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引き染めで自然と文化をうつしとる。夫婦で目指す時代を超える染物/西 清志さん - 西染物店

甲府市の住宅街にある「西染物店」は、西清志さん・芙美子さんご夫婦が営む染め工房です。本染めの一種である「引染め(ひきぞめ)」という手法で、手ぬぐいや暖簾、着物などを制作しています。

引染め職人の清志さんは、柔らかい笑顔で温厚な雰囲気がありながら、刷毛を手にすると引き締まった表情に。しかし、どちらの顔からも、引き染めが好きな気持ちが伝わってきます。

一軒の小さな工房から、伝統を守りながらもその壁を超えていこうとする、現代の染物が誕生する過程を取材しました。

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西 清志(にし きよし)さん
染職人
甲府に明治40年に創業した紋章上絵業「西紋店」に生まれ育ち、四代目として染織技術、文化の継承とさらなる発展を目的に高校卒業後京都の染めや織りの工房で修行。30歳で甲府に戻り父の元で紋章上絵の修行をしつつ2012年に「西染物店」を創業。オーダー品を主に制作しつつ、季節感や手仕事の味わいを感じる染め物をオンラインショップや展示会で販売。

山梨で引染めの道をあゆむ

西染物店は、明治40年創業の紋章上絵処「西紋店」からのルーツがあります。紋章上絵は家紋を手描きする技能で、現在は清志さんのお父様、清春さんが紋入れに従事しています。

そんな家系に生まれ育ち、幼い頃からものづくりに触れてきた清志さんは、高校卒業後に染色を学ぶため京都へ行きました。職業訓練校を出た後は、いくつかの工房を巡って修行を積んだそうです。

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「最初から引染め職人を目指していたわけではなく、2つ目の織り工房にいた頃に紹介された染物屋で、たまたま引き染めに出会いました。やってみたら面白くて、そのまま学び続けることにしたんです」

京都の友禅染めは細い線を引くのがメインなのに対し、引染めは刷毛を使った大きな動きで、清志さんの性にも合っていたのだそうです。それから引き染めの技術を高め、山梨に戻ってきたのは30歳の時。西紋店4代目として「西染物店」を立ち上げ、新たな一歩を踏み出しました。

「家紋を手描きできる職人は日本でも有数で、父親は現役ですごく誇りを持ってやっています。そこに易々と入っていくのはためらいがあり、まずは自分の肩書きで始めることにしました。いずれは紋入れも継承したいと思っていますが、今はまだ父の元で修行中です」

現在注文が多いのは、オーダーメイドの暖簾なのだそうです。山梨県内のみならず、東京などのお店にも掲げられている西染物店の暖簾は、もしかすると気づかないところで目にしているかもしれません。

「京都は『暖簾を守る』という言葉通り、昔からの伝統を引き継いだ整った暖簾が多いんです。対して、東京は既成概念にとらわれずに暖簾を間仕切りのように使ったり、洋風な場所に古典的な柄を合わせるような先端の感覚があります。布一枚だけで空間や気持ちを切り替えられるのは、日本人ならではの感性で面白いですよね。」

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清志さんは京都の修行時代から暖簾が好きで、よく見歩いていたと言います。暖簾は単なる営業中の目印にとどまらず、お店の見栄やプライドを表明する役割を果たすこともあるのだとか。お店の顔ともなる暖簾を長く使ってもらえるよう、オーダーには柔軟に対応することを心がけています。

「技術があっても、必要とされなければ衰退するばかり。しっかり商売として成り立たせながら、引き染めの伝統を守っていきたいです」

江戸時代から変わらない職人の肌感覚

そもそも引染めは、刷毛を引いて染めることからこのように呼ばれています。生地に染料をムラなく塗るには、豊富な知識と経験が必要です。

引染めの大まかな流れは、まず反物の両端を張り木で挟んで宙吊りにします。そして、伸子と呼ばれる針付きの細い竹を刺し、布をピンと張らせます。慣れないと時間がかかる作業で、布の張り具合は仕上がりにも影響を及ぼします。

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「大きな工房では伸子張り専門のパートさんがいるくらいで、商品の完成をイメージしながら伸子の間隔を変えたりもします。針の跡は残りますが、それも手染めの醍醐味なんです」

張り終えたら刷毛に染料をつけ、シャカシャカと染めていきます。ゆらゆらとして塗りにくそうに見えますが、きっちり固定されていないからこそ、染料の量を調整しやすいそうです。

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「引染めは染料を均一に塗ることが重要で、多いとその部分だけが光り、少ないとかすれたようになってしまいます。固定しない方が刷毛で染料を吸い取りやすく、江戸時代からずっとこの形のまま続いているということは、一番塗りやすい方法なのだと思います」

均一に塗るため、その時の気温や湿度、布の状態から、肌感覚で水分量を調整しながら進めます。湿気が多い日には、夏場でも暖房を入れざるを得ないのだそうです。特に絹生地は敏感で、暑い中でも話している暇がないほど、素早く手を動かさなければなりません。

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「引染めは、本染めの中で最も感覚的なものが大事なんです。だからこそ、気持ちの緩みが作品に表れてしまうんですよね。各工程におさえるべきポイントはありますが、一番大事なのは気を引き締めて作品に臨むことかもしれません」

