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ラグジュアリーブランドのものづくりを語る。ロエベ "バルーンバッグ"

ラグジュアリーブランドが生み出すバッグは、なぜ美しくて魅力的なのでしょうか。

革製品の元職人でバッグデザイナーである私は、人を惹きつけるバッグについて日々研究していますが、知れば知るほどその作りや美しさに魅了されます。

本記事は、高級バッグの魅力について作り手の視点から語り尽くすシリーズの第1回目として、LOEWE(ロエベ)の”バルーンバッグ”について書いていきます。

人を惹きつける条件

まず、私が思う”魅力的なバッグの条件”について整理しておきます。

1.ひと目見て直感的に「かわいい!」「綺麗...」「格好良い」と感じる

2.ブランドの哲学や歴史、またはデザイナーの意図が使い手にとって魅力を感じるデザインとして具現化されている

3.使うたびに気分が高まり、使い手の生活が豊かになる

4.製品のデザインに適した素材を用いた上で、腕の良い職人が丁寧に仕上げている

5.製品のフォルムや細かいパーツが全体的にふっくらと丸みを帯びており、不自然に凹んでいるところが無い


抽象的な内容もあるため人によっては理解しがたいかも知れませんが、ファッション製品において論理では無く感性に訴えてくる魅力があるかどうかは非常に重要です。

革新的な物で無い限り、機能性のみ追求したバッグに心を揺さぶられることは少ないです。

栄養満点で素早く摂取できる食べ物があってもそれが美味しく無ければ魅力を感じないように、いくら機能が優れていても審美的に魅力が無ければ人を惹きつけるバッグにはなりません。

感性に訴えてくる魅力というのは、どんな要素で構成されているのでしょうか。

”バルーンバッグ”について解説しながら、少しずつ私の考えをお伝えしていきます。


バルーンバッグとは?

“バルーンバッグ”は、2020年の春夏コレクションで初登場した製品で、オールレザーモデルを軸にロゴ入りリネンやフェルトなど様々な素材を用いてカラフルなラインナップを展開している巾着袋型のショルダーバッグです。


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LOEWE公式サイトより引用


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VOGUEより引用


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LOEWE公式サイトより引用

最大の魅力は「美しいドレープと丁寧な仕立てが生み出す計算され尽くしたフォルム」で、見た瞬間に強く惹きつけられる美しさがあります(ドレープとは、布や革を垂らした時にできる滑らかなひだのこと)。

熱気球(バルーン)をインスピレーション源としてデザインされたこのバッグには、美しいフォルムを生み出すために並々ならぬこだわりが詰め込まれています。

今回はそのこだわりについて「構造」「仕立て」「素材」に分けて説明していきます。


構造について

製品構造を理解することで、「フォルムの美しさの理由」「洗練された印象の源」を知ることができます。

ラグジュアリーブランドの製品価格が高いのは、デザインにかかる費用が高いこともひとつの理由です。

デザイン費には作り手が捧げた時間が反映されていて、そこについてこれまであまり語られてこなかったと思います。

作り手が時間を捧げている部分について、製品構造を通して説明していきます。

まずバッグ全体の構造を簡単に説明すると、柔らかい巾着袋の部分(青丸)を横から下にかけてやさしく包み込む外装(黄色矢印)が支えているような状態で、開口部分がガバッと大きく開き、荷物が沢山収納できる構造になっています。


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内装は、荷物を投げ入れられるシンプルさでiPhone 12 Pro MAXが難なく収納できるポケットが1つ取り付けられているのみ。


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バッグを閉めた時に開口部分が絞られることで革が内側に寄り、美しいドレープが生まれる設計になっています。

計算し尽くされた型紙を使って製作されているだけでなく、質感が異なる2種類の素材を使い分けることで「唯一無二の理想的な曲線」を描いています。

なぜ質感の違う素材を使い分けることで理想のドレープを生み出せるのか、下の画像を使って説明します。


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ドレープの最も美しいところは、画像の青い矢印が描いているたおやかなU字カーブの部分で、”バルーンバッグ”はこの理想的な曲線を描くために画像赤丸部分に余白が生まれるよう設計されています。

