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第3章 3.無効資料調査の考え方

 無効資料調査では、無効化する対象となる特許権や特許出願の本質を正確に把握した上で、どの程度のレベル感で調査を行うのか準備段階で検討する。

 そして、無効論を構築するためにはどのような内容が開示された資料が必要なのか、検索式を作成してスクリーニングを行う前に徹底的に調査戦略を検討することが調査の成否の鍵を握る。

 図3.4に、無効資料調査の流れを示す。

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図3.4 無効資料調査の流れ

(1)発明の理解

 まず、無効化の対象となる特許出願や特許権に係る発明を正確に理解する。

 その発明の技術的な本質はどの点にあるのか、その発明が属する技術分野における技術常識技術進歩の流れはいかなるものであったかに基づいて的確に発明の本質を捉えなければ、有効な無効資料を効率的に見つけることはできないはずである。

(2)権利範囲や状況の確認

 次に、自社の製品やサービス(仮想的なイ号)が対象となる特許権の技術的範囲に属するのか、詳細に検討を行う。

 現在または将来の自社の製品等が対象となる特許権の技術的範囲にも、その均等の範囲にも明らかに属さないのに無効資料調査を行うことは好ましくない。

 このとき、イ号の開発状況や製品仕様等の状況を確認し、常に最新の情報を得て対象となる特許権の技術的範囲と対比・検討を行う。

(3)審査経過情報、ファミリー情報の確認

 実際に検索式を作成する前に、審査経過情報を確認することも重要である。

 このとき、各国(海外)における調査報告書や引用文献(ドシエ情報)を確認し、既に有用な資料が提示されていないか確認する(主要国で日本の特許査定率が最も高く、海外ファミリーの審査段階で有用な文献が提示されていることも多い)。

 そして、無効論を構築するために不足している情報は何であるのか、それとも、既に無効論を構築可能な資料が揃っているのか否かを確認する。場合によっては、この時点で実際に調査を行うことなく終了する場合もあり得るであろう。

 重点的に検索すべき範囲は、発明の本質に関する部分であり、そこに時間を費やさなければ、有用な資料を効率的に発見することはできない(※1)。

(4)発明の本質と調査目的の確認

 そして、再度、対象となる発明の本質はどこにあるのか、無効資料調査の目的を正確に理解しなおす。

 この時点では、各請求項について、どの請求項レベルで無効にするのか、それとも明細書の記載や実施例レベルで無効にするのか、どの範囲までであれば権利を減縮させることが可能であるのかを具体的に明確化することが必要である。

(5)調査観点、戦略、仮説の構築

 この段階になり、ようやく調査の観点、戦略を検討することができる。

 このとき、これまでの検討で得た情報に基づいて、何を、どのように、どの程度まで探すのか、想定力を発揮して仮説を立てて調査の設計を行うことで、効率的な調査を行うことが可能となる。

 新規性は勿論、進歩性(論理付け、課題、技術常識・周知技術)も考慮したサーチ戦略を立案する(※2、※3)。

(6)検索式の作成と検索の実行、対比・検討

 次に、調査観点や調査戦略に基づいて検索式を作成して検索を実行する。無効資料調査でいきなり検索式を作成することは、本質的に無理である。

 文献のチェック(スクリーニング)の過程で抽出された資料と、対象となる特許権の構成要件とを随時対比・検討することで、無効資料調査の現在地(進捗状況)を確認することで仮説検証を行う。

 このとき、調査対象の構成要件と、抽出された文献の記載を比較検討する対比表(クレームチャート)を作成することが有効である(※4、※5、※6、※7)。

 事前に構築した仮説の検証を、無効化したい発明と抽出された資料に記載の発明との対比検討通じて行い、当初のサーチ戦略(検索式)を評価し、必用に応じて調査分野、調査国、使用データベース等を、変更したり拡張したりすることで、検索範囲の変更・拡張を行う(図3.5)(※8、※9)。

 サーチ戦略を変更する場合にも、闇雲に調査範囲を変更・拡張するのではなく、仮説を立てて、論理的に考えることを忘れてはならない。


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図3.5 検索範囲の拡張

 なお、検索式を作成する際の基本は、同一の観点はOR演算とし、異なる観点はAND演算とすることにある。 

 そして、現在スクリーニングしている集合が、どのような集合であるのか、いかなる文献が含まれ得るのかを念頭にスクリーニングをすると、頭の中に検索集合のイメージがあるため、適切な文献を的確に抽出することが可能となるであろう。

(7)対応の決定

 最後に、調査のアウトプットに基づいて取り得る対応を決定する。

 積極的に無効化するために、情報提供(※10)、異議申立、無効審判を行うのか、自社製品等が他社特許権の技術的範囲に属し得るが無効論を構築可能である旨の鑑定書を得るのか、追加で調査範囲を拡張し、さらなる調査(海外文献や非特許文献)を行うのかなどを決定する。

↓つづき

※1:独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)、検索エキスパート研修[特許]テキスト、「先行技術文献調査実務(第六版)」(2020年10月)、サーチ時間を短縮するためのテクニック、122-124頁

※2:伊藤健太郎監修、千本潤介著、「これだけは知っておきたい特許審査の実務」、中央経済社(2019年3月)、第3章 発展編 §4 仮想的な引用発明を想定したサーチ戦略、156-166頁


※3:前掲※1、64-67頁、3.初心者が陥りやすい罠

※4:二神元信、「特許調査の研究と演習」、186頁、静岡学術出版(2015年12月)

※5:岩永利彦、「キャリアアップのための知財実務のセオリー 技術を権利化する戦略と実行 増補版」、第一法規(2019年12月)174-181頁

※6:野崎篤志、「特許情報調査と検索テクニック入門 改訂版」、一般社団法人 発明推進協会(2019年12月)、344-345頁

※7:梶田邦之、「クレームチャートを作成するための留意事項について」、知財管理、Vol.69、No.6、p.849-854(2019年6月)

※8:INPIT・前掲※1、113-121頁、検索式の組み替え(サーチ戦略の変更)

※9:角田朗、「実践的異議/無効理由の証拠収集方法」、パテント、Vol.72、No.6、p.44-51(2019年6月)

※10:特許第1委員会 第4小委員会、「無効審判事件分析による情報提供制度の有効な活用方法の検討」、知財管理、Vol.68、No.1、p.31-41(2018年1月)


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