見出し画像

言葉の重力

言葉の重力


一体全体どうして、この人の話す言葉には重力があるのだろう?

若者は、目の前で語る小さな老婆を見つめながら考える

言葉に重力があると知ったのは、この老婆に出逢ってからだ
それまでは、言葉なんて風に舞う葉よりも空虚で、
持ち主の口を離れたとたんにどこかへ飛んで行ってしまうものだと思っていた
少なくとも、若者の周りには、幻よりも実体のない言葉を振りまく人間しかいなかった

だが、違う
老婆の語る言葉は、それ自体が音を超えて輝き
言葉を重ねるごとに、どこにもゆかず積み重なっていく
若者の心は、老婆の言葉で満たされ
空っぽだった己の人生に、言いようもない高揚感を覚えるようになるのだ

何か、特別なことを喋っているわけではない
何気ない、日常の会話でも
老婆の話す言葉は重く、それでいて清々しい
心に羽が生えて、どこまでも飛んで行けそうだ

老婆の作ってくれた、ちょっと甘いいなり寿司を食べながら
若者は思った
おばあさんの言葉は、このおいなりさんと同じだと
小さな包みの中に、まっすぐに生きてきた年月が
凝縮されている

重力に逆らわず、真正面から対峙し
地に足を付けて意地でも生きてきた
命の重みが、
言葉にも重力を与え
受け取る者の心に積もりゆく

頬を染め、若者に語る老婆を眺めながら、
初めて若者は人間の生の尊さに
胸をえぐられるような痛みを覚えた

そうしてしばらく、
息ができなかった





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?