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未来をみるために、鳥の眼、虫の眼、心の眼を塩梅よく使って世界をみようと30年以上やってきました。そのためには、未来の兆しに接する高飛びも大切です。久しぶりに1週間オランダのアムステルダムを訪ねました。安居昭博さんの素晴らしいコーディネートで、眼、耳、鼻、舌、手足、持てるセンサー全開にして、すぐそこまでやってきている自律社会を確信しました。そのいくつかを、忘れないうちにコラムで速報してみます。

HRI未来研究フィールドとしてのオランダ

アムステルダムを象徴する運河の橋

私が未来研究でオランダに注目したのは、ちょうど今からおよそ20年前。世界に自律社会のモデルを探した結果、北欧のスウェーデンとオランダに辿り着いたというわけでした。下記URLの2003年HRI発刊のリサーチレポートには、私の若き日の熱い問題意識が記されています。ご興味があれば目を通してみてください。

『自律社会としてみるオランダ』HRI , 2023.1

『自律社会としてみるオランダ』HRI刊, 2003.1
オランダ社会のエッセンス

 当時は、高い失業率などの社会低迷から蘇ったオランダの様子を、「オランダモデル」、「オランダの奇跡」と称して、ワークシェアリングなど成熟社会の「働き方」大改革の成功に注目が集まっていました。私たちは、その契機となった「ワッセナーの合意」と呼ばれる政労使の合意形成の成果を、現地に赴き、政労使、さらに働き手の生活者それぞれへのインタビューなどで実感を得つつ調査しました。さらに、そのような社会変革が、なぜ実現できたのかを探るため、オランダの教育についても、子ども、親、学校を訪ねて丹念に調べました。その20年前の記憶を辿りつつ、今回のオランダでの出来事を重ねてみます。

未来の担い手が育つ場

ユトレヒトの小学校玄関

オランダの教育制度として特徴的なポイントは、
①多様な学びの場の選択可能性の確保された教育
②子どもの力を引き出す、というよりも、子どもが育つ力を妨げない教育
③自律した市民を育む教育

これら3点であるというのが、20年前の私の結論でした。
 それらが続いているのか、変わっているのか、絶えているのか、そんな問題意識でユトレヒトの小学校を訪ね、そこで体育教師を担う安井隆さんと共に子ども達の様子を見て議論しました。結論としては、変わっていませんでしたし、より定着しているという印象を受けたのです。

自己選択、自己決定、自己責任、そしてつながりの共助

今回訪問した小学校は中規模の公立小学校で、1クラス20~30名です。授業は、クラス担任教師の他、2~3名の補助教員がつく場合もあります。先生達はほぼパートタイムだそうで5日/週フルタイムで働く人は少ないようです。そして、校長は38歳という若さでした。以前のオランダ調査で「1.5働き」という働き方を知ったのですが、これは夫婦それぞれが75%のパートタイマーであれば、世帯収入は1.5人分になるという、同一労働同一賃金の徹底された社会ならではの、家計と暮らしと生き方の豊かさを鼎立できる働き方です。先生達が、率先してゆとりある生き方をしているのです。
 体育の授業では、クラスの子ども達は、体育館に設置された3種のプログラムのどれを楽しんでも構いません。その日も、球技、空中回転、ブランコから好きな種目を楽しんでいました。もちろん、危険性もある空中回転のところに教師が注意を払って、一人ひとりの子どもの力に合わせた飛び方をサポートします。完璧な空中回転ができる子だけがヒーロー、ヒロインではないのです。でんぐり返しができた子もヒーローなのです。自分が何をしたいか、何にチャレンジするのかを明確に持って、それが他者にも伝わって、楽しんでいます。
 そして授業の最後にはリフレクションの時間が設けられ、友達の素晴らしかった点などを賞賛し合っていました。

「12歳の選択」は今も変わらず、さらに浸透

そして、20年前に私がとても驚いたことの一つが「12歳の選択」です。オランダでは、小学校卒業時に将来のキャリアの大きな分岐点を迎えます。専門技能、学術研究、様々なキャリアへの多様な学校が用意されており、それを12歳で自ら選択するのです。これが、今も運用されているのか、とても気に掛かっていました。しかし、どうやら、20年前同様に変わっていないのです。自己選択、自己決定、自己責任、そして、生涯を通じたフレキシキュリティと呼ばれる柔軟で安心セーフティ・ネット、これら自律社会に必須な要素は、オランダ社会の中で、さらに根を張ったようです。

自律社会の市民を育む場

オランダでは両親の働き方にゆとりがあるので、多くの家庭では18:00頃から家族でテーブルを囲み、ゆっくりと話しをしながら夕食を取るのが一般的だそうです。そこでは、勉強の話しよりも、社会の話し、経済の話しなどが毎日のように繰り広げられるらしいのです。
 テレビの子ども向けニュース番組も、ちょうど午後6時から20分間放映されていて、それを観ながら家族で議論することも多いとか。オランダは移民大国であり、労働力不足の中では移民の力は必須となっています。もちろん、小学校の生徒たちも移民の家族や他国出身も多く、民族も経済レベルも多様です。
 小学生であっても、ウクライナ紛争、パレスチナ紛争については最近の大きな話題になっているそうで、教師の安井さんに対しても「隆は、イスラエル派?パレスチナ派?どっち?」と、子どもが問うてきたそうです。経済問題についても、家計から自分の将来キャリアまで含めて、同様に家庭や学校での議論のネタになっているのです。
 そして、その結果を象徴するのが、18歳以上の有権者による選挙投票率でしょう。なんと、80%程度の投票率は普通です。最近の日本では、なかなか50%を超えることはありません。それが、市民として社会を担うという自律社会の一員としての大きな差異点であることは間違いありません。

Leaning by Doing そして Innovating by Enjoying

もっと書きたいことはあるのですが、止まらなくなるので、今回のコラムではこのくらいにしておきます。

水の上に暮らす「Schoonschip」プロジェクトを説明する代表者

 いつまでも石橋を叩いているだけでなく「行動して学ぶ」、アムステルダム市内の多くの運河の橋を渡りながら、これを思い出しました。橋を渡るリスク、渡らないリスク、合理的に考えると、どちらを選ぶべきなのか?私は、パラダイム・シフトの今だからこそ、渡ることで学びを得ることを選択すべきなのではないかと肌で感じました。
 そして、オランダの「ポルダー(干拓地)文化」が、単に物理的なフラット地形だけでなく、社会の隅々まで染みわたっていると改めて感じました。
 さらに今回、サーキュラー・エコノミーなど、オランダで様々な新しい取り組みをしている人々と出会って感じたことは、彼らがみんな「眉間に皺を寄せて、困難に対してチャレンジしているのではない」ということです。みんな「生きること、自分の、そしてみんなで暮らしを楽しむためにチャレンジがある」ということです。
 そうです、これこそ「コンビビアリティ(共愉性)」です。自律社会はコンビビアル、これを確信した1週間のオランダ滞在でした。
 
ヒューマンルネッサンス研究所
エグゼクティブ・フェロー 中間 真一

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