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心を癒し、世界を癒す。日本古来の花火がひらく祈りの時空/佐々木 厳さん – 和火師

夏の風物詩のひとつ、花火。コロナ禍で花火大会は続々と中止になってしまっていますが、夜空に煌びやかな光が舞う様子には、心打たれるものです。
しかし、カラフルな花火は、明治維新以降に海外からやってきたものであることをご存知でしょうか。それらを「洋火」というのに対し、日本に伝統的に伝わる花火は「和火」といい、江戸時代から自然本来の赤褐色の火の粉で日本人の心を癒してきました。

そんな和火の虜となったのが、富士川町に工房を構えて和火を追究する、佐々木厳さんです。

「和火を見ていると、気持ちが落ち着き、心が暖かくなる……そんな不思議な魅力に惹かれました」

佐々木さんは「和火師」という肩書きを名乗り、和火の魅力を伝える活動をしています。

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佐々木 厳(ささき げん)さん
和火師
1984年生まれ。2006年に駒沢大学経済学部を卒業後、花火の持つ魅力に惹かれ花火の道に。2007年より山梨県の老舗花火会社に勤務し、製造から打ち上げまで6年間の経験を積む。その後、江戸時代に生まれた日本の伝統的な花火である「和火」に惹かれ、2014年に独立。現在は世界にただ一人の「和火師」を肩書きに、花火の原点にある「祈りのかたち」を探求し続けている。

「花火師」から「和火師」へ ー 日本花火の原点にある祈り

現在は和火一筋の佐々木さんですが、元々は競技大会で優勝するような華やかな花火をつくる、一流の花火師になるのが夢でした。

「大学の時にたまたま見た映画の中に、花火師が出てきました。不器用ながらもきれいな花火を上げる姿に、憧れを抱きました」

大学卒業後は山梨県内の花火会社に就職し、きれいな花火をつくる技術を学びました。和火への転換点は、2011年の東日本大震災だったそうです。

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「花火師として震災のためにできることを考えましたが、自分の理想とする花火を打ち上げることはできず、『楽しみだけの花火は本当に必要なのだろうか』と思うようになりました」

もやもやした気持ちを持ったまま、翌年の花火大会では準優勝を果たします。表彰台に登るという当初の目標を達成したにも関わらず、喜びよりも震災時に何もできなかった悔しさがこみあげてきたといいます。

「独立を視野に入れ始めた時、真っ先に思い浮かんだのが和火の優しさでした。日本の花火の原点が『祈り』であることを知ったのもこの頃で、なんとなく気になっていた和火に、なにかに思いを寄せた花火を打ち上げたい想いがフィットして、これからは和火で表現していこうと決意しました」

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慰霊鎮魂、大自然やご先祖さまへの感謝、五穀豊穣、天下泰平……古来から日本人は祭事や神事の場でこれらを祈り、日常の中で神様やご先祖さまと繋がっていました。江戸時代には、花火も祈りのシンボルとして存在していたそうです。

「火自体には、祓い清めの働きがあることも分かりました。和火を深掘りするほどに、エンターテイメントとしての花火ではなく、ご神事としての花火をつくりたい思いが湧き上がってきたんです」

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花火業界において独立は稀有なことですが、佐々木さんは6年間の修行期間を経て、2014年に「人と人、人と自然を繋げる」をテーマに掲げたMARUYAブランドを立ち上げました。不安よりも、「祈り」「火の働き」を兼ね備えた癒しの和火と、自由に向き合えることへの嬉しさが勝ったようです。

花火作りは原料の調達から

独立をしてからまず手掛けたのは、和火の基本ともいえる線香花火でした。使用する火薬、和紙、形状など何一つ定まっていない中、独学で何度も実験を重ねました。

「これを極めれば、和火のいろはが分かるのではないかと思いました。自分が好きなときに、自分が好きな花火を研究できるのはすごく楽しかったですね。やって分かったのは、花火作りで一番重要なのは、原料の性質を見極めることでした」

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和火の原料は、硝酸カリウム、硫黄、木炭の3つ。これらはすべて自然界に存在するもので、佐々木さんの花火作りは原料調達からが始まりです。原料の質は花火の質に直結するため、森へ、山へと自ら探しに行きます。料理人が食材を見極めるのと同じように、佐々木さんも原料選びの手間を惜しみません。

「原料の情報を分解して自分に落とし込んでからでないと、全てを理解して組み立てることができません。天然の硫黄を拾いに行くと煙が出ていることもあり、その光景がとても幻想的なんです。自然美を思い浮かべながら作る花火には、想いも乗るんですよね」

