結婚出来た女性と結婚出来なかった女性の話

「それで今は何人いるの?」
 私は目の前のケーキを頬張りながら、苦い顔をしている彼に聞いた。口内に広がる甘さをカフェオレで打ち消しながら、彼の答えを待つ。
「何人って言い方やめてよ……俺が悪い男みたいじゃん」
「まあ、女からしたらそうだろうね」
 私は口元を緩めながら、ストローに口をつけて再びカフェオレで喉を潤した。
 それでもなかなか言いたがらない彼に助け船を出すかのように、私は更に言葉を足す。
「大丈夫だって。私は何を聞いても別にひかないから」
 もちろんこれが自分の彼氏だったら話は別だが、彼は友人の一人に過ぎない。私にとっては口内に広がる甘いケーキの物足りなさに、もう一口添えるようなもの。
 彼もまた私に話したところでひかないことを理解していたのだろうと思う。彼は渋りながらも呟くように吐き捨てた。
「今は七人」
「へえ、また増えたね。全員と体の関係もってるの?」
「うん、まあ……いやでもこんなはずじゃなかったんだよ。俺はいつからこんなクズに……最初は彼女欲しいなぁって思って始めてみただけだったのに……」
 頭を抱えながら言う彼を横目に、私はこれがマッチングアプリの沼か……と思いながら、他人事なだけに少し胸を躍らせていた。
 彼はごく普通の一般男性だ。特別かっこいいわけでも、特別いい男なわけでもない。しかし私の我儘に付き合ってくれるぐらいの寛容さと穏やかさがあり、なによりマッチングアプリではスペックモテするであろう職業ではある。
 しかし私は理解している。私の自由で好き勝手な性格に付き合える穏やかさのある男性は、時に優柔不断さを兼ね備えている、と。
 話を聞いていると女性側から誘ってくることも迫ってくることもゼロではないようで、ネットが一般的になったSNS世代が生み出した闇だな……と聞きながら私は改めて思っていた。
 女遊びなんてしたことがなかった男性や今まで一途に彼女と付き合ってきたような男性がマッチングアプリに手を出す。
 そう、きっときっかけは本当になんでもないこと。
 飲み会で進められた、同期に教えてもらった、長年付き合った彼女と別れて彼女が欲しかった、出会いなくて出会いが欲しかった……たったそれだけのことだったのだ。
 そこでごく普通の生活を送っていた彼らは知ってしまう。
 簡単に女性と出会い、簡単に女性と近づけて、そして簡単に抱けてしまう女性がいるということに。
 人は甘美なものに弱い。それも今までその蜜を吸ったことがない者ほど、その甘さを覚えると虜になってしまう。
 その癖になる甘くて美味しい蜜を吸ってしまった彼らは、その華の周りを散るまで飛び続けてしまうのだ。だって、目の前には甘い蜜を垂らした華が咲き誇っているのだから。
 彼もまたその華の周りを飛ぶ一匹の虫に成り下がっていた。
「ツナちゃんって本当に何聞いてもひかないよね! 普通の女性は嫌がりそうなもんだけど」
 彼は少し安心したように口にする。
「普通じゃないんじゃない?」
 私は笑って適当なことを言った。
 もちろん私にも情はある。しかしそれは彼の人生であり、彼が紡いでいくストーリーでしかない。私はその物語を一章ずつ覗かせて頂いているに過ぎない、ただの読者のようなもの。
 だからこそ「ひく」という感情を特別抱くことはない。興味があるのはそのストーリーの展開なのだから。
「だって私はその女性達とは友達じゃないし、私が友達なのはあんただし。基本的に私は友人サイドで話を見るからね。もちろんあまりにもひどかったら言うけど。だって、好きとか付き合うとか色使ったわけじゃないんでしょ?」
「それは絶対にない!」
 聞いている感じではよくある話で、きっと彼女達は彼との曖昧な関係に勝手に期待しているのだろう。先に体を差し出したばかりに。
 そして体を差し出す決断をしたのは彼女達だ。
 もちろん無理矢理や色を使われたというなら話は別だが、会ったその日にホテルに行く選択をしたのは私と年齢がさほど変わらない彼女達なのだ。
 そして自分と同世代である以上、子供ではない、若くもない、成熟した女性なのだ。
 しかしながら私が彼に異性としての興味がないから何も思わないだけで、彼は私に対しても優しく気遣ってくれる。逆に「彼に異性としての興味があれば」何も思わない女性は少ないのかもしれない。
 そして妙齢の女性からしたら、身長もスペックもある彼との出会いをモノにしたいと思う女性だっているだろう。


