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久留米で芥川龍之介展と漱石と菅虎雄巡り

 三連休の初日、日帰りで九州は福岡県久留米市に行ってきました。
 主な目的は久留米市美術館で開催中の「芥川龍之介と美の世界 二人の先達─夏目漱石、菅虎雄」展を観ることです。

 いや〜まさか久留米で芥川龍之介展が観られるなんてねえ。日帰り圏内だしありがたいわぁ。それも、漱石との関係にピックアップした企画だなんて……

 ……菅虎雄??


君は菅虎雄を知っているか

 皆様ご存じですか、菅虎雄。
 夏目漱石の学生時代からの親友で、漱石より三つ歳上。悩める若き漱石の身近で相談に乗ってくれたり、松山への職を斡旋してくれたり、熊本でも職を回してくれた上に同僚になったり、あれやそれやの世話を焼いてくれる頼もしい人物ですが、皆様ご存じですか??(2回目)

 私は知っています。『先生と僕』の読者なので……。

 私の夏目漱石好きも、その周辺人物への興味も、そこから展開した内田百閒好きへの道も、元を辿ればこの漫画を読んだのがすべての始まりなので……。

 確かな知識と安定した人物解釈で漱石と彼を囲む人々を4コマ漫画で紹介する本作品では、菅虎雄ももちろんキャラクターの一人として登場します。

 まだ青く精神的に参っている若き漱石を助けてくれたり、漱石が歳をとってからも、気のおけない友達へ向ける一面を見せてくれたり……。そういうキャラクターとしての菅虎雄に触れているので私は(そして先生と僕シリーズの読者たちは)もちろん存じておりますが、そのほかの一般的な知名度はどうなんですか? 菅虎雄って??

久留米にはとにかく菅虎雄に詳しい先生がいる

 漱石と菅虎雄が親友なのはわかった。じゃあ菅虎雄って芥川龍之介と何か関係があるの? という話ですが、あるんですよね。

 菅は一高での芥川の先生でもありますし、芥川が鎌倉に暮らしていた頃のご近所さんでもあり、芥川は菅の息子の家庭教師をしたりしています。

 そのほか、書をよくした菅の影響で芥川がそちらに興味を持ったり、そもそも初めて出した本である『羅生門』の題字は菅虎雄に書いてもらったものだったりします。

 そういった、菅と芥川の関係や、芥川が菅から受けた影響について知ることができるのがこの本です。

 私は元はタイトルにあるような漱石の写真の話や、またまだ有名になる前の夏目漱石金之助が高浜虚子と一緒に宮島で宿泊したのはどの宿か? などについて調査した部分を読みたくてこの本に辿り着き、綿密な調査による文章を面白く読んだのですが、なんか後半からずっと芥川と菅虎雄の話になってて……いや面白いんですけど、興味深いんですけど、なんでこんなにこの二人の話を……? と、首を傾げたわけです。

 その後、著者の方の他の本を見るととにかく菅虎雄について書いている。なんなら菅虎雄関係の研究ってほぼこの方がやっているのでは……? 論文とかはあたってないのでわかりませんが、少なくとも一般流通書籍での菅虎雄についての本はすべてこの先生のものでは……? ということに気づき、さらには菅虎雄もこの先生も久留米の人だとわかったので、な、なるほど??とわかったようなわからないような感じに収まっていたのですね。

 そんな中、今回の企画展で芥川と漱石だけでなく菅虎雄も取り上げられると知った時は、絶対この先生が関わってるでしょ……!!と確信したわけです。

 ザッツライト。開けてみればこの菅虎雄推しの久留米の先生が大変尽力された展示であり、さらに美術講座として「夏目漱石と菅虎雄」という講演も予定されている! ……というわけで、ハガキで申し込んで無事に定員50名に潜り込めることとなったので、ウキウキしながら久留米まで赴いたわけです。

 果たして、ここまで菅虎雄を推し続ける先生はどんな方なのか……久留米には一体何があるのか!