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自身の目で選び抜いた原料は、粒の細かさにまでこだわって粉の状態へ。工房には木を燃やしてすすをとるための自作の焚き場など、一から花火をつくるための設備がそろっていました。

「文献を参考に昔のやり方を再現しているのですが、先人の知恵は感心することばかり。日本人は昔から自然のものを取り入れて活かすのがうまい民族で、自然の力を引き出す文化を体感しています」

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佐々木さんにとって、花火が完成するまでのひとつひとつの工程は、ご神事を始める前の儀式のようなものなのかもしれません。手間と時間をかけて丁寧に素材と向き合う過程を経ることで、自然への感謝や尊さを花火に埋め込むことができるのでしょう。

ありのままの自然美を目指して

和火が放つ赤褐色は木炭が燃える色で、粉砕した3種の原料の調合により、色の濃淡や火の力強さを演出します。

「私がつくっているのは、自分が感動する花火です。自然に触れて美しいと思った感覚をそのまま花火に落とし込み、人工的でありながらも限りなく自然に近いものを目指しています。火をつけたときに、自然の持つ力を感じてもらえたら嬉しいです」

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尾を引く火花が特徴の線香花火は、「無病息災」「延命長寿」「邪気祓い」の意味があるとされる菊の花がモチーフとなっています。これには、「邪気を祓い、心身共に健康で過ごせますように」という佐々木さんの祈りをこめているようです。

繊細でどこか神秘的な火の粉の移ろいは、焚き火を眺めるように、蛍が飛び交う様子に見惚れるように、思わず時間を忘れて幻想的な世界に浸らせてくれます。

「自分の花火が、非日常への入り口になったら嬉しいです。火の粉をぼーっと見つめてしまうひとときを生み出せればと思います」

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はるか昔から自然の中に神様の存在を見出し、自然信仰の精神が根付く日本人。自然の原料から生まれ、自然美を感じさせてくれる佐々木さんの和火は、そんな日本人の心と共鳴するのかもしれません。

花火は黙祷のシンボルになる

線香花火を極めること6年。打ち上げ花火の準備も並行して進めていた佐々木さんは、2020年7月に初めての「祈り火」を上げることに成功しました。第一回のテーマは甲府空襲の追悼慰霊と、新型コロナの悪疫退散を祈願する花火でした。

「東日本大震災のときに叶わなかった、なにかに想いを寄せた花火を打ち上げることができて達成感がありました」

かつて事件があった場所で花火を上げることは、そこに漂う重い空気を清め祓うとともに、歴史の風化を防ぐ役割もあるようです。

花火

「祈り火が黙祷のシンボルになって、ほんの数分間だけでも誰かに想いを馳せ、過去の出来事に意識を向けてもらえる流れを広めていきたいです」

自分が楽しむだけでなく、想いを巡らす花火。ひとりひとりの祈りは大きな祈りの花となって、天高く上がっていきます。祈り火を見上げる人たちの間には神聖な時間と空間が生まれ、夜空に舞う火の粉を眺めていると、まるで神社にいるかのように心身も清められそうです。

佐々木さんはこれから日本全国を巡り、自分が上げたいと思う時に、上げたいと思う場所で、祈りを捧げ続けます。そしてさらには海外にも、祈り火の文化を浸透させようとしています。

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「自然とともに生きる日本人の心を、花火に映して文化ごと伝えたいです。日本酒や雅楽など、他の日本文化と組み合わせた発信もしていきたいと思っています」

自然豊かな山梨の地で、自然からインスピレーションを受けながら、”人工的な自然”を作り出す佐々木さん。今日も「自分にとっての娯楽施設」と語る工房の中で、自然と真摯に向き合い、和火をつくる姿が見られることでしょう。

和火師 佐々木 厳
https://wabisi-gen.com/

一般社団法人inoribi
https://inoribi.com/

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連載「土地と想像力」
本連載はTSUMORIと山梨市観光協会が協働で取り組む情報発信事業です。「土地と想像力」をテーマに、記号的な山梨とは異なる領域で土地を支えているヒト・モノ・コトを発信していきます。山梨県全域を対象に、自治体圏域に捉われない「山梨らしさ」を可視化することを目指しています。


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取材・執筆:おがたきりこ
写真撮影:田中友悟
一部写真提供:佐々木厳さん
協力:山梨市観光協会

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