USオリ盤で聴くジョージ・ハリスン『オール・シングス・マスト・パス』
今回の記事では、ディスク・ユニオンのプレミアムビートルズ廃盤アナログセールにて手に入れた、ジョージ・ハリスンの実質的なファースト・ソロ・アルバム『オール・シングズ・マスト・パス(All Things Must Pass)』のUSオリジナル盤(アナログ・レコード)について、書いていきたいと思います。
■中学生には高かった『オール・シングズ・マスト・パス』のアナログ・レコード
私がこの『オール・シングズ・マスト・パス』を初めて聴いたのは、アナログ・レコードではなく、CDでした。
その理由は、このアルバムのアナログ・レコードが豪華3枚組だったからです。
そう、このアルバムは、当時(1970年代後半)の国内盤(日本盤)のアナログ・レコードの定価が1枚2,500円だった中で、3枚組とはいえ余りにも法外な5,000円という値段(定価)が付けられていたのです。
さすがに5,000円は当時の貧乏中学生にはきつい…。
(当時は塾に行った日の食事代として親からもらっていた500円をコツコツ貯めて、レコードを買っていました。)
5,000円あれば、ジョンとポールのレコードが1枚づつ買えます。
そんなこんなで、ズルズルと買うのを先延ばしにしていたところ、数年後には世の中は一気にCD時代へとなだれ込み、あっと言う間に、街中からアナログ・レコードが消えてしまったのです。
こうして、お金が工面できるようになる社会人になった時にはすでに遅く、アナログ・レコードは絶滅状態(その再生装置も含め)になってしまいました。
こうして、しかたなく、ジョージの歴史的大作をCDにて聴くことになったわけです。
■音質が悪かった、初期のCD
しかし、それが悲劇の始まりでした。
このCDの音が非常に悪かったのです。
これは、ジョージ・ハリスンに限ったことではありませんが、アナログ・レコードからCDに切り替わった当初のCD(初期のCD)は、どれも非常に音質が良くありませんでした。
このジョージ・ハリスンのCDも、その例に違わず、何か薄いベールの掛かったような曇ったような音がしているのです。しかも音像が平坦で、立体感がありません。
『なんだ、歴史的名盤とか言われてるけど、期待外れだな…。』と余りこのアルバム(オール・シングズ・マスト・パス)に対して、好印象を持つことができませんでした。
そして、そのまま時が過ぎ、次にこの作品を聴いたのは、2001年、リマスターを施された、『オール・シングス・マスト・パス~ニュー・センチュリー・エディション~』が発売された時でした。
■オリジナルを無視した、ニュー・センチュリー・エディション
確かに、このニュー・センチュリー・エディションでは、デジタル・リマスターが施され、音圧、音質とも最初のCDよりは改善されています。
しかしながら、私は、このニュー・センチュリー・エディションがどうしても好きになれませんでした。
それは、このCDが、以下の2つの点で、オリジナルの『オール・シングズ・マスト・パス』を冒涜していると感じたからです。
①ジャケットの色をモノクロからカラーに変えたこと
②リメイク版「マイ・スイート・ロード2000」を収録したこと
このアルバムのオリジナル盤の魅力の1つに、そのジャケットがあります。
3枚のレコードとブックレットは、通常の3枚組のレコードと異なり、豪華なボックス(箱状)のジャケットに収められていました。
そして、このジャケットのセピア色の写真が、実に良い味わいを出していたのです。
しかしながら、何を考えたのか、ジョージ自身の意向で、このニュー・センチュリー・エディション(2001年発売のリマスターCD)ではそのセピア色のジャケットに色を付けてしまったのです。
これは、あくまで私個人の考えなので、反発される方もいらっしゃるかもしれませんが、私は、CDのリマスターの目的というのは、あくまでオリジナルのアナログ・レコードの音像を出来る限り再現することにあると思っています。
ところが、その作品の器であるジャケットの色を変えてしまったことで、私は、ジョージ自身がこのニュー・センチュリー・エディションに与えたコンセプトを一瞬で理解しました。
そのコンセプトとは、21世紀版の『オール・シングズ・マスト・パス』を新たに作り出す、ということです。