菅虎雄と漱石の像を見に行く

夏目漱石と菅虎雄像「金蘭の友」

 まず、久留米には夏目漱石と菅虎雄の友情の像があります。

 すごくない?
 すごいですよ。しかもJR久留米駅(西鉄ではない)から徒歩五分の公園にあります。いや立地は菅虎雄の生家がこのあたりだったから(具体的にはこの近くの、今は吉野家があるあたりだったそう)だと思うんですが。

像の後ろ姿

 この後ろ姿、めちゃくちゃ良くないですか……? 背中にそっと添えられた手がすごくいい……。かなり心を掴まれたというか、公園設置のブロンズ像を見てこんな気持ちになるとは思わなかった……。

端正なお顔を寄りで。

 少々小ぶりな像ではあるのですが、お顔の作りも端正で、あら〜寄りの写真が映えるわ〜などと思いながら撮りました。

像の解説文

 これはこの後の講演会でお聴きした話なのですが、この像は新聞に載った漱石と菅虎雄についての文章を読んだ海外在住の方が感銘を受け、二人の像を作って進呈したいと久留米の先生のところに申し出て……というような形で実現したらしく、そんなことあるんや……という気持ちと共に、なんか……わかるな……と、滲み出る二人の関係性やぬくもりに得心しました。でもそんなことあるんや……。

 なお、公園の半分近くは現在工事で更地になっている最中です。JR久留米駅側から見ると「な、何もなくなってる!?」という景色ですが、像のある部分は問題なく入れますのでご安心を。最初めちゃくちゃ焦った。

菅虎雄顕彰碑も見に行く

 さて、二人の像を確認した後は、もう一つの菅虎雄スポットに向かいます。(この途中に坂本繁二郎生家にも行って、係の方に詳しいガイドをしてもらって堪能したりしてますが、今回は割愛。おすすめです)

 菅家の菩提寺である梅林寺の中にある、菅虎雄先生顕彰碑。菅の顕彰碑ですが漱石の句碑も並んでいます。

梅林寺にあるなんかすごい門

 顕彰碑目当てに軽い気持ちで境内を歩いたのですが、思いのほか立派なお寺で……えっすご 何この門 すごっ……と思わず寄って写真を撮ったり、広い境内の景色を眺めて、予想外のしっかりとした観光気分を味わいました。あと禅宗のお寺なこともあって、すごく菅っぽ〜い とか言ってた。菅虎雄についても禅寺についてもぼやっとしか知らない人間の感想です。

梅林寺の菅虎雄先生顕彰碑

 というわけで、デデーン。無事に辿り着けました。
 二人の写真と共に、菅虎雄の書と漱石の俳句もありますね。

顕彰碑の説明
漱石の句碑
句碑の説明

 漱石の句碑あるある:必ず説明に入り込む正岡子規も確認できて満足です。句碑にもいろいろありますが、やっぱその現地について詠んだものが使われるのはいいですね。本人の筆跡なのもさらによき。漱石もさっきのすごい門を見たんでしょうか。見たんだろうな。

 写真は撮り忘れたんですが、すぐそばが河川敷になっていて、大きな川を臨んだ景色がとてもよかったです。碑石が居心地良さそうなところに置かれているとなんとなく嬉しい。

講演会「夏目漱石と菅虎雄」聴講

美術館に貼られていた会場変更のお知らせ

 さて、お昼ごはん(美術館近くのSOYS&SOFAさんで中華粥を食べました。美味しかった〜!)を食べたり色々してたら講演会の時間が迫っていたので、急いで石橋文化センターへ。文化の日らしいイベントで賑わう公園を突っ切って行くと、講演会の会場が変更になっていました。もしかして……と思ったら、元は50人の募集にたくさんの応募が来て、急遽会場を広げたものの、それでも全員当選にはできなかったらしい。すごい。

 ……夏目漱石と菅虎雄の講演で……?
 いや漱石ファンは津々浦々山のようにおりますし、久留米という地元パワーで菅虎雄のことも知られているのかもしれない。あと講演をする先生の元生徒さんだったりファンの方も多いのかもしれない。でもすごい。

 軽い気持ちで申し込んだわけですが、私も、同行の友達も一緒に当選してて良かった……としみじみ思いました。抽選漏れしてたらこのnote記事は生まれておらず、代わりに「内田百閒ゆかりの八代・松濱軒でお茶会に参加してきた!」という記事が上がっていたことでしょう……(文化の日だからお茶会で一般開放されていて……正直こっちも行きたかったです!!!来年は行く!!)

