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推しのライブが終わってからの悲哀と慕情の1週間の日記

3月24日(日)

◉朝8時、池袋のホテルにて起床。昨夜、ルミネtheよしもとのセンター最前列で観たしずるの単独ライブ「不自然な藍色」の余韻がまだ東京の一室を浮遊している。

ライブ終わりにタフネス(しずるのファンの呼称)たちと交わしたビールの炭酸の痺れも喉に残っている。本当のお名前もお仕事も知らないけれど、好きなシーンやセリフを共有するだけでいつまでも話すことができる。


昨夜は観たばかりのネタに登場した「酢橘をおしぼりにかけて清涼感を味わう」くだりをフリだけでもやりたくて、添え物の酢橘目当てにホタテのおつくりを頼んだがついてこなかった、というだけで新宿の夜がはじけるくらい笑った。


普段どんな生活をしていようと、誰に好かれ嫌われようと関係ない。「しずるが好き」という一点さえ揺らがなければ、つながっていられる安心感。この関係だけを頼りに生きていくことは難しいけれど、この空間がなければ息が詰まって、世界は途端に褪せてしまうだろう。



◉せっかく同じだけ交通費を払うならば、1秒でも長く東京を堪能したい。昨年の冬の単独ライブ「交ざったら紫」終わりに勧められた「つけ麺 五ノ神製作所」さんへ。行列ができるとの噂にかなり早めに向かったが誰もいない。

東京ではつけ麺を食べることにしているが、店ごとのルールやシステムがあり、その厳しさもまちまちなので、先頭は荷が重すぎる。店の周りをぶらり。男性が現れるのを待って、後ろに立つ。「ここに並べばいいですかね?」というしらこい質問に「ほかに人がいないので僕も休業日かと思いましたが、中は準備されているみたいです」と丁寧に答えてくださる。開店前に参上する熱意と堂々たるふるまいに彼に宿るつけ麺好きの魂を読み取る。

すぐに海外からの観光客が私の後ろに続き、列はみるみる長くなる。これが東京の行列かと感心していたら、中から店員さんが出てきて、一組ずつ店内に入り食券を買って戻って来るよう案内がある。とにかくおすすめっぽい一番大きなボタンを押して戻り、食券を店員さんに渡す。「並と少なめが選べます」とのこと。迷わず並を注文。


開店時間になり、前の男性にならって入口付近のサーバーで水を汲み、おしぼりとナプキンを取って、奥から順にカウンターへ。流れるようにつけ麺がやってくる。「少なめです」と先頭のお兄さんの方から声が聞こえ、戦慄する。もしかしてつけ麺好きのベストアンサーは少なめなのか?怯んでいると、続けて私のが運ばれてくる。


顔がおさまるほどの大きなお椀に、こんもり盛られた薄灰がかった麺。そこに大判のりが3枚、串刺しの厚切りメンマ、鶏と豚のチャーシューが1枚ずつ、堂々たる居住まい。2、3本、麺をそのまま味わう。細く見えるが、みっちりもっちり。今度はそれを海老の濃厚スープにどろりと絡める。スープの中にも角切りのチャーシューがごろごろ。海老の香ばしさと旨味がぶわっと押し寄せる。インパクト抜群のボリュームにスープ割りまでたどりつけなかったが、しっかり完食。



◉ライブのネタの中に「『ノルウェイの森』は速読に限る」というセリフがあり「『ノルウェイの森』を速読しながら帰ります」という自分しか満たされないポストをしたい欲でいっぱいになる。新宿駅構内の本屋を回って村上春樹の『ノルウェイの森』を探したが手に入らず、ブックファーストルミネ新宿店に向かう。

ルミネの夜の最後の公演は、終わると劇場以外の店舗は閉店しており、指定のエスカレーターに乗って、7階からぐるぐるとフロアを降りてくる。世界が足並みをそろえて戸締りしていく切なさと、冷めやらぬ興奮とでぐちゃぐちゃにされながら機械に流されるあの時間は、冬単独の醍醐味のひとつである。一夜明け、にぎわうエスカレーターを遠巻きに見ながら、私たちの楽しかった夜が新しく塗り替えらたことを知り、妙に感傷的な気分になる。ブックファーストはなくなっていた。



◉月曜日からの仕事を鑑み、昼過ぎには新幹線に。しずるを好きになってからの4年間が走馬灯のようによみがえってくる。帰り道はいつもそうだ。今回のライブは数日前に体調を崩し、一度は行けないことを覚悟した。東京に、ルミネに戻ってこられて本当によかった。


◉京都駅の大垣書店でついに『ノルウェイの森』を手に入れる。


◉あまりにいい席だったから、この目で見たものだけを単独ライブの記憶のすべてにしてしまいたい気持ちもあったが、見返したいシーンやセリフが多く、配信を観る。明日の19時まで視聴できるが、残業確定なので間に合わなさそう。これが最後と思って、好きなポイントをメモに取る。

