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先生を責めても仕方ない

SNSに溢れる学校への文句と愚痴

夏休み目前になり
小中学校では保護者会やら三者面談シーズン。

教員だった頃は敢えて見なかったSNS。

特にスレッズ??
とんでもない量の投稿。

保護者会や面談での学校や先生への文句。
日頃の担任への不満。

通知表が出ると今度は
「なんでうちの子の成績が5じゃなくて3なんだ!」
みたいな投稿が出てくる。

あと最近多いのはテストの採点に対する不満(笑)

採点された我が子の答案用紙を写真に撮って
「この採点は先生がおかしくない?」
といろんな人からの意見を求めるタイプの投稿。

人間というのは
暇ができるとこういうしょーもないものを目にしてしまう。
というかこれらの投稿をしている人たちも
また暇なんだろうか…。

私は
自分の親に通知表を見せて
5の数が幾つだの,1があったからどうの
ということを言われた経験というのがまるでなく
なんなら我が家は両親ともに教員だったが
父も母も私の学校の成績というものに
まるで関心がなかった・・・。
だから
学年順位が10番以内だったよ!!
と「いい報告」をしても
「へーそうなんだ」
とあっさり終わり。

だから昔も今も
終業式の日に通知表を家に持って帰るのが憂鬱だ
みたいな感覚がよく分からず
なんなら
誰かが主観的につけた評価に対して
親も子供も一喜一憂してしまうという
気持ちについても
今ひとつ共感しきれないままだ。

話がそれた。

SNS上に数多掲載されているこうした文句や愚痴
の内容を読んでいると
「確かに,そりゃまずいね」
と元教員の立場で頷きたくなるものもあれば

「こんなところに書き込んでないで先生と直接話した方がいいでしょ!」

とお節介を焼きたくなるようなものまでさまざまある。

こうした
SNS上において匿名で
自分の言いたいことをただただ書き連ね
一方的な視点から共感してもらったり
同調してもらうことで安心感を得たり
全くの部外者が余計な口出しをして
思わぬ方向に炎上したり・させたり
そういうやり口で
自分の言いたいことを多くの人に伝えようとする
そもそものコミュニケーションの原理原則を
完全無視!!
というタイプの人が増殖していることが
実は学校現場に深刻な悪影響をもたらしている。

匿名のクレームに怯える学校現場


ここ最近学校に対して意見を申し入れる際に
匿名 でという保護者が増えてきた。

名を名乗れば
我が子が不当な扱いを受けるかもしれない,
だから言いません。
「うちの子は人質に取られてるんで」
という直接的な言い方をしてくる人もいた。

かつては
「匿名でのご意見は受け入れられません。」
と毅然と対応する管理職も多かったが
最近は
匿名=ヤバい親
と,むしろこの申し出を断ったら
更に何を言われるか分からん
とばかりに
匿名でのクレームだろうとなんだろうと
「わかりました善処します」
となったりすることも多い。

もう無茶苦茶。

子どもが一番の被害者


コミュニケーションの場面において

「お前に名を名乗るつもりはない」

と言ってから相手に話をする行為は

「お前のことなんて一切信用していないからな」

という強烈な一撃を喰らわせて
相手が弱っているところに
自分の言いたいことを一方的浴びせかける
というかなり暴力的な行為だ(と私は感じる)。

もちろんそれよりも前の段階で
相手に「信用を失わせる」ような行為を
学校や教員がしてしまったのかもしれないが
それにしたって
一方的に

「私はあなたに傷つけられました。あなたを信用できません。でも言いたいことはあります。聞いてください!」

こんな風にして始めるコミュニケーションなんて不誠実だし
そんな言い方をされた日にゃ
相手の話を聞く気にもなれない。

そしてこのやり方の何がまずいか。

そうした大人同士の
質の低いコミュニケーションによって
本来一番大切にされなければいけない
子どもが割を食うことである。

匿名でクレームがくる。

誰の親が言っているのか分からない。
生徒が特定できれば
どういう状況でのやり取りに対して
親が不満に思ったのか把握ができるので
そのケースに応じて個別対応することもできるが
それができないとなると
個別対応から
全体対応にしなければならないことも出てくる。

せっかくブラック校則が廃止されても
一部の匿名クレームを恐れるあまり
学校側が匿名の保護者に文句を言われないために
新たな「くだらないルール」を作る
という現象すら起こる。

また
こうした建設的でない一方的な匿名クレームは
現場の教員を萎縮させる。

それがクレームをつける側の狙いなのであれば
大成功だ。
気に食わない教員が大人しくしてくれるのだから。

がしかし
こうして萎縮させられることによって
教員のパフォーマンスは大きく低下する。
(ただでさえ低い人なんて眼も当てられないくらいに下がる…)

例えば
本来はもっと子どもに自由にやらせてあげよう
と教員側で思っていたことが
それをすることで
一部の親から
「匿名」で文句を言われるかもしれない。

仮にこれが匿名ではなく
特定の生徒の保護者からの「意見」であれば
もちろんその意見に沿って生徒に配慮することもできるが、それすらできない。

あー!めんどくさっ!!
余計なことしないでいつも通りでいいっしょ!
大人に都合のいいやりかたで!

という展開になりがち・・・。

果たしてそれが我が子にとってプラスになるのだろうか。
残念な展開すぎやしないか。

教員は我が子を共に育てるパートナー


教員は学校という場において
大切な我が子と
最も身近なところで関わる大人だ。
一定期間親と協力しながら
我が子を育てるパートナーなのである。

これは教員に限ったことではないが
夫婦関係であっても
ともに子育てをするパートナーに対して
子どもへの関わり方に不満を持つことはいくらでもあろう。

けれど
どんなに相手に不満があろうとも

「我が子を人として真っ当に育てよう」

という共通の目的を共有している以上は
どんなに相手を腹立たしく思ったとしても
互いに協力し合う道を模索し続けるのが
親の義務だ。

だから子育てのパートナーである教員に対しても
何か不満がある、言いたいことがあるなら
建設的な方法でコミュニケーションを図り
「我が子のためにどうすればいいか」
という視点で話し合いをしなければいけないのではないだろうか。

名も名乗れないほど信用できない相手の元に
大切な我が子を預けているのだとしたら
子どももさぞかし不安だろう・・・。

昨今の教員不足や
教員採用試験の倍率の低下も相まって
確かに「???」
と思うような教員が増えてきていることも
残念ながら事実。

けれど幸か不幸かそういう人が
期間限定で我が子の学校での「親」と
なったとき
不満な相手とのコミュニケーションを放棄して
自分の要求ばかり押し通そうとすることは,
我が子の健全な成長にとっては一ミリもプラスにはならない。
それどころかむしろマイナスでしょ。

ということを
そろそろ誰かがSNSで発信してはくれないものか…
と思いながら
暇になったので
自分でこの記事を書いてみた次第。

追記:
もうさ、スレッズに書くなら

我が子の水筒に麦茶パックを入れたつもりが
間違えて出汁パック入れちゃいました!
ちゃんとした水筒を届けてあげた方がいいですかね?!

みたいな
ママのお悩みくらいがベスト。


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