 そう、だだ被りの日程に一度はRTAを企むも、やっぱ両方はしんどいわ……ということで、八代に行くかこの講演会を取るか悩んだ末に久留米を選んだのです。八代はたぶん来年もあるけど……(あってくれ)、講演会はこれを逃すと次があるかわからないし……。

 そうして泣く泣く八代を諦めて挑んだ講演会ですが、いや〜来てよかったです。菅虎雄と漱石と芥川の関係について時系列にびっしり並んだ資料には、教師としての菅を知る人たちの話も引用されていて、これまで知ることのなかった菅虎雄のことを知ることができました。

 講演は実はとても丁寧にじっくりと進めて下さったので、年譜上で漱石が死ぬ前に時間が来てしまったのですが……そして「せめて漱石が死ぬまではやりたかったんですが」でひと笑い取れてたんですが、それでもいろいろと面白かった。

 特に合間にもれるこぼれ話がとても面白かったです。先に書いたブロンズ像の裏話や、梅林寺の顕彰碑は設置まで3年かかったこと。そして何より、先生はどうしてこんなに菅虎雄のことを追っているのか……という素朴な疑問に、「菅のご子孫から頼まれて、菅虎雄のことを調べるようになったから」というアンサーが出た時は「な、なるほど……!?!」と大変スッキリしました。

 先生はもともと研究などしていない高校教師だったところを、子孫の方から頼まれて菅虎雄について調べるうちに、菅虎雄と漱石、菅虎雄と芥川とどんどん詳しく調査を進めて何冊も本を出し、大学の先生になり、今は大学の名誉教授で御年91歳。それでもご健勝でこうして美術展に力添えもするし講演もするし今年中に新刊も出るという……すごい。

 菅虎雄は漱石研究における重要人物の一人ですが、何しろ自分の作品を残すタイプの人ではないので(書は別)、誰かが調べて残さないと、そのうちわかるはずだったこともわからなくなってしまうんですよね。

 今、我々が菅虎雄について知れるのも、先生が調べに調べてしっかりと本にまとめて下さったからなんだよなぁ……と思うと、しみじみと感謝の念が湧きます。ありがとうございます。

「芥川龍之介と美の世界 二人の先達─夏目漱石、菅虎雄」を観る

美術館入り口横にある企画展の看板

 さてメインにたどり着くまでが長くなりましたが(この時点で15:40)、いよいよ芥川龍之介展です。

石橋文化センターにある看板

 今回、このかっこいいキービジュアルが石橋文化センターの入り口やJR久留米駅の改札出たところの通路(ヘッダーの画像がそれです)にどーんと置いてあってテンション上がりまくりでした。うれしい。あと博多駅のサイネージ広告にも河童の絵を使ったものが出てた。

 そして肝心の展示なんですが、すっっっごいボリュームですっっごいがっつりしっかり「芥川龍之介展」でした。びっくりした。

 「芥川展って言っても、美術と関係付けたところだけなんじゃないの?」「芥川資料も、東京や神奈川のあのあたりのを借りてきてる感じかな?」などと舐めた予想しててすんませんっっした。文学館的資料もたっぷり、美術館としての展示もたっぷり。芥川資料も神奈川東京だけでなく、山梨やら大阪やら郡山やら……各地から集まっておりました。

 芥川と漱石、芥川と菅虎雄、そして芥川と美術がメインですが、そのほかとして、芥川と久米正雄、芥川と井川(恒藤)恭あたりも多かったし、芥川と同時代の画家の展示でもありました(なので小穴隆一もいろいろあった)。