しずるの演技力は会場を一瞬で別世界に染め上げる。吞まれるがまま、感情を引きずり回されるのはたまらないが、カメラ目線で見返すと細かな伏線や間合いの緩急、表情のあわい、衣装やセットへのこだわりなど、新たな凄みに心を掴まれる。

ネタの中で料亭の店主と客に扮するおふたりが、客席に挨拶をするシーンがある。真ん前に座っていた私はKAƵMAさんとしっかり目が合った。錯覚かもしれないと思って何度も巻き戻して確認したが、やはり私に挨拶してくれた、ということにしておくことにした。



3月25日(月)

◉朝6時起床、雨。出社の準備をし、家を出るまでに余った15分、再び布団にこもる。ネタとネタの間に流れた曲が脳内再生される。

遠方から参戦しているためか、ライブは日常と切り離されている。思考せずとも歩ける駅のコンコース、見慣れた職場の景色、ルーティンの為替レートのチェック、家族とのしているようなしていないような会話……そういう日常の手ざわりが、少しずつ私の中に介入して、ライブの輪郭を削っていく。呼吸とともに上下するKAƵMAさんの胸、村上さんの指先に宿る緊張感、セリフとともに迸る熱と、会場を包む笑いの拍動。まだ鮮明にあるうちに、その存在を確かめていたい。


◉オフィスに入る前に、休憩室に干されたタオルと軍手が目に入る。先週末に洗濯し、乾ききらずにさらしっぱなしにしていたのである。記憶がつながると同時に、間に挟まれた非日常の2日間がはじけ飛んでしまって、動揺。取り込みながら浮かれ気分も一緒に折りたたむ。


◉月末の経理は忙しい。会社としての繁忙期も重なり、イレギュラーなイベントの準備も。転職して2か月経たずして、業務もりもり残業ア・ラ・モードウィークに突入。それでも、私にはしずるチャージがある!と暢気でいられたのは午前中だけ。帰るころにはエネルギーは底をついた。まだ居残った方がよさそうな雰囲気は感じたが、思考のリズムは滅茶苦茶、音がびよんびよんにたるんで聞こえてくる。体調を崩す方が迷惑をかけると判断し、適当なところで退社。昨日と同じ京都駅のホーム、同じ乗車番号に並ぶ。同じ景色なはずなのに沈んでいる。



3月26日(火)

◉大雨。昼休み、お弁当の後にスーパーで買っておいたブルボンのプチココアを食べる。日常は、誰も私のために笑わそうとなんてしくれない、と思う。気に入ったお菓子を開けるとか、明るい色のリップを塗ってみるとか、漫画の最終巻を取っておくとか、小さな楽しみを自分のためにつくって気分を持ち上げる。自分のために全身全霊でパフォーマンスしてくれる人がいるって、お金で買っているんだけど、本当はお金では買えないくらいの贅沢なのかもしれない。


◉ライブがないと生きていけないけれど、ライブだけで人生を満足させることはできない。仕事に邁進して収入に手ごたえを覚えたり、ZINEを制作して思いを形にしたり。座っているだけで受け取れる幸福とは別に、自分の足で歩いて掴まなければならない幸福もある。のが今は少ししんどい。




3月27日(水)

◉お弁当に白米を詰めるつもりが、ぼーっとしてお茶碗によそってしまう。週末までまだ折り返しにも立っていないことに心挫けるが、ライブから5日も経っていないことに驚きもする。


◉連日、業務が立てこみ、息つく間もない。トイレすら走って時短したいくらい。その隙間で脳だけをルミネの特等席にトリップさせてみるが、日に日に記憶も感情もかすみ、選別にかけられていることに気づく。ライブの後は、時間の波にさらわれる大切なものたちを、みすみす見届けなければならない苦しみにさいなまれる。


けれど本当は、毎日毎秒、人生のあらゆる景色を、出来事を、心の震えを、手放している。ただ執着がないために、気づいていないだけで。そう思えば、忘れたくない瞬間のある人生というのはいいものかもしれない。


◉午前中は請求書発行、午後は本の梱包作業。作業中、夏単独の客入りの曲が頭に流れて離れない。


しずるは年に2回単独ライブを打つ。夏はKAƵMAさん、冬は村上さんが脚本・演出を担当する。だが、今年はしずる、ライス、サルゴリラ、作家の中村元樹さんの演劇ユニット・メトロンズの公演に注力するため、夏単独はお休み。


そういう選択の可能性はうすうすのうすうすくらい気づいていたから、聞いたときは深く考えていなかったのだが、いざ「単独ライブがある」状況を味わってしまうと「ない」ことの重みが実感を伴ってくる。


