見出し画像

クリームチーズのみそ漬けに恋をして

28歳の酒豪ともなれば、行きつけの店のひとつやふたつ持っているものである。それぞれに必ず頼む「お決まりメニュー」があって、その味はしっかりと舌に染みついている。

ふいに恋しくなって、今すぐにでも口にしたいのに近くのスーパーやコンビニでは手に入らなくて、衝動が加速することもしばしば。

2月の中旬以降、もう3か月以上も外食していない。「あの店のあのメニューが食べたい!」欲求はただ今絶賛無双中。

中でも京都の居酒屋の「クリームチーズのみそ漬け」は、舌に絡むようにあまくてクリーミーで、ほのかに塩からくって、きりっと口当たりの軽やかな日本酒と合わせたらもう。その日のメニューに載っていなくても、「まだ半分しか浸かってないんですけど」とマスターが特別に出してくれるのもくすぐったくていい。

他のお店でも見かけると必ず注文するのだが、浸かり具合が浅いのかみその風味がしなくてデザートみたいだったり、箸でつまめないくらいゆるゆるで食べ応えがなかったり。求めるものとはなにかが違う。シンプルな材料でありながらなんと奥深い。ただ悲しきかなこういう2軒目料理は家庭ではあまり出てこないので、思いはますます募る。


「クリームチーズのみそ漬けが食べたい!!」

耐えかねてついにツイート。すぐに飲み仲間から「私も!!」と返信。「あのお店の」と書かなくても通じるあたり彼女も相当惚れ込んでいる。

そういえばこのお店を紹介してもらったとき、どうしても家で食べたくなって作ってみたと言っていたっけ。楽しみにすぎて浸かるのを待っていられなかったかとか。

早速ネットで調べてみると、レシピが出てくる出てくる。どれを見ても、みそとみりんを混ぜてチーズを入れておくだけ。超簡単。友達いわく「みりんもいらん」。最短1日で味が染みるという。これなら包丁不精の私でもできそうだ。

職場でも「食べたい」を連呼して、多くの人をクリームチーズのみそ漬けの口にしてしまった。言い出しっぺとして責任をもって漬けさせていただきます。


まずはお湯を火にかけ沸騰させ、新品のタッパーにそそぐ。長期間食材を入れたままにしておくので、煮沸消毒はマスト。手も爪の間までしっかり洗う。

せっかくなのでみそは2種類用意。一般的なあわせみそと麦みそ。ちょぴりお味見。あわせみそはこっくりなめらかで塩からい。麦みその方はむちっとした麦の触感が楽しくて、うま味がたっぷり。これだけで酒が進みそう。

タッパーの底に薄く敷いて、食べやすいサイズに切ったクリームチーズを置いていく。するんと美しい乳白色の表面を覆うようにみそをどっさり重ねて、あら、もう完成。あとは冷蔵庫で寝かせるだけ。漬ける日数とみその違いでどのくらい味が変わるのか。代り映えしない毎日のちょっとした楽しみだ。


画像1


待ちきれず毎日ちびちび味見していたけれど、3日後ようやく表面全体が褐色に!豆皿によそって粋な感じで、白ワインでいただきます。

箸の先にちょこっと取って、舌の上でゆっくり溶かす。まずはガツンと塩からくて、なめているうちにとろりと甘みがやってくる。1日目よりも出汁のうま味と乳製品のまろやかさが絡まり合って味に奥ゆきが。チーズのきゅんとした酸っぱさが白ワインのフルーティーな香りとも合う。ここまで待ち焦がれたのもいい隠し味。

変わり種、麦みそはあわせだしよりも味に角がなくてやさしい感じ。チーズよりも穀物の豊かな風味の方が強いので、こちらは日本酒と。穀物同士、合わないわけがない。


その後も一週間ほど漬けてみると、みそのからみが弱まってまろやかに。だんだん愛着も湧いてきて、ひとかけらひとかけら、大切に、大切に。最後は育てた我が子が離れていくような寂しさ……。と、十分楽しんだのだけど。


あの店の味ではないんだよなあ。


もっと塩からさが抑えられていて、甘みがふくよかで、とろっとまとわりつくような濃厚さで、それでいてどこか品があって。やっぱりみりんは必要だったかな。何日漬けたんだろう。いや、みそこそがミソだったんじゃ。京都なんだから京都のみそを使っていたのかも。

満たされてはいるのに、気づけば比べてしまう自分がいる。あれ、これって、アピールしてくれる後輩とごはんに行って、優しいし話も合うしいい雰囲気なんだけど、いつのまにか元カレと比べてしまって、まだあきらめきれない、みたいな。

嗚呼、わたし、あの店のクリームチーズのみそ漬けに恋してるんだ。













頂いたサポートは書籍代に充てさせていただき、今後の発信で還元いたします。