 具体的な展示品リストは↑のページからリンクされているPDFをご覧ください。

 序盤は「或る阿呆の一生」で芥川の人生を追った後は、ひとまず漱石関係の展示がたくさんあり(漱石が小宮豊隆に送った、滑稽新聞の切り抜きを見て描いた猫耳漱石の模写つき書簡もあったので、唐突に「推しが自ら描いた猫耳自画像の現物を目にする」実績解除をしてしまい動揺しました。みやこ町から来ていた……みやこ町も行きたいですね。三四郎駅て。)、そして時系列に進んで、芥川が久米と共に木曜会に出入りするようになったあたりから、ぐっと「芥川龍之介展」らしくなりました。

 千葉一宮で避暑をしながら久米正雄と連名で漱石に送った手紙、そして漱石からの温かく親しいお返事が、パネルと現物で部屋いっぱいに並んでいたり。さらに進むと牛のように……の例の手紙なども紹介されて、たっぷりと師弟の交流に浸れます。

 今回、三期に分けて一部展示替えがあるとのことで、すべてが展示されてるわけではないんですよね。手紙も本のように綴じられているものは一部のページしか開けませんし。でも展示できない部分はパネルで紹介してくれているので、なんというかボリュームがすごい。

 そこから芥川と美術のコーナーになり、最後には芥川龍之介の人生の最後として、「歯車」「或旧友へ送る手記」が、こちらも直筆原稿とその写真パネルで、部屋いっぱいに展示されていて……そのまま芥川没後のことや美術についても触れつつ、圧巻でまとまっていました。

 観終わった時の感想は「ボリュームすっっごい」「しっかりと「芥川龍之介展」だった……」「一回で全部咀嚼するの大変だからリピートしたい(展示替えもあるし)」。ちなみに三期あることもあってか、リピーター割引があるそうです。

 文学館的な資料も大ボリュームでしたが、美術館であるのを活かした、芥川と美術についての展示も素晴らしかったですね。

 芥川が雑誌や友人への手紙に書いた美術品への文章と、実際のその同時代作家の作品を並べて展示していて、なんなら一部は芥川が批評した当の作品そのものが並んでいる。現物がなくても、同じ作家の似たような傾向の絵だったりを合わせて見ることができて、興味も持ちやすいし、何よりもわかりやすい。芥川の文章の理解もしやすくなりますし、展示されている絵の解説のように芥川の文を読むこともできるわけです。

 他、芥川作品をモチーフにした絵画や彫刻もあって、個人的には鴨居令の描いた「蜘蛛の糸」が好きです。蜘蛛の糸描いてたんだ……と知らなかったのでちょっとびっくりした。

「芥川龍之介と美の世界」展図録(2,500円)

 図録も販売していたので迷わず買いました。分厚い上にほとんどがカラーページ。完全に美術展の図録です(そうだよ)。

図録の背表紙。分厚い。

 見てくださいこの厚さ。さまざまな先生方によるコラムもたくさん掲載されていて、いやほんとお得ですわ……。

 ミュージアムショップも今回に合わせた商品が充実していて、岩波文庫の芥川龍之介本がたぶん全部?並んでいたり、菊池寛との共著で復刊された『アリス物語』があったり、日本近代文学館の「芥川龍之介文庫目録増補改訂版」があったり……(買いました。こないだ行った時忘れてたので)。あと漱石山房記念館のグッズとか、文学館グッズもありました。

無料配布されているゆかりの地散策マップ

 美術館ではこんなかわいい散策マップも配布されてました。久留米だけでなく、長崎と熊本のマップも載ってました(久留米だけだと芥川ゆかりの地がないものね)。

 いや〜、久留米楽しかったです。まさかこんなに充実した展示だとは思ってなくて(失敬)、さすがに3回は無理としても、行けたらまた行きたいなあ。

 展示は2024年1月28日(日)まで開催中です。久留米まで足を伸ばせる芥川や漱石や菅虎雄にご興味のある方はぜひ。大おすすめです。

【追記】神奈川県立近代美術館葉山館に巡回するそうです。

 2024年2月10日から2024年4月7日まで、神奈川県立近代美術館・葉山館にも巡回するそうです。図録には久留米と葉山しか展示情報がなかったので、巡回はここだけかな? ともあれ、関東の方などなかなか九州まで足を伸ばすのが大変な方には嬉しい話ですね。