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山小屋本の紹介③『穂高小屋番レスキュー日記』

山小屋本3冊目は宮田八郎さんの
穂高小屋番レスキュー日記』(山と渓谷社)

著者の宮田八郎さんは
全国第3位の標高を誇る奥穂高岳の山小屋
「穂高岳山荘」の元支配人。
山岳漫画『岳』に登場する宮川三郎のモデルであり、
山岳映像を手がける映像制作会社
ハチプロダクションを設立した方でもあります。

文章内での八郎さんの関西弁で語る様子、
レスキューに向かう様子は
まさに昔ながらの「山の男」という雰囲気。

『岳』にモデルとして登場するのも
納得してしまうような方です。



これまでに紹介した山小屋本2冊とは
また毛色の違った作品です。



題にレスキュー日記とあるように
こちらは山小屋の話でありながら、
山での遭難やレスキューにまつわる話がメインとなります。

山小屋の仕事は普段こそ、
下界の宿泊施設と大きく変わらない仕事をしていますが、
一度遭難が起これば状況は一変します。

つい数分前まで夕食を作っていた人が、
下界の警察官や消防士さながらに
レスキューへと向かうのです。

そして救助が無事に落ち着けば
再び夕食の片付けに加わるという、
何とも不可思議な仕事です。

こちらの本は日々の業務こそあまり描かれていませんが、
その合間に起こっている命のやり取りを描いているのです。

著者の八郎さんが過ごした穂高岳は
その場所柄、北穂高岳〜奥穂高岳の稜線、ジャンダルム、ザイテングラードなど、
毎年必ず滑落遭難が起こる場所に挟まれており、レスキューとは切っても切れない山小屋です。

奥穂高岳からジャンダルム

長野県警のサイトには山岳遭難統計があるのですが、令和3年の7月に関しては3件の死亡事故がこの穂高岳山荘がある奥穂高岳周辺で発生していることがわかります。

https://www.pref.nagano.lg.jp/police/sangaku/documents/r3-sangakutoukei.pdf


それだけ遭難が身近な山です。

この本を読んで以降、
穂高で事故が起きたとニュースを見るたびに、
奮闘しているであろう同業の山小屋スタッフのことを思い浮かべます。


そんな日々のレスキューの中で
助けられた人の話、
助けられなかった人の話、

その助けられなかった人の中には
八郎さんの仲間や尊敬する方などもいて、
こんなにも命が失われてしまう世界なのかと、
読んでいて悲しくなる場面も多々あります。


私が働く小屋含め、他の山域ではこれほど遭難、レスキューは発生しませんし、
私自身、救助に出向いたことはありませんが、
それでも近くの山域で人が亡くなった話は聞きますし、急病で還らぬ人となった方もいます。

この本を読んで改めて山小屋での生活は、
命のやり取りが身近なんだと再確認しますし、
極力リスクを減らすためにも、真剣に山と向き合わなければ、とも思わされるのです。

それは山小屋に関わる人間だけでなくて、
山に関わる人全員が何かしら感じるものだと思います。




最後に
私が著者の八郎さんを知ったのは、
松本で毎年行われていた岳都松本山岳フォーラムで上映されたハチプロダクションの映像からでした。
日々山で過ごしているからこそ見えてくる、山々の美しさや星空の情景に感動しました。

その後、八郎さんが南伊豆でカヤックをしていた際に行方不明になったというニュースが入って驚いたことを今でも覚えています。

無事に生きて発見されることを祈っていましたが、1ヶ月後に遺体で発見された、とのことでした。

山でいくつもの命を救ってきた方が、
山ではなく海で亡くなるというのはなんたる運命のいたずらか、と。



そんな八郎さんの最期を知って読むと、
それぞれのエピソードに対して
より考えさせられる、
そんな山小屋本です。


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