みるみるうちに、グラデーションされていった一枚の布。2色の染料だけで、複雑な色味の染物が生み出されました。機械染めでは一方向からの印刷になりますが、手染めの場合はさまざまな角度から色をぼかせられるため、色のつなぎ目がきれいに仕上がるそうです。これも手しごとならではの繊細な表現といえます。

染め終えたら蒸して色止めをし、乾燥させ、最終点検をして、ようやく作品が世に出回ることとなります。

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「うちの商品は、発色が良くて色落ちしないのが特徴です。洋服と同じ染料を使っているので洗濯もでき、日常使いしやすいのではないかと思います」

手染めの染物はなんとなく扱いが難しいイメージですが、多くの人が現代の生活に取り入れやすい工夫が施されているようです。そして西染物のもう一つの特徴が自社商品のデザイン。そこには奥様の存在が欠かせないようです。

現代のライフスタイルと伝統をつなぐデザイン

西染物のデザインは、奥様の芙美子さんが担当されています。山梨県の南アルプス市出身で、大学卒業後は印刷会社でグラフィックデザインを学びました。染色の作品作りに興味をもち、海外に短期留学をしたこともあるそうです。

それらの経験を生かし、現在は手ぬぐいやパネルを中心とした、西染物店オリジナル商品のデザインを担当しています。商品コンセプトは、「二十四節気七十二候」にちなんだ季節の移ろいを表現すること。立春から大寒までの細やかな1年の変化を、染物から感じとることができます。

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芙美子さん:「暦はもともと日本人が親しんできたものなので、昔からある染物との相性もいいはずだと思って始めました。あえて伝統的な柄や色使いにはせず、現代のライフスタイルに馴染むものにしています」

清志さん:「日本人は昔から季節感を大切にしてきました。旬がくる前に季節感を味わえる料理を提供したり、着物を選ぶことは、相手への思いやりなんです。そういった日本の文化を伝えたいと思っています​​」

デザインの多くには自然現象の一部がモチーフとして切り取られており、空を見上げたときのグラデーションなど、日常の中で目にするものからヒントを得ているようです。自然の美しい色合いがそのまま写し出された染物をみると、美しい風景写真を眺めているような気持ちになります。最近は手染めパネルを作成し、絵画のようにインテリアとして飾れる商品づくりにも着手しました。

芙美子さん:「住んでいる場所によって、日々受け取る情報は異なります。山梨には山梨なりの自然環境があるので、ここだからこそ生まれるデザインがあると思っています。南国だと太陽の光に負けないビビッドな色があたり前のように、日本でも北と南では環境は大きく違ってきます。山梨はその中間点としてのデザインの可能性があるんじゃないでしょうか。」

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デザイナーの芙美子さんと、引き染め職人の清志さん。2人で仕事を始めたばかりの頃は、互いの感覚のすり合わせが難しかったそうです。芙美子さんのデザインには1mの手ぬぐいに5色が使われていることもあり、色の数だけ刷毛を持ち替える回数も多くなります。

清志さん:「普通は12mの着物にも2色ほどしか使わないので、手間のかかるデザインに最初は戸惑いました。でも、職人として『できない』とは言いたくない。そうすると、やっていくうちにこなせるようになったんです。職人にはないデザイナーの目線が入ることで、引き出される表現があると思います。」

芙美子さん:「最近は少しずつ、どんなデザインなら制作しやすいのかが分かるようになってきました。手染めという制限がある中で、いかにオリジナリティを出せるか。染物自体が持つ味わいに上塗りするデザインではなく、その味わいに奥行きを出したいと考えています」

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今後も生活への取り入れやすさを軸として、それぞれにやってみたい表現があるようです。お二人に共通するのは、時代を超えて残せる染物を作りたいという想いでした。

清志さん:「『柄は覚えてないけれど、隣の人がなんとなくいい雰囲気のものを着ていた』と思ってもらえるくらいの着物が飽きられにくいという話を聞いたことがあります。主張が強すぎず、でもどこか印象に残るような、日常のちょっとしたときに着られる服をつくってみたいです」

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芙美子さん:「文化の基盤があってこそアレンジが活きると思うので、日常的な使いやすさに偏りすぎず、伝統的な染物の良さも発信したいです。また、これからは自分も引染めに携わって、ものづくりに直接参加できるようになりたいです」

夫婦のどちらか一方が欠けても、生まれることのない一点ものの作品たち。互いに補い、尊重し合いながら、この土地だからこそ育める日本文化を目指して二人の染めものづくりは続いていきます。

西染物店
https://www.nishisome.co/

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西染物店の商品は、TSUMORIのWEB STOREでもお買い求めいただけます。季節の移ろいを味わえる商品を取り扱っていきますので、是非チェックしてみてください。


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連載「土地と想像力」
本連載はTSUMORIと山梨市観光協会が協働で取り組む情報発信事業です。「土地と想像力」をテーマに、記号的な山梨とは異なる領域で土地を支えているヒト・モノ・コトを発信していきます。山梨県全域を対象に、自治体圏域に捉われない「山梨らしさ」を可視化することを目指しています。


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取材・執筆:おがたきりこ
写真撮影:田中友悟
一部写真提供:西染物店 様
協力:山梨市観光協会

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