それは、②の、リメイク版「マイ・スイート・ロード2000」を新たに録音して、ボーナス・トラックとして収録したことからも明らかでした。
これも、私が音楽に関して持っている持論の1つですが、リメイクした曲は絶対にオリジナルを超えられない、と固く信じていることです。
したがって、当時、ジョージがリメイク版の「マイ・スイート・ロード2000」を収録したことは、アルバムのジャケットの色を変えたことと併せて、私をひどく失望させたのでした。
そして、リマスターの音も、私には不満でした。音圧を上げて、かつ最初のCDにあった音の曇りが消えていたものの、音の平板さは残ったままだったからです。
■状態の良いオリ盤が、なかなか見つからない
こうして、CD音源が迷走を続ける中で、いつしか、私はこの『オール・シングズ・マスト・パス』のアナログ・レコードのオリジナル盤(以下、オリ盤)を探し求めるようになっていました。
オール・シングズ・マスト・パスの音はこんなものじゃない。
いつかは、アナログ・レコードのオリジナル盤(以下、オリ盤)の音を聴いてみたい。
本物のオール・シングズ・マスト・パスに出逢いたい。
そんな一心だったのです。
しかし、思いに反して、なかなか良い状態のレコードに巡り合うことが出来ませんでした。
このアルバムは、通常のジャケットと違い、ボックス・タイプのジャケットであるため、比較的傷みにくいとは思いますが、それでも、そのジャケット写真の色調から、汚れや染みが付きやすいためか、オリ盤では、なかなか綺麗な状態のものは見つかりません。
確かに、ジャケットの状態が悪いのを我慢すれば、オリ盤自体を手に入れるのは、それほど難しいことではありませんが、私はどうしても、ジャケットが汚いレコードは買う気にはなれませんでした。
こうして、コンディションの良いオリ盤を探し続けて、十数年が経過したのです。
■ついに巡り合った!奇跡のコンディション
それは、昨年のゴールデン・ウイークに開催されたディスク・ユニオン新宿店でのプレミアムビートルズ廃盤アナログセールでのことでした。
この日はほぼ開店と同時に入店し、大音量でビートルズの曲(おそらくオリジナルモノ盤だと思われます)が流れる中で、入荷したばかりの大量のビートルズのアナログ・レコードを漁り始めました。
店内は廃盤レコードを求めてやってきた大勢のお客さんでごった返しています。
しばらく棚を漁っていると、ふと、あるレコードを手に取った瞬間に、私は体中に電流が走るような感覚に襲われ、そのレコードに目が釘づけになりました。
そう、それは、長年探し求めていたコンディションの良い『オール・シングズ・マスト・パス』だったのです。
最初にそのレコードのジャケットを見た時、余りの状態の良さに、てっきり再発盤だと勘違いしてしまいました。
それぐらい、オリ盤ではありえない綺麗さだったのです。
そして、店(ディスク・ユニオン)がレコードの状態を記載している紙の札には次のように書かれていました。
USオリジナル
奇跡のコンディション!
その表現を見て、思わずうなずいて納得してしましました。
奇跡のコンディション、上手いこと言うなあ、でもその通りだ…。
値段を見ると、13,269円と、オリ盤とはいえ、US盤(アメリカ盤)にしては、価格が高めなのは否めません。
しかし、こんなに状態の良いUSオリ盤は、この先もう二度とお目にかかれないようにも思えてきました。
ここで、買うか、見送るか…。頭の中を、2つの選択肢がグルグルと駆け巡ります。
さんざん迷った挙句…、結局は購入することにしました。
決め手となったのは、やはり、中古レコードはビンテージ家具と同じく、一期一会だ、という事実でした。
ビンテージ家具も同じですが、中古商品というものは、そのどれもが1点もので、どれ1つとして全く同じ状態のものはありません。
つまり、これほどの奇跡的なコンディションのUSオリ盤には、この先も遭遇できるという保証はどこにもないのです。
また、骨董品と同様に、年月が経過するにつれて、その希少性が高まることから、この先、もし仮に同じコンディションのUSオリ盤が見つかったとしても、おそらくその価格は13,000円より高くなっていることは間違いありません。
それならば、多少無理をしてでも、買える時に買っておくのが、得策というものです。
東進ハイスクールの林先生ではないですが、正に買うなら今でしょ!
