誰かへの信頼は自分の中にあって、素直になるほどなぜか誰かを信頼できる
vol.66【ワタシノ子育てノセカイ】
関係が壊れそうだから本音を伝えられない、はなくて関係が壊れているから伝えられないのかも。
嫌われるかも、バカにされるかも、怒られるかも、などと感じるのはもとより関係がないだけ。取り繕った自分だけを見せる相手と、深い関係性は築けない。
日々の努力と取捨選択の結果が、人間関係で、愛の育みなんだろうな。
◇
ところで私には「実子誘拐」で6年間離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。
◇
次男ジロウとの下校密会を、2024年の1月もちゃくちゃくと重ねている。
駐車場で交わすおかえりとただいま。車内で語り合う学校での出来事。下校時間にこっそり立ち寄るお母ちゃんち。
私たち親子の何気ない日常を、ジロウはどんな風に記憶して、年を重ねていくんだろうか。
何気ない日常ほど幸せなんだけど、非日常が刻々と日常になってしまう自分に、時折、切なくなってしまうんだ。
◇
ジロウとの待ち合わせ場所から母の自宅までは、車で10分くらい。密会交流における絶好の会話タイムになっている。
いつもの踏切を越えて右折して20秒ほど走った頃、「お坊さんがおる!川のとこ!」とジロウが声をあげる。私は川土手に一瞬目をやるもお坊さんの影はなく、車はするすると進んでゆく。
「お坊さんやで、あれ。あ、お地蔵さんか」「お母ちゃんあそこあそこ!見てみ!あそこにおるやん!」となんしかくり返すジロウに、人物ではないと理解する私。亡霊でもおったんか思たやん。
200mもない道路上で、ジロウはなぜか5回以上もお地蔵さんを連呼するから、見落とした私は引き返そうとした。「お母ちゃんも見てみたいから戻るわ」と突き当たる三叉路で告げると、ジロウが回答する。
「いや、時間ないからはよ家行って」
ジロウがお坊さんと叫んだときに、なんで私はブレーキを踏まなかったんだろう。車の姿は一台たりともなかったのに。
◇
翌日もジロウとの密会ができた。昨日の地蔵ゾーンに近づくと、ジロウが私にお地蔵さんの話をはじめる。この日も道路上には、私たちが乗っている車だけだった。
「ほら!お母ちゃんあそこやで。見てみ!」というジロウの掛け声とともに、車を停めてジロウの指先を目でたどる。川土手の向こう岸の山裾から、お地蔵さんの小さな頭が覗いていた。お坊さんみたいな石造。
お地蔵さんは墓地の一角にたたずんでいて、記憶をたどるとそういえば、いつのまにか綺麗な石造ができていたことを思い出した。まだ母子共に暮らしていた10年前、幼稚園の長男タロウのお迎えに、うとうとするジロウをベビーカーに乗せて散歩した川土手から、一緒にお地蔵さんを眺めた気がする。
もちろんジロウは覚えていないけど、お地蔵さんはあの日と変わらずたたずんでいたらしい。
◇
その翌日の下校密会でも、ジロウはまたお地蔵さんを知らせてくる。「今日もおってやな」と私が相槌をうつと「そらずっとおるわな。地蔵やで」とジロウ。
地蔵を見過ごした初日の密会日、時間がないと答えたジロウに私は「ジロウが気になるもんは、お母ちゃんも知りたいねん。見に戻ろうや」と食い下がっていたんだ。
お地蔵さんを連日知らせてくれるジロウの姿は、私にとってはお地蔵さん以上に尊かった。どなたか存じませんが墓地の檀家さん、お地蔵こしらえてくださってありがとうございます。
◇
ジロウと私は下校密会で、学校であったハッピーを分かち合っている。2023年から始めただけあってか、日々の幸せ探しにジロウはまだ慣れないようす。
2学期の後半からは「ない」がちょくちょく出てくるようになり、なんしかジロウは母からつっこまれるようになってきた。
お地蔵さんに後ろ髪惹かれた密会日もそう。戻ることなく家に向かう途中でハッピー話をしたけれど、ジロウの答えは「ない」だった。地蔵で力尽きたのかしら。
日常に幸せがないはずないので「業間休みは?昼休みは?」とつっこむ私。「ん?楽しかったで?」とジロウは答えながら、肩をすぼめてニヤケながら言葉をつづける。
「ハッピーあるやん!」
母子してケタケタ笑った。
2人で笑うこの瞬間の母の幸せを、ジロウはどれくらい感じているんだろうな。
◇
ジロウと密会を重ねる一方で、長男タロウとは1月5日以来、会っていない。朝のお見送りを15秒くらいはしているので、厳密には会っているし、おかえりとただいまの生存確認もできている。
親子分断状態での子育ては7年目。自分を見失うと、子育ては一気に不安になる。失った子育て時間が覆いかぶさるように、母親としての自分を消そうとするんだ。
やってくる不安に大丈夫大丈夫と唱えながら、これまでの母子の関わりを振り返り、タロジロとの思い出を引き出しては自分を温める。子からの愛こそ無償でしかなく、時空を超えて親を支えてくれるんだ。
だけどなんでか今週は、自分で自分を支えきれずか、タロウに顔を見せに来るようLINEしてしまう。こんなこと初めてだ。素直に了解する返事がきたので、それだけでとてつもなく安堵した。
これでもう、会えなくても大丈夫。いやいや、毎朝の登校で会ってんねん。
◇
21日午後1時半すぎ。階段をトトトと上がる音がして「お母ちゃん」とタロウがドアから顔をのぞかす。私は想定外すぎて、一瞬、地蔵に。
実子誘拐から6年以上、日曜日にこっそり会いに来たことなんてない。
どうやら散髪に行くらしく、その道中で寄ったらしい。タイムリミットは約10分。お気に入りのゲームを丁寧に説明してくれるから、時間の限り、命一杯、一緒に遊んだ。
写真を撮ろうとスマホを握ると、私に会いに行くことを知らせるLINEがきていた。私からの返事がなくても足を運び、返事がないことに何も言わず、10分間ずっとエクボで、自分の話をしてくれたタロウ。
いつもは2階から見送る自転車こぐ姿を、同じ地面を踏みしめて見送る。半月見ないうちに、体つきが一回り大きくなっていた。
タロウが突然現れて、母が地蔵になった話を、ジロウと週明けにできるといいな。
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