* * *


 彼は忙しい職業であり、連絡がマメなタイプでもない。恐らく次に彼と食事する頃には七人から何人か脱落しているだろうと思っていたが、その予想は当たっていた。
「二人!? 結構減ったね。連絡こなくなったの? あ、これも追加でお願いします」
「そうだね。元々、俺マメじゃないから連絡自分からあまりしないし」 
 私は店員に追加の肉を注文しながら、彼の言葉にも耳を傾けていた。思っていた通り七人が五人になり、三人になり、そして二人になっていた。
「まあ、体の関係ももってるし、連絡もそんなこないし、そもそもそんな会う時間もないし……ってなれば、次にいく方が利口ではある」
 そうなると逆に残った二人が気にかかる。
「その二人とは連絡とってるの?」
「うん。たまにだけど」
「会ったりは?」
「頻繁にではないけど会ってるよ。一人は昨日会ってたし……」
 目を逸らしながら言う彼の表情はまるで母親に知られたくない何かがあるような、微妙な笑みを浮かべていた。
「それ、朝まで一緒にいたやつよね」
「いや! いや、いや~……」
「それさ、女側ってどういう気持ちなんだろうね。付き合ってるつもりだったら面倒なことになるよ。そこは気を付けておかないと」
 残った二人は間違いなく彼に好意がある。
 そして体の関係をもってしまった後でも変わらず優しくて会ってもくれるし、会っている間は彼氏のように接してくれる彼に「もしかしたら」という期待を抱いて離れられなくなっているのだろう。
 そして彼女達が知らない悲劇といえば……。
「その二人はさ、お互いの存在を知らないんでしょ?」
「え? うん、そうだけど……」
「いい感じだと思っていたら、他にも同じような女がいるんだから知ったら地獄だろうな」
 さすがに他人事ながら同情したが、その選択は彼女達自身がすることだ。私はただ目の前の肉を頬張り、彼のお金で肉を追加した。


