わかりやすさが失わせるもの

わかりやすいことは大抵の場合よいことではあるけど、それの弊害というか、失っているものもきっとある、という話。

コンテンツ供給過多の結果、音楽も動画も、一瞬で興味を引けるようなキャッチーなもの、わかりやすいものが求められているらしい。インスタのリールとかTikTokとか。YouTubeもショート動画。手軽さが求められた結果、その内容はおのずと似通ったもの、わかりやすいものになる。みんなびっくりするほど同じ曲で同じ振付のダンスを踊っていて、それがすごい再生回数になっている。たしかに、何をしてる動画なのか、見る前から内容がわかるのは、それ系の動画が好きな人にとっては都合がよいのだろう。異世界転生もののラノベやマンガのタイトルみたいだなと思う。「裏切られて非業の死を遂げた天才魔術師は転生してかつての仲間に復讐します」みたいなの。タイトルをみたら内容がほぼわかるから興味あるひとは手にとるだろうし、興味ないひとは読まないから、読んでから「思ってた内容と違った、だまされた」とはならないだろう。手軽にコンテンツを楽しみたい場合には、わかりやすさは大きなメリットになる。

この、わかりやすさというものは、ある意味、書店における本のジャンル分けのようなものだ。書店では、大量の本が、ジャンル別に仕分けられて棚に並べられていて、例えば、音楽が好きな人は音楽関係の本や雑誌が並べられた棚を探し、参考書が並ぶエリアには用がないから近づかない。これは、ユーザー、つまりコンテンツの消費者にとってはとても便利で都合がいい。ただ、供給する側に立って考えると、そのジャンルに興味をもっているひとにコンテンツを届けやすい反面、興味のないひとには全く届かない、という弊害もある。そのジャンルに興味があるひとの総数が多い場合はそれでいいだろうけど、そうでない場合は、少ない消費者を複数の供給側が奪い合う状態になって、そのジャンル自体のファンを増やすことにはつながらない。

人間って無意識に他人をレッテル貼りする傾向があって、そして、いちど貼られたレッテルってよっぽどのことがないと変わらない。不倫が騒がれたタレントが好感度ランキング上位にくることはないし、子役でデビューした俳優はいつまでたっても君付けで呼ばれ続ける。BiSHのアイナさんの歌が評価されたのはうれしいけど、BiSHがアイドルにカテゴライズされていなかったら、もっと早く注目されてたんじゃないかと思うときがある。たぶん、アイドルは好き嫌いがわかれるジャンルで、好きなひとはすごく好きだけど、それ以外のひとにとっては、どちらかというと敬遠したり疎外したりするコンテンツなのかなと思っているから、「アイドル」というレッテルを貼られることは、ファンを増やすという観点からはマイナスに作用するのではないかと思ってしまう。「#アイドル」のタグで検索するのはアイドルヲタクだけで、興味のないひとには意味がないし、むしろ敬遠されてしまうかもしれない。これは多分に、アイドルというよりアイドルヲタクのマイナスイメージのせいなのでは、と思っていて、10代の女の子たちが憧れるようなモデルさんに引けをとらないビジュアルの推したちが、自分たちヲタクが足を引っ張っているせいで憧れの対象とならないんだとしたら、なんだかとても申し訳ない気持ちになる。

そして、ファンの心理というものは、実は、手軽さと真逆のところにある気がしている。わかりやすいものをもとめるひとは手軽さを求めているのであって、たとえその動画が100万回再生されて10万回いいねが押されたとしても、残念ながらそのひとたちはライブには来ない。彼ら、彼女らが求めている手軽さと、わざわざライブハウスに出かけてライブを観るという行為は相反している。
逆に、ヲタク気質なひとほど、ちょっとでも興味を惹かれたものは自分で調べるし、ひとからすすめられたものより自分がみつけたものをより好きになるところがある。だから、自分が思うに、コアなファンを増やしたいなら、わかりやすさなんか必要ない。「なんだこれ?」と思わせたら勝ち。趣味に対して能動的なひとは勝手に調べるし、勝手に好きになる。フックさえあればいい。

あと、興味をひくにはギャップとか意外性が大事なんだけど、アイドルが飽和して皆が個性を出そうとした結果、「アイドルなのに◯◯」の、◯◯に何を入れても意外ではなくなってきてしまった(というか誰も戦慄かなのさんに勝てない)。だから、逆の展開が必要で、◯◯の方でがんばって、そこそこ話題になったあとで、「実はアイドルなんです」という、「◯◯なのにアイドル」の方が興味をもってもらえる気がする。だから、売れたいアイドルの方々は、プロフィールに直接リンクは貼らないけどちょっと探せば探せるような裏垢を各種SNSで作って、そこで、アイドルとは直接関係のないポストや写真、動画投稿を地道に続けるとよいと思う。そのアカウントに興味を持って、好きになってくれたひとのなかで、一部のヲタク気質のひとは、調べて、必ず本垢のアイドル垢にたどり着くし、そういうひとはライブに来てくれる可能性がある。

いつのまにかアイドルの話になってしまっているけど、書き始めたそもそもの動機がそこにあるから仕方ないのです。でも、アイドルに限らず、コアなファンがいるコンテンツほど、実は、わかりやすさは求められていなくて、わかりやすい発信はかえってマイナスになることがあるんじゃないか、ということは前から思っていて、この機会に考察してみました。

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