この余白は、柔らかいドレープが下に向かっていく力を、巾着袋を包む外装が上に押し返して一定の均衡が保たれる状態になることで生まれています。

そのため、巾着袋の部分には「手触りのよい柔らかな革」を、巾着袋全体を包み込む外装には「丈夫でしなやかな革」を使うことでバランスを取っています。

仮に外装にも柔らかい革を使った場合、下に向かうドレープの流れを押し返すことができず、余白が生まれないやせ細ったドレープとなり、とてもカジュアルなバッグとなってしまうでしょう。

美しいドレープを生み出すためには、製品のデザインに最適な革を採用する必要があるのです。

また、画像の緑矢印の部分にショルダーストラップがついていることで、バッグを持ち上げた時に巾着袋が上と内側に引っ張られ、開口部分にすぼまる力が働き、ドレープのU字カーブがさらに強調されるようになっています。

素材の選択とショルダーストラップの取り付けを絶妙に工夫することで、どんな瞬間でも製品フォルムを美しく維持できるデザインになっています。


次に、バッグ全体の洗練された印象について。

ひと目見てミニマルな印象を抱いた方もいるかもしれませんが、それは革と革のつなぎ目を見えないようにする構造を取り入れ、ステッチ(ミシンの糸)も極力目立たないように工夫していることが理由です。

巾着袋型バッグの胴体は円筒形になっており、2枚のパーツを組み合わせて作るため、パーツとパーツの繋ぎ目が見えてしまうのが一般的なのですが、”バルーンバッグ”には確認できません。


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繋ぎ目を無くすことは構造上、不可能なはずなのに一体どうなっているのでしょうか。


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見えにくいですが、黄色矢印の部分に繋ぎ目があるのがわかりますでしょうか。

実は、胴体の繋ぎ目は巾着袋を包んでいる外装の内側に隠されています。


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巾着袋を包む外装は、美しいドレープを生み出すことだけでなく、こうして繋ぎ目を隠すことで、あたかも1枚の革で作られた袋のように見せる役目も果たしているのです。


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よく見ると、外装自体も極力ステッチが入らないように作られており、黄色矢印の右横部分にはステッチがありません。

繋ぎ目やステッチは、見えにくくすればするほど洗練された印象を与えることができるため、バッグを開発するときは、いかに自然な形で隠せるかを考えるのですが、”バルーンバッグ”ほど華麗なデザインは非常に稀です。

私は、この”バルーンバッグ”をロエベのクリエイティブ・ディレクターであるジョナサン・アンダーソンが生み出した最高傑作だと思っていて、その理由はこれ以上美しくすることはできないと感じるほどの完成度に達しているからなのです。

完璧な答えを導き出すためにどれだけの思考と時間を重ねたのかが、このバッグを見ていると伝わってきます。


仕立てについて

ロエベは170年以上の歴史があり、現代まで脈々と受け継がれてきたクラフトマンシップを持った職人たちが丹精なモノづくりをしているブランドです。

細部に詰まった職人のこだわりを、「縫製」や「コバ(=革の裁断面)」に注目しご説明します。

まずは縫製について。


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ラグジュアリーブランドの製品はとにかく縫製が綺麗なのですが、このバッグで特に驚かされたのはショルダーストラップの安定したステッチです。

画像の黄色丸部分と青丸部分は同じ工程で縫製されたステッチで、表と裏の見分けがつかないほどに品質が安定しています。

家庭用ミシンを踏んだことがある方はわかるかと思いますが、ミシンステッチというのは上の糸と下の糸が絡み合ってお互いを引っ張り合う状態になっており、このバランスが崩れてしまうと見た目が悪くなったり、ステッチが緩んで糸が擦り切れる原因となります。

“バルーンバッグ”は構造上、青丸部分(つまりストラップの裏側)がバッグの表側になるため、ステッチの裏側も表側と遜色がないよう仕上げる必要があるのですが、それが自然に施されています。

これは、ステッチのバランスが非常に良い状態で縫製されていることに加えて、形状と太さが最適なミシン針を使用しているからこそできる芸当です。

縫製箇所の針の穴やステッチが斜めになっていることから、先端の形状が斜めになった切れ味の良い針を使用していると考えられます。この針を使ってバランスの取れた安定した縫いを入れることができると、表裏が分かりにくいステッチになります。