* * *


 アラサーの半年は早い。気付いたら夏になっているなんてよくあることだ。気付いたら衣替えに追われ、突き刺すような日差しがつらく、面倒だと思いながらも日焼け止めを塗りたくる。
 そうして月日は平平凡凡と流れていった。
 久しぶりに会った彼の元には相変わらず二人の女性が残っていた。私は同世代だけに、さすがに彼以外も並行している男性がいるのだろうと考える。いや、そう考えなければあまりに時間を無駄にしているのではないか? と思ったからだ。
「この間、旅行いってきたんだ! 見て!」
 彼はそう言いながらスマホで撮った旅行先の画像をいくつか見せてくれる。私はアイスカフェラテを読みながら、それを眺めた。
「誰と行ったの?」
「Aちゃん」
「Bちゃんは?」
「Bちゃんとは来月行く予定」
 彼は楽しそうに話す。全く悪びれた様子はなく、本当に楽しみなのだろう。
 私はその姿を見ながら、男性が並行出来る真意を見た気がした。
 彼は時間もお金も残った二人のAちゃんとBちゃんには同じように使っている。彼女達の誕生日もプランは別々だが値段にも時間にも格差はない。
「時間とお金を使ってくれても本命とは限らない……ってことよねえ。彼くんはどっちが好きなの?」
「え? うーん……どっちも好きだけど」
「いつかどっちかに絞るの?」
「え!? うーん……」
「もし片方に『はっきりしてよ! 付き合って!』って言われたらどうするの?」
「どうしよう……」
「どうしよう、じゃねーよ」
「考えたくない。だって、もう友達ではいれなくなりそうだし」
「そりゃ片方と付き合って、片方に付き合えないってなれば、体の関係もあるわけだし、友人でいるのは難しいかもね」
「うわ……考えたくない……」
「まあ、二人とも選ばないって選択もあるけど、このままずるずるいくわけにもいかないんじゃない? その二人、付き合ってるつもりでいる可能性もあるよ。その方が後々厄介でしょ。相手も傷つくだろうし」
 改めて「付き合おう」という言葉は必要ない、と考える人もいると聞く。彼の言動だけを愛情表現の指標とする。
 もちろん男性の行動ではかるのは間違いではないと思う。しかし彼の場合は厄介だろう。時間も作ってくれる、お金も使ってくれる、旅行だって、誕生日だって、いつだって優しくしてくれる彼に期待するなという方が難しいのかもしれない。
 たった一言「付き合おう」という言葉の重みが、この場合は本当の意味で本領を発揮するのだろうと思う。
「しかし、もうすぐ一年じゃない? なぜ彼女達ははっきりさせようとしないのか……」
 私は飲みほして空になったグラスに残った氷をストローで突きながら呟く。
 関係性をはっきりさせようとして彼との今の関係が崩れることへの恐怖……だろうか? それとも既に付き合っていると思っている?
「でもいつかその日はくると思うよ。はっきりさせなければいけない日が」
 そう、私が吐き捨てた時だった。
 彼のスマホが鳴り、私がどうぞどうぞと手で合図する。話している雰囲気、仕事の電話というわけではなさそうだ。
「今近くにいるらしくて、これからくるだって」
「くるって誰が?」
「Aちゃん」
「……なんで?」
「友達とごはん食べてるって言ったら、すぐ近くにいるって言うから」
 私は構わないが、相手の女性からしたら複雑なのではないだろうか……と思いながら早めに切り上げようと心に誓う。

 女性には女性同士でしかわからない、同性間の空気というものがある。それを稀に「女は怖い」など陳腐な言葉で表現する男性もいるが、それは決して怖いとか怖くないとか、そういう空気ではない。
 いうなれば、配慮と配慮がぶつかり合うような瞬間だ。そう、まるで磁石のように近づいては離れ、決してくっつくことはない。でもくっつくこともないので、ぶつかることもない。そういう空気。
「こっちが友達のツナちゃん!」
 なんでもなさそうに彼は笑顔で私をAちゃんに紹介し、私もまたなんでもないので「初めまして~」と普段通りの挨拶をし、Aちゃんもまた「初めまして」と返す。
 しかし一瞬流れる独特の間、気遣った雰囲気、そして二人はセックスをしている間柄。
 私は更に早めに切り上げようと心に誓う。
 きっと彼女はこの時に初めて知ったのだ。彼には二人で食事に行くような女性が他にもいる、ということを。
 その独特の空気を肌で感じ、しかしながら誤解されたくはないという私のちっぽけなプライド。
 こういう女心が全くわかっていないところに彼の女性慣れしていない部分を垣間見ながら、私は自分の小さなプライドを守るために出来るだけ二人を気遣った。
 そして早めに撤退し、二人きりにする。

 いい加減、夜更かしを辞めないとな……と何度目かわからない決意をし、眠りにつこうとした時に、それは私の眠りを大きく妨げた。
 静まり返った私の部屋で静かに鳴り響いたLINE音と画面に浮き出たLINEの文章。
 私はスマホを手に取り、すぐに既読にする。
『今日、ツナちゃんが言っていた『その日』が来たのかもしれない……」
 彼から着た意味深な一文に私はすぐに返信する。
 どうやらAちゃんから関係性をはっきりさせたいと言われてしまったらしい。
 今日の今日でいきなり言い出すあたり、やはり他の女性の存在を知って彼女は彼女なりに焦りを感じたのかもしれない。
 そして彼女の悲劇はその女性が私ではなく、もう一人の見えない女性ということだ。
『ねえ、どうしよう……』
「はっきりするしかないんじゃない?」
 まるで保護者かのように頼られたからには、保護者のように突き放し、彼の問題は彼へと返す。
 それからしばらく彼からLINEが来ることはなかった。