1回1回のライブは、おふたりがやるぞ!と決めてくれて、周りのスタッフさんが動いてくれて、私が無事に会場にたどり着けて、意志と幸運がうまく巡り合って初めて味わえるのだ。今回、ライブをすることを選んでくれた村上さんには感謝しかないし、KAƵMAさんが単独をお休みにしてでも懸けているメトロンズの演劇を必ず目に収めたいと思う。



3月28日(木)

◉昨日今日で作成した大量の請求書にミスがひとつもなかったと褒められる。履歴書の自己PR欄に「鬼の集中力」と書いた証明ができ、一安心。


◉帰りの電車でスマホをいじっていたら、Xから通知。村上さんが単独ライブの感想をリポストしてくださった。TLが単独の感想ポストで埋まるまでが、冬単独の風物詩。憧れの人がこちらの発信するものを、1秒でも時間を使って受け取ってくださる。推しとつながっていると信じられることが、どれだけありがたく、日常を乗り切る力を与えてくれるか。明日は月末。



3月29日(金)

◉元和菓子屋のくせに桜もちはあまり好きではない。あのかわいらしい花やら毛虫がくっついた草やらにかぶりついている感じがするのだけれど、今日、社長からもらった桜もちは塩漬けの葉がやわらかく、青みも控えめでおいしかった。


◉残業終わりにスマホを開いたら、烽火書房の嶋田さんからバンドZINEの最終データが届いていた。1年半近くかかってしまったが、やっとここまで来た。刊行されれば、共著ではあるが、都村つむぐの初の著書になる。

初めてしずるのネタを生で観たのは4年以上前。職場のパワハラと劣悪な労働環境でメニエールを患い、毎日死ぬことだけを考えていた。せめて貯金は使い果たそうと、名古屋の単独ライブのチケットを取った。高校時代にテレビで見て好きだったしずるなら、お目にかかるだけでお金の元は取れるだろう。そんなひねくれてくすぶった心を、しずるはステージに出てきた一瞬で撃ち砕いた。


自分たちにとってのおもしろいをひたむきに追いかけ、これでどうだとばかりにぶつけてくる気迫。この人たちについていきたいと思ったけれど、こんな自分じゃいつかどこかで振り落とされてしまう気もした。そこからnoteを始め、自主制作で本をつくってみることにした。いろんな人に助けられ、ようやく形になりそうなところまで来ている。悪魔が囁いてくる日はまだあるけれど、もうあの頃のくたばっているだけの私じゃない。 


◉1週間頑張ったご褒美に「いろいろあったけど、俺たちずっとも!~芸能生活20周年記念SP~」の配信アーカイブを観る。しずるの同期であるNSC東京9期生と大阪26期生が一堂に会し、20年を振り返るファン涎もののライブである。KOCチャンピオンのかまいたち、ライス、サルゴリラにハリセンボン、藤崎マーケットと今のお笑いシーンを支える華の2004年デビュー組が、なかよしばかりの空間で思い思いにボケて突っ込むノリが楽しい。



 

3月30日(土)

◉夜更かししたが、あまり眠れず8時起床。noteの新作エッセイを公開し、犬島のカフェスタンドくるりさんと制作しているZINEの校正作業。11時にメトロンズ単独の先行抽選に応募し、13時からは昨日もらったバンドZINEの原稿の最終チェック。17時までぶっ通しで活字と取っ組み合う。


◉配信延長のおかげで「不自然な藍色」をもう一度だけ見返すことができた。タフネスのお友達からいただいたビールをあける。前回のメトロンズの公演「寝てるやつがいる!」で村上さん演じる新田が飲んでいた銘柄である。


スウェットで酒片手にゆるっと観られるのは配信のいいところ。白のスパークリングワインとして出されても気づかないのでは、というくらいフルーティーで甘酸っぱい。炭酸がこそばゆく、村上さんのネタによく合う。最後の一周はむずかしいことは考えず頭を空っぽにしてただただ笑う。終わった瞬間、しばらく他のコンテンツを五感に入れたくなくて、ベッドに寝ころんだまま動けなくなった。


しずると出会って、私の世界には朝が来た。おひさまの匂いとぬくもりに包まれる心地よさを知った。同時に、日かげもできた。一度ぬくもりを吸ったそれは、時に夜の闇よりも切なかったり苦しかったりする。ライブが終わってからの1週間は、太陽に一番近い日かげだ。こんなことなら真っ暗なままでもいいんじゃないかという気もするけれど、私は忘れられずに日の当たる場所を求めるのだろう。どこまでも、どこまでも。



⬜︎村上さんの自伝的エッセイ「裸々」の感想文&しずるへの愛を叫んだ記事


⬜︎バンドZINE始動の経緯とメンバー募集の記事


⬜︎1週間日記シリーズ


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