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「みらいのミカタ」と名付けたからには、今回はズバリ「先見力」

先見力向上のための8つのポイント
未来を見通すための先見力、その力を高めるための大切なポイントは何か?まず、そこから挙げてみよう。

1. 知識と情報の獲得
2. トレンドの分析
3. シナリオの構築
4. 多角的な視点
5. 失敗からの学び
6. 目標設定と計画
7. 他者との協力
8. 常に学び続ける姿勢


以上8項目、それらの掛け合わせで向上されるはず。どれも「ごもっとも」のポイントを10秒かけずにリストした。そう、賢明な読者のみなさんは、もうお気づきでしょう。これはchatGPTの為せる技なのでした。

AIは自らの先見力レベルを自覚している
 それならばと図に乗って、「人工知能は、高い先見力を持って、精度の高い未来予測することができますか?」と問うてみる。すると、再び瞬時に以下の回答を返してきた。

「人工知能(AI)は、一定の条件下で高い先見力を持つことができますが、完璧な未来予測は難しいことがあります。AIは大量のデータを分析し、パターンを検出する能力があり、過去のデータに基づいて未来の傾向を予測することができます。以下はAIの先見力に関するいくつかのポイントです。

1. 過去データに基づく予測: AIは過去のデータをもとに学習し、将来の出来事を予測することができます。たとえば、株価の予測や気象予報のような一定のパターンが存在する領域での予測には非常に有用です。

2. 複雑な環境への適用: 一方で、未来の出来事は複雑で予測が難しいことがあります。特に新しい状況や変動が激しい環境では、AIの予測精度が低下することがあります。

3. 不確実性の取り扱い: AIは不確実性を考慮することが難しく、未知の要因や予測不能な出来事に対処するのが難しいです。予測モデルは、確率と統計に基づいて予測を行いますが、不確実性が高い場面では限界があります。

4. データの質と量: AIの先見力は、使用するデータの質と量に大きく依存します。適切なデータがない場合、正確な予測を行うことが難しいです。

5. ヒューマンエキスパートとの協力: 一部の場合、AIはヒューマンエキスパートと協力して予測を行うことが有益です。エキスパートの知識と経験をAIに統合することで、予測の精度が向上することがあります。

 総括すると、AIは一定の条件下で高い先見力を発揮できますが、完璧な未来予測は難しいとされています。不確実性や新たな要因への対応、データの限界などが制約となります。そのため、AIを使用する際には、予測の精度と信頼性を確認し、適切な文脈で活用することが重要です。」

 なんとこいつ、驚くほどに、身の程をよくわきまえているではないか。つまるところ、AIには「複雑性」、「不確実性」、「必要十分なデータの質と量の担保」、この3つが揃っていないと、先見性は発揮できないんだと開き直っている。さらなる、とどめの一発は「専門性の高い人間の協力なくして有益な予測はできない」とまで言っている。これには参ったというよりも、逃げ上手の賢さに驚いた。

使える情報の目利き
詰まるところ、「先見力」は「人間力」に戻ってくるではないか。それならば、先見力には地道な努力をするしかない。そして、まずは情報の質と量を確保することが重要だ。しかし、量としての情報は、結局は分析されて圧縮されていく。それを考えれば、AIのように力任せのデータセットが必須とは言えないはずだ。余計な情報量を処理する手間を省くには、最初から質の高い情報に目を付ける「目利き」、眼力(がんりき)こそが大切になる。

 そこで、情報というものを便宜的に下のマトリックスで考えてみる。
フォーマル情報 ⇔ インフォーマル情報
ストック情報 ⇔ フロー情報

 このように示すと、chatGPTに尋ねるまでもなく、先見力に大切なのは、まだ情報にもなりきっていない、けれど、見つけた途端に膝を叩いてAha!と叫びたくなるような「未情報化、Aha!データ」こそ、価値の源泉となることがあぶり出される。

Aha! データはどこにある?
すると、誰もがいかにして「Aha!データ」に辿り着けるのかを知りたくなる。けれど、それはたぶん方法論とか、アルゴリズムとか、お金とか、そういう普遍的で再現性のあるやり方では説明できないように思われる。つまり、セレンディピティ(素晴らしき偶然との遭遇)に他ならない。

 じつは、私がこの未来研究の世界に足を踏み入れた30~40年前、尊敬する師匠からは「雑誌の創刊号には必ず目を通せ」と、先見力情報を獲得するためのアドバイスをもらっていた。

 なぜ、創刊号の雑誌なのか?それは、創刊雑誌の編集長が持っているもの、すなわち「既にあるトレンドでなく、近未来に見え隠れする予兆の先取り感覚」が込められて編集された情報だからだ。確かに、雑誌創刊号からは、私も多くのヒントをもらった。

 しかし今、ネット社会の中で雑誌という媒体自体が難しくなってしまって、休刊する雑誌はあれども、めぼしい創刊に遭遇しずらくなってしまったのが実状だ。では、どうする?一転、SNSの情報洪水の中に身を置くのか?これもまた情報のベクトルを失ってしまっていて、先見力のための情報の狩場にはふさわしいとは言い難い。

それを言ってはおしまい、されどやっぱりセンス
 こうして先見力を考えてくると、やはり最後に辿り着くのは当事者のセンスとしか言い様がなくなる。けれど、このセンスを高めるためのトレーニングや生活習慣はあるのではないだろうか。

 とにかく手っ取り早いのは、「センスのよい人と行動を共にする、交わる機会を意図的に持つ」ということだろう。気をつけなくてはいけないのは、そういう時に、センスの悪い自分が、センスのよい相手に対して、何をGiveできるかである。こういう人間関係における一方的なフリーライダー関係は、絶対に持続しないはずだ。それはマネーだけではない。ハイ・センスな人が渇望している何かが、自分の持てるものであればよいのだ。

 また、情報アクセスや思考の気質として、フォーマル、ロジカル、ストックよりも、インフォーマル、エモーショナル、フロー志向であろうとする努力も大事であろう。それを維持しようとすれば、結局、センスのよい人の醸し出す気配を感じ取れない。

 そして、なによりも本人の好奇心が最大のポイントだ。これなくしてセンスは高まらない。それは、新しいもの好きということとは限らない。それよりも、おもしろさを自ら感じ取る、創り出す力ではないだろうか。
そういう自分に、なりたいものだ。

ヒューマンルネッサンス研究所
エグゼクティブ・フェロー 中間 真一

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