* * *

 アラサーの一年は早い。気付いたら冬になっているなんてよくあることだ。気付いたら衣替えに追われ、突き刺すような寒さがつらく、着太りしたくないと思いながらも厚着をする。
 私はワインを片手に乾杯した。
 今日はフレンチだ。フレンチを食しながら、目の前にはあれから何の音沙汰もなかった彼が座っている。
「あれからどうなったの?」
 私が読んでいた物語は起承転結の転の部分で止まっていた。
 マッチングアプリという沼に堕ち、複数人と関係を持ち、そして数々の脱落していった女性の中でたった二人が粘り強く残った。
 この二人に共通するのは良くも悪くも結婚適齢期でありながら、時間を気にしていないところだろう。
 脱落していった女性は未来があるかどうかもわからない、先が見えない彼との関係から脱却している賢い女性だ。
 しかし恋愛は賢いからといって上手くいくものではない。
「実は……結婚するかも」
 私は口にしたワインを噴き出しそうになったのを堪え、
「え!? どっちと!?」
 思わず声を荒げてしまった。何度も瞬きをして、彼の目を見る。 
「Aちゃん」
「なにがどうなってそうなったの? 会っていない間に一体なにが? あれから付き合ったの?」
 さすがの私も驚きのあまり捲し立ててしまう。
 Aちゃんから関係性をはっきりさせたいと言われたあの日から、一体何があったのか私は知らなかった。そしてそのページを捲るかのように、続きが彼の口によって紡がれる。
「あの日、一応ちゃんと正直に言ったんだ。Bちゃんっていう存在もいるってこと。でもAちゃんのことは好きってこと。思ってることを正直に話したつもり」
「それでどうなって結婚に結びつくの? Bちゃんはどうなったの!?」
 Aちゃんと全く同じように時間やお金や優しさを受けていたBちゃん。しかし彼が最後に選んだのはAちゃんだった。
 容姿に差もなく、どちらが彼の好みというのもなかった。年齢も同じ。片方が何か特別秀でている様子もなく、私が話を聞いてきた感じでは彼が片方に肩入れしている様子もなかった。
 しかしAちゃんを彼は選んだのだ。
「あの日、正直にAちゃんに話しはしたけど、付き合うとは言わなかったんだけど……Bちゃんともその後も会ってたし……」
「ああ、結局はだらだらと相変わらずだったわけね……」
「それから数ヶ月後、家に来た時に置いてたスマホに表示されたLINEをたまたま見られて。これはどういうこと!? って、Bちゃんとまだ会ってるの!? ってめちゃくちゃ怒られて」
「え? でも付き合ってはないんだから、会うのは自由じゃないの?」
「Aちゃんはあの日から付き合っているつもりだったみたい……」
「付き合うって言ってないんでしょ?」
「うん」
 つまり好きって言ってくれたし、正直に話してくれたってことは……って解釈したってことなのだろうか、と私は口には出さなかったが、この後の言葉を聞いて、それは確信に近づく。
「それで怒った後に『私、結婚したいの!』って言い出して」
「え? ああ、うん……は?」
 私はとりあえず整理するためにワインで喉を潤した。
「つまり彼女はあの日以来、彼くんと付き合っていると思っていて、Bちゃんとまだ会ってることに怒って、その流れで『私、結婚したいの!』って言い出したってこと?」
「うん、そう。『私、もうアラサーだし結婚したい』って」
「まあ、そりゃ年齢的に言い分はわかるよ。いやでもさ、その流れで言う!? いや、言うか……」
 その流れで言えるような女性だから、彼女は「結婚出来た女」なのかもしれない。
「そんで、オッケー結婚するよ! ってなるの? 彼くん、結婚願望あったっけ?」
「うーん、してもしなくてもいっかなぁって感じかな」
 そんな軽いノリで本当に結婚するのだろうか? あくまで「結婚するかも」という段階で、結婚まで至るかどうかわからないよな……と思いながら、私はワインをもう一杯注文する。
