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キーボードの上の蜘蛛

眠れない夜、私にはいくつか選択肢が生まれる。

アニメをみる。
音楽を聴く。
本か漫画を読む。
刺繍をする。
そして、文字を打つ。

文字を打つ、が一番危険だ。
一番楽しいけれど、一番選ばないほうがいいとわかっている。
いつのまにか月が薄まり、夜が明けてしまう。
時間を忘れられる趣味があるというのはいいものだ、なんてのんきなことは言えない。次の日の予定をすべて売り払ってしまえ、くらいの気持ちがなければいけない。覚悟、というにはあんまりにもしょうもないけれど、まあ、それに近いものを念頭におかなければならない。
覚悟の使いどころまちがってる。
もっと他にもうちょっと、かっこいい時に使うべきだ。覚悟。

人間というのは、しゃべっているときにアドレナリンが出ることがあるらしい。
確かに盛り上がっている時というのはなんとなく頭が熱くなったり、つい、口調が早くなったりしがちだ。
そういうときはきっとアドレナリンが出ているのだろう。
ただし盛り上がるか盛り上がらないか、それは相手との関係性や内容によって変わる。アドレナリンが出るような会話というのは、案外稀だったりするんじゃないだろうか。
他の人に関してはわからないけれど、少なくとも私はそうだ。

その点、文字を打つことに関して言えば私は十中八九アドレナリンが出る。
どうせ書くのは自分が書きたい内容でしかないのだし。

完全にブラインドタッチかと言われるとなんとも言えないのだけれど、たぶん大体ブラインドタッチが出来る。
誤字やら打ち間違えも多いけれど、恐らく比較的に打つのは早いほうなのだと思う。
あまり止まることなく思考のままにキーボード上を踊る両手を視界の端でみるとなんとも不思議な気持ちになる。
別にいちいち「ここのこのキーを押す」みたいなことを考えているわけでもない。
なのに、指が勝手にその場所に行って押し、また次のキーをすぐに違う指が押す。
以前仕事中に知り合いに言われたのでなんとなくそうなのか、と思うようになったのだけど、私のキーボードのリズムはやや特殊に聞こえるらしい。
あまり比較してわざわざ考えたこともないし、自分のキーボードのリズムなんてものに意識を向けたこともなかったのでよくわからなかったけれど、そういわれたら特殊なのか、となんとなく思った。
もしくはその知り合いがあまり普段PCを使うような仕事をしていないから新鮮だっただけで、PCで普段から文章なりを打っている人というのは大抵そんなもんなのかもしれないけれど。
いまのところ、私が特殊なのか一般的なのか確かめるすべはない。

いわく、「リズム感はなんとなくあるけれど基本的に一定」らしい。
ふむ。
リズム感、というのはわからないでもない。
やっぱりセンテンスごとに速度は固まる傾向がある。
特にそう決めたわけでも考えているわけでもないけれど、やっぱり文章なりを打っているとそうなりやすい、とかもあるのだろうか。
そして、「一定である」というのも言われてみると理由らしきものはある。

私は基本的に特に準備をせずに書き始めることが多い。
特にこう言った独り言にちかいような、適当な文章に関しては構成もクソもあったものではないし。
子供の頃から、それこそ小学校入る前からローマ字を覚えて暇があると父の使っていたワープロ(マジで文章を書くことしかできない大昔のPC)に物語もどきやら、独り言やらを打ち込んでいた。
やっていることが20年以上変わらない。
恐ろしい話だ。
だからなのか、思考が言葉と酷く近い。
感覚やら、言葉にできない感情というものが、苦手だ。覚えていられない。
言葉にして形を与えれば、他人に比べて割合長く覚えていられるのだけど、そこまでいかないものは全部ぐちゃぐちゃのまま勝手に頭の中のゴミ箱ファイルに収納されてしまう。
からだが覚えている、みたいなのもちょっとピンと来たりこなかったり。

なので、正直構成やら伝わりやすさやら、読む人を考えるとか、そういうもの全部を取り払って書く自分のための、自己満足が構成要素の大半を占めているような文章に関していえばほとんど考えたことをそのまま書いているような感覚になる。
あとは、ラジオに近いのかもしれない。
誰のことも考えていない、受信電波が何ヘルツなのか本人もよくわからないまま、ただどこかの夜空を透明に流れていく深夜ラジオ。

だから、妙に一定の決まったリズムで打っているんだろうななんてことを思ったり。
流れていく思考をそのままにして打ち出してるから。

少し前に、キーボードの話をされてから「そんなに?」と思い面白半分で自分がキーボードを打っているだけの動画を撮ったことがある。
割りと気持ち悪かった。
自分の手がそんな動きをしていると思わなかった。
自分の意思ではあるけれど、そこまで意識していないので動画をみていても、なんとも自分の手だけど自分の手ではないような奇妙な感覚になる。
割合動きが早いので、なんとなく一定の動きに加えてやや痙攣的な動きも見える。
その一定なようでどこかにリズムがあって、そして痙攣的な素早い動きを自分の両手が迷うことなく行っている。そこが気持ち悪い。
それに加えて、これはまあ、たまたまというか私の身体的な特徴なのだけど。
比較的指が長い。
とても綺麗なお手手、というわけではないけれど楽器をしている人には誉められるタイプの手の形。
その細長い指がわさわさと痙攣と素早い移動を繰り返す。
なんだか蜘蛛みたいなのだ。
キーボードの上で踊る蜘蛛。
しかも時々痙攣する。
ひい。
蜘蛛は苦手だ。
ものすごくダメ、というわけではないけれどあまり遭遇したい生き物でもない。
それによく似たのがこんなに身近にあったとは。

あれ以来キーボードを打ち込んでいる動画は撮ってない。

もっとも、ごくたまに暇潰しやる音声配信でキーボードを打ちながらおしゃべりをしたり、黙りこんでキーボードを打つだけの音声を流すと案外好評だ。
特に深夜だとASMR的な良さがあるといわれたりする。
実際キーボード音はASMRでも人気のコンテンツらしい。

私はしゃべらなくていいし、聞いている人はぐっすり眠れる。
いや、私も寝たいんだけど。


今夜もキーボードの上で蜘蛛が踊る。
キーボードが歌う。
楽しい夜だ。



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