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#彼女を文学少女と呼ばないで/円城塔「雪は白いときに白い、みたいな話に、ちょっと疲れてきたところなんです。」

『バナナ剥きには最適の日々』円城塔


「ではこの指を欠いてしまったなら」わたしは尋ねる。

それでも君は君なのだと

恋人は上の空に素っ気なく言う。



君を構成する物質は日々入れ替わり、成長だってしていくわけだ。

それでも君はそうして君のままなのだ。君が君である限り。

そう、淀みなく続けてみせる。


「今度はいつ」

わたしは椅子を蹴って立ち上がり、

四本の手が揉み合いながら、複雑な形でダンスを踊る。

今度はいつ。今度はいつ。恋人はそう繰り返しつつ縋りつく。

「今度はいつ、どこの僕ではない僕のところに、君である君はまた訪れる」

「もう来ない」

今更振り向いてみたところで、

そこにいるのは、

もう既に恋人などではありえないから。


酩酊な間だけ知られる真実のように。



将棋と呼ばれる駒を指し、チェスと呼ばれる駒を置き、

盤面自体をひっくり返して、互いに盤を投げつけあって、

さて何のゲームをしていたのかと、

我に返って笑い合う。

真面目な議論をしていたのだと信じたりする。



魂だとか強い言葉を用いることで、話題は勝手に展開していく。

単語が単語を呼び出しては、話題だけを展開していく。

詰める気のない将棋のように。

編まれる先からほどかれているレースのように。



自由に決めれば良いと知っていたって、自由とは一体なんだったっけ。

そもそもなにかを決めるとは、なにをどうすることだったっけ。

そもそも誰のことなのでしたか。

わたしのことだよといわれるのです。

でもわたしもわたしなのだとわたしは言います。

偶然だね、とわたしは言います。

わたしも今、丁度わたしをはじめたところなのです。



つつがなき旅を送られますよう

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