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野球観戦

野球ってなんだか好きじゃない。
私が学生の頃の野球部は坊主頭にすることでやる気を表現し、部内にはパワハラレベルの無意味な上下関係も存在した。大人数で行動しがちだし、高校まで野球を続けた人たちのファッションセンスはなぜか低い(独断と偏見)。派手なスニーカーやアクセサリーを私は良いと思えないし、ガヤガヤした飲み会が大好きな風潮も、好まない。別に個人の自由だからいいのだけれど、私にはそれらが合わない。

だからいつも仲良くなるのは、野球部の中でも「野球部っぽくない子」だった。おとなしく、闘争心に溢れていない子。自分にとって波長の合う彼らと、友達になった。

野球は人気スポーツなので、野球経験者は周りにたくさんいる。今の彼氏もそうだ。ピッチャーだったが、高校時代は3年間補欠。それでも彼は野球が大好きで、一緒にいるときもよく試合速報をチェックしたり、野球の動画を見あさっている。土日には少年野球の手伝いをしに、片道1時間半かけて地元に帰省している。「野球部っぽくない」友達らも時々、
「最近すっごく野球したいんだよねー」
と懐かしむように呟く。

「なんで野球ってそんなに人気なの?」
不思議に思った私が彼氏に聞くと、
「あんなに試合展開が読めないスポーツはない。下馬評通りに試合が進まないところが面白いんだよ」
とのことだった。
仲の良い先輩は、
「あんなにビールが美味いスポーツはない」
と。

水泳や陸上の方が、ごちゃごちゃしてない感じがしてよさそうじゃない?
そんな風に言い返したくなるくらい、彼らを虜にする野球に少し嫉妬した。
けれど、見てみなきゃ分からないよね。と思い、チケットを買って野球観戦に出かけた。

その日バンテリンドームで開催されたのは、中日対ソフトバンクの試合。最寄り駅まで地下鉄で向かったが、車内はドラゴンズのユニフォームを着た老若男女で溢れかえっていた。
ドームに到着すると最初に驚いたのは、人の多さだった。
チケットを見せて入場すると、通路には人・人・人!
前に進めないほどの混雑で、売店で軽食を買うのにも20分くらいかかった。
やっとの思いでビールとハンバーガーをゲットできたところで、席に向かう。三塁側の少し高い位置の席だった。
ふう、と腰を下ろして360度ドームを見渡すと、試合開始直前ということもあり、3万6000席がほぼ満席だった。壮観だった。子どもからお年寄りまで、色んな人たちがグラウンドを見つめている。規模の大きさに圧倒された。
試合が始まると、球場全体が一気に熱を帯びたように感じた。
右隣に座っていたカップルは、高く飛ぶボールを見上げながら、
「いけ!いけ!」
とビール片手に力を込めて叫んでいる。
左隣の彼氏は、食い入るように真剣な眼差しでボールを目で追い、私がルールについて分からない事を質問すると淡々と答えてくれた。集中していたので、いつものような笑顔はない。ちょっぴり寂しくなり、妬いた。
その後も白熱した試合が繰り広げられ、観客はことあるごとに歓声をあげた。近くにファールボールが飛んできた時は、怖くて思いっきり彼氏の腕をつかんだ。年齢が高いベテラン選手が代打で出てくると、敵味方関係なく球場全体が沸いた。誰かが鋭いヒットを打つと、一瞬で会場が盛り上がり、時の流れが加速したように思えた。
試合は、7-3でドラゴンズの勝利。
地元球団だったこともあり、素直に嬉しかった。

なんだか、かっこよかった。
選手や試合を観て、というより、会場の雰囲気が異様だった。一体感とはまさにこのことだ。まるでアーティストのライブのようだった。
3万6000人の注目を浴びる中でヒットを打ち、全速力でベースまで走り抜ける選手たちは、とてもかっこいい。このスポーツがどれほど人を魅了するか、私は分かっていなかった。

独断と偏見だけで毛嫌いしていた野球は、見てみると全然違った。
帰りに近くのラーメン屋さんに入り、豆乳担々麺を注文した。カウンター席に腰掛け、静かにもくもくと啜った。空腹を満たし、店を出る。試合が終わってずいぶん時間が経ったはずなのに、まだ道には野球観戦帰りの人たちがちらほら見られた。

愛されてるんだな。

新しいものを観に行くのも悪くない。来週のデートはどこに行こうか。手を繋ぎ、夕闇の中駅へと向かった。やわらかい風が心地よかった。

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