トリとトリ前の7組」の出演者なのです。つまり少なくとも今回の紅白における視聴率は、生放送時の出演順と出演時刻が説明変数として小さくないと考えられます。

いっぽう、YouTubeでは視聴する順番は基本的にはユーザーに委ねられますから、必ずしも出演順や時刻の影響を受けるわけではないと考えられます。

YouTubeのデータは、リアルタイム視聴における「時間」という軸を取り払ったときに浮かび上がってくる、もう一つの紅白に対する視聴者の関心を示しているといえるかもしれません。

(2022年1月9日追記:このYouTubeでのハイライト動画ですが、NHKプラスでのフル尺での配信が終わった1月7日以降も配信され続けています。画期的なことですね。また「紅白ハイライトリスト」も提供され続けており、このリストを視聴することで、4時間を超える長大な紅白歌合戦というコンテンツを、1時間前後で「時短視聴」できるわけです。生活者の情報行動の変化に対応した興味深い取り組みです。)

当日Wikipediaで最も調べられた出場者は?

リアルタイムでの視聴率以外に、紅白に対する人々の関心を推察するデータとして、最後に「出場者のWikipediaページ閲覧数」のデータを分析してみたいと思います。

次の面積グラフは、2022年12月31日の各出場者Wikipediaページの閲覧数をツリーマップとして視覚化したものです。

JO1さん、Vaundyさん、藤井風さんがトップ3となっています。テレビの瞬間視聴率、YouTubeでの動画視聴数ともやや異なる傾向を示していますね。

また、JO1さん、Vaundyさんのような初出場者に限らず、J-POP最多出場となるPerfumeさんや、ベテランの加山雄三さん、知名度が高いと思われる玉置浩二さん(※22年1月11日追記)、ドラマ出演も多い篠原涼子さんも比較的上位の閲覧数で調べられていることがわかります。

藤井風さんは前回の紅白放送当日に、圧倒的に最も閲覧された出場者だったのですが、今年もまだ調べられていることが驚きです。

世界各地でヒットしている「死ぬのがいいわ」のパフォーマンスが強い印象を与えたことが窺い知れます。

(この世界的ヒット現象については当研究室でも様々なデータから背景を分析していますのでよろしければご覧ください。)

視聴率+オープンデータでみえてきた紅白

以上、視聴率「以外」の様々なオープンデータを使って、2022年の紅白歌合戦を分析してきました。

その結果みえてきたことは、次のように要約することができるかもしれません。

  1. 紅白関連ツイート数は圧倒的に過去最多だった

  2. その裏にはSNS運営の大幅な強化があった

  3. YouTube等での非リアタイ視聴も充実・伸長している

  4. 非リアタイ視聴や検索行動における傾向は、視聴率とは異なる傾向を示す

これらのことから、紅白は既にリアタイム世帯視聴率だけでなく、他の指標を重視し始め、様々なリソースをそちらにも投下している…と考えることができます。

したがって紅白を論じる際にも、出場者選定の妥当性や世帯視聴率に加えて、それ以外のデータを多面的にみていく必要性が高まっているように思えます。

視聴率はいまもって重要な指標であることには変わりはありませんが、紅白だけでなく音楽番組、もっといえば地上波の番組全般において、世帯視聴率の不可逆的な低下が進んでいるのが現代です。

次の図はビデオリサーチさんが公開されている、音楽番組の高世帯視聴率記録ランキングを参考に当研究室が作成したものです。(ビデオリサーチさんはデータの転載を容認していないため、番組名や視聴率の値は表記せず、参考概念図として描画しています。データそのものについてはリンク先をご覧ください。)

右端の孤立したグレーのマーカーが、参考としてプロットした「今回の紅白」だと考えてください。

そしてピンクとブルーのマーカーが、スペシャルの音楽番組、レギュラーの音楽番組の、高世帯視聴率記録を示すものです。グラフ中に薄い紫のバンドで示しているように、ほぼ全ての記録が1980年代前後と1990年代後半付近に作られています。2002年以降には20年間、一つもありません。

この背景には、各音楽番組や出演者の人気というよりも、ネットやスマホといったメディア環境の変化や、CD売り上げの減少、少子高齢化といった人口動態など複数のファクターがあると考えられます。

こうしたマクロなトレンドが継続するなかで、世帯視聴率という単一の指標で、紅白という日本最大規模のメディアコンテンツの影響を測ることは簡単ではなくなっています。

今回当研究室で対象としたデータもまったく網羅的なものではありませんが、今まで見えなかった紅白というコンテンツがもつ影響力が少しでも可視化できたのなら幸いです。

また当研究室で扱うデータはすべてオープンデータですので、基本的には誰にでも扱うことが開かれています。膨大なデータを扱うためのPythonのようなプログラミング言語もオープンソースです。もしご興味をもっていただけたのでしたら、ぜひトライしてみてください。とってもワクワクしますよ!

以上、徒然研究室でした。Twitterでもオープンデータとプログラミングで関心あることを分析してツイートしております。どうぞご贔屓に。


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