こうして、無事私のレコード・コレクションに加わった『オール・シングズ・マスト・パス』のUSオリ盤でしたが、ここからは、このオリ盤を聴いた実際の音について書いていくことにしましょう。
■ジョンやポールには決して出せない、ジョージ・ハリスンが奏でるギターの音色
私は、ジョージ・ハリスンの音楽が持つ良さというのは、その繊細さにあると思っています。
例えば、ビートルズの1966年のアルバム『リボルバー(Revolver)』の冒頭1曲目を飾るジョージ作のナンバー『タックスマン(Taxman)』でのギター・ソロは、意外なことに、ジョージ自身ではなく、ポール・マッカートニーが弾いています。
この曲の、ジミ・ヘンドリックスばりの速弾きソロは、正にポールの真骨頂で、本職のベーシストとしてだけでなく、ギタリストとしてもポールが超一流のミュージシャンであることを証明しています。
このソロも、当初はジョージが弾く予定だったものを、結局うまく弾くことができずに、プロデューサーのジョージ・マーティンが「ポールに弾かせてはどうか?」と提案し、ポールがこの公式テイクのソロをほぼ一発でキメたそうです。
このソロを聴いてもお分かりになるかもしれませんが、単に、ギター・テクニックの面だけから見れば、実はギタリストとしての才能は、本職のジョージ(ハリスン)よりも、ベーシストであるポールやあるいはジョン(レノン)の方が上なのではないか?と私は思っています。
しかし、ジョージのギター・ソロには、ポールやジョンには決して出すことのできない独特の持ち味があります。
それは、”まるで、ギターが泣いている”ような一種独特なその音色です。
ビートルズの後期の作品である『アビイ・ロード(Abbey Road)』に収録された『サムシング(Something)』や、アルバム『レット・イット・ビー(Let It Be)』に収録のタイトル曲や『アイ・ミー・マイン(I Me Mine)』において聴くことの出来るジョージの弾くギター・ソロは、先ほど述べたとおり、ギターが泣いているような一種独特な音色をしており、それが、それぞれの曲に何とも言えないような味わいを与え、その曲を一層魅力的なものにしているのです。(特に、『レット・イット・ビー』では、哀愁感漂うその曲調に絶妙にマッチしており、もしこの曲のソロが、ポールの弾く流暢なギター・ソロであったとしたら、あそこまで良い曲にはならなかったような気がします。)
このジョージのギターの音色にも現れている、彼の奏でる音楽の中にある、一種独特の感触、いわゆる繊細さといったものが、ビートルズ解散後のソロ作品にも引き継がれ、彼自身の個性ともなって、多くの人を魅了しているのです。
■ギターが泣いている、アナログ盤の『オール・シングズ・マスト・パス』
このアルバムのUSオリジナルのアナログ・レコードに針を落とした瞬間、CDとの違いが私には一発で分かりました。
なぜなら、このアルバムの1曲目『アイド・ハヴ・ユー・エニータイム(I'd Have You Anytime)』のイントロのエリック・クラプトンが弾くギター・ソロが”泣いて”いたからです。
このクラプトンのソロ同様に、他の曲でジョージが弾くそのソロも、当然の事ながら、泣いています。
一方、以前に聴いていたCDでは、その音像が平板なために、それらのギター・フレーズがちゃんと泣いてくれていません。
でも、アナログ・レコードは、CDでは十分に出し切れない、空気が震える音が確かに聴こえるのです。
そして、その空気の揺れが、これらのギター・フレーズを、本来の泣きのフレーズとして、私達の耳に”正確に”届けてくれるのですね。
このアルバムのアナログ・レコードを聴いて、私は確信しました。
ジョージ・ハリスンのアルバムは、絶対にアナログ・レコードで聴かないと駄目だ…。
こうして、レコード店に立ち寄ったときには、必ずポール・マッカートニーの次に、今までは見ていなかったジョージ・ハリスンのコーナーを欠かさずチェックするようになったのです。
追伸
『オール・シングズ・マスト・パス』をアナログ・レコードで聴いた後、今度は、このアルバムの2014年リマスターを聴きました。
ハイレゾ、CD、音楽配信という複数のフォーマットにて発売されたこの2014年リマスターでは、ジャケットが元通りのセピア色に戻っています。
そして、そのジャケットの色の原点回帰と同様、その音像も、アナログ・レコードを彷彿とさせる素晴らしいものに仕上がっています。
したがって、これから気軽にこの『オール・シングズ・マスト・パス』を聴こうと思った皆さんは、迷わずこの最新の2014年リマスターを選択すれば何も問題はありません。
最高の音質で、このジョージの歴史的大作をお楽しみ下さい。
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