次にコバ(=革の裁断面)について。


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専用の道具を使ってインクを均一に塗ることで仕上げていくのですが、画像のように長いショルダーストラップのコバを一点の曇りなく綺麗に仕上げています。

しかも”バルーンバッグ”は革とコバの色が異なり、少しでもはみ出しているとすぐに分かってしまうため、ここだけを見てもこのバッグが丁寧に長い時間をかけて製作されたことが分かります。

コバに塗られるインクはバッグを使っているうちにいつかは剥がれてきてしまうものなのですが、ロエベのような一流ブランドは非常に剥がれにくいように塗られています。

インクのレシピを独自のものにしていたり、70℃以上の熱を加えることでインクに含まれている樹脂の結び付きを強くするなど様々な工夫がされているはずですが、インクを剥がれにくくする秘訣はもっとシンプルで、じっくり時間をかけることです。

薄く丁寧に塗り、しっかりと乾燥させたらまた薄く塗る、というのを5〜6回繰り返すことで剥がれにくい綺麗なコバになります。

特に乾かす時間が重要で、コバを1層ずつ充分に乾燥させながら積層していくことで地盤が安定したコバになります。


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驚くべきは先ほど紹介した胴体の繋ぎ目部分のように、普段見えないところにもインクが綺麗に塗られています。

ラグジュアリーブランドのバッグは、こういった粋な仕立てが分かりにくい形で無数にあり、何度も見たことがあるバッグでも、アートのように新しい発見があります。


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粋な仕立ては、開口部分に一周ぐるっと通してある細いストラップの繋ぎ目にもあります。

画像の黄色丸部分に繋ぎ目が見えるかと思いますが、そこをあえて斜めにすることで距離を長くしています。

技術的には垂直に繋ぎ合わせることも可能ですが、繋ぎ目の距離が短くなってしまい、耐久性が低くなってしまうのです。

画像のような処理をすることで、少しでも永く使用して欲しいという職人の思いが伝わってくるようですね。

革製品の作り手として活躍されている方が読むと、当たり前のことをやっていると思う箇所もあるかもしれませんが、その当たり前のことを大きなスケールで、かつ正確に行っているのはシンプルにすごいことだと思います。

こちらの動画からも職人がいかに丁寧にモノづくりしているかが伝わってきます。



動画の中盤(33秒)にバッグを木製の型に乗せて作業をしている様子が映っていて、これは"バルーンバッグ"を作るためだけに用意された道具だと思われます。


素材について

最後は革について説明します。

使用素材は「カーフスキン」。天然素材でしか味わうことのできない、きめ細やかで柔らかく心地よい軽さが特徴の最高級牛革です。

中でもロエベのような一流ブランドが扱うカーフスキンは流通量が極めて少なく、1万枚のうち数十枚程度しかない極上のものだと言われています。

カーフスキンは革のサイズが小さく、バッグとして使うパーツを裁断できる量が限られています。

以下の画像は、裁断前のカーフスキンの画像で、いくつか白いラインが引かれているのが分かりますでしょうか?


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エルメス公式サイトより引用


職人にしか見えない細かい傷が入っている部分を白鉛筆で印をつけ製品に使わないようにしており、画像の上の方の白いラインの外側などは基本的にバッグには使用しません。

画像のように大きく見える革の中からバッグに必要なパーツは2〜3個分しか取れないため、当然、素材価格も高くなります。


“バルーンバッグ”から感じること

ジョナサン・アンダーソンを筆頭としたデザイナーたちの深遠な考えと、ロエベの長い歴史の中で培われてきた熟練の技が”バルーンバッグ”を魅力的なバッグにしています。

彼ら彼女らの情熱を感じ取り、このバッグを持ち歩くためにおしゃれをして出かけ、充実した時間を楽しむことができるのが、ラグジュアリーブランドの製品の素晴らしさなのではないでしょうか。

偉大なブランドと同等レベルの製品を作ることは非常に難しいです。

ですが、小さなブランドだからこそ生み出せる画期的なアプローチで、使い手の生活を豊かにする美しいバッグを作ることは可能だと、私は信じています。

ラグジュアリーブランドに最大の敬意を払いつつ、私たちなりの考えを持ってこれからもモノづくりを続けていきます。

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