「とりあえず一緒に住む? って言ったら、今俺の家の近くで転職活動してるみたい。引っ越してくるみたいだよ」
「なるほどね」
 ここまで至って、私の中では答えのようなものが見えてきていた。そう、この物語のキーポイントである。
 Aちゃんは「関係性をはっきりさせる勇気」と「関係性を進める行動力」がBちゃんよりあったのだ。そしてそこに「空気を読まない」という少しのスパイス。
 Bちゃんは良くも悪くも普通のアラサー女性だったのだろう。
 彼のことが好きで、関係性をはっきりさせる勇気がなかった。だって彼のことが好きだから。まるで付き合っているかのような関係が続き、このままいけばもしかしたら……と期待を抱いていたかもしれない。
 彼からは「Aちゃんがよかった」というような雰囲気も言葉も一切感じなかった。恐らく行動したものが得た未来だったのだろう。
 セフレから本命どころか結婚まで登りつめた彼女の背景には、セフレという認識がない優柔不断な彼とそんな彼の心を推すだけの行動力と図太さがあったのだろう。
「Bちゃんには早く伝えなよ。年齢的にも心が復活するには時間がかかる。はっきりさせなかった、だらだらと関係を続けたのは彼女だけど、さすがにAちゃんと付き合って結婚するのであれば、ちゃんと言わないと」
「うん、わかってる……」
 彼サイドの人間ゆえに個人的な感情移入をしなかった二人だが、さすがにいきなり「結婚することになった」と告げられるBちゃんの心情を考えると胸が張り裂けそうではある。
 何故なら独身である私ですら、いきなり結婚報告をされたことに驚きを隠せなかったからだ。
「ずっと彼くんの流れを聞いてきたけど、どのあたりから二人が好きな人になったの? 最初はいいなぐらいじゃなかった?」
「うーん……ツナちゃんに聞かれたあたりからかも。あと二人から好意を感じてたからかな」
 好意を感じながらに二人を生殺しにしていたのだから、やはり付き合っていない付き合っているような関係性なんて続けるには、時間と忍耐がないと無理だろうな、と私は思う。
 そんな見えない未来を勝手に描き、突き進めるだけのエネルギーがないと出来ないことだ。
「ちなみにだけど、私もその中ではそこそこ彼くんと会ってた方だとは思うけど、AちゃんBちゃんと私って何が違うの?」
「二人からは好意を感じてたけど、ツナちゃんの好意って『友達として好き』っていう感じだからかな。あと単に食べるのが好きだよね」
「確かに……」
 自分が思っている以上に正直なことに笑いながら、私はこの物語のあとがきのページを残し、本を閉じる。

 結婚すると言って結婚しなかったカップルなんて五万といるだろう。籍を入れるまで、その言葉には大した効力はない。
 だからこそ私もこの時は七割ぐらいしか信じていなかったが、最後のページを捲るとこう書かれていた。
『来月、結婚することになったよ』
 そしてその一か月後、彼は本当にAちゃんと入籍した。
 マッチングアプリの沼から抜け出した男女は、綺麗に飛び立っていったのだ。まだ今も泥臭い沼でもがいている男女がいる中で、何事もなかったかのように二人でハッピーエンドを迎える。
 その背景には未だに蜜を吸われている女性や蜜を吸い続ける虫が存在するのだろう。
 いつだってそう。報われないところから幸せを手にする女性は強い。
 その強さというのは失ってもいいと思える強さではなく、そもそも失うつもりなどないという謎の自信が、その沼から這い上がらせるのかもしれない。

 アラサーの月日の流れは早い。気づいたらまた今年も夏がやってきた。
 そう、また甘い蜜に虫が集り、蝶になれなかった者達が華の蜜を吸い尽くす。
 きっと蜜は出し惜しみするものではない。でも吸わせ過ぎるものではない。決して枯れてはいけない、蝶が現れるまで綺麗に咲き誇る華であれ。

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