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これは僕が小学生の時の話です。 時刻はお昼前、庭に面した大きな窓から光が入っていた、よく晴れたのどかな日でした。 家に何もないということで母親がご飯を買いにいき、僕は家でひとり留守番していました。近所のコンビニなので時間もかからないだろうと、リビングでぼうっとしていました。 しばらくしてガチャリと玄関から音がしました。 「遅くなってごめんねーすぐ用意するね」 そう言って、全く知らない女がリビングに入ってきたんです。 お母さんでもない、見たこともない人でした。 僕は

    • 08

      「散らかっててごめんね〜!」 「全然綺麗だけどねー、俺の家のがやばいよ」 ドサドサと雑にお酒とお惣菜を広げる。 目の前にはマッチングアプリで出会って三回目の男。一つ年上、身長は普通、家電系の製造業、顔は野間口徹を大学生に近づけた感じ、性格は優しくて誠実そうだけど基本受け身。 「じゃあ、乾杯!」 「乾杯」 今勝負のゴングは鳴らされた。 「ごめんねコンビニで!やっぱ手料理とかの方がよかった?」 「いやいやもう遅いし、作ってもらうのも申し訳ないから。このトマト煮?も初めて食

      • 07

        「みんなー!今日は来てくれてありがとー!!」 大きな歓声がスタジアムを揺らす。季節は冬であるが、会場はファンの熱気で暑いほどだった。 「次で最後の曲となります。みんな、最後まで盛り上がれるかー!」 「ウオオオ!!」 「全力でいけるかーー!」 「ウオオオオオオ!!」 「出しきれるかーーー!」 「ウオオオオオオオオオ!!」 「喉潰すまで声だすぞ!ラスト、『だし汁をすすらせておくれよ』です!!」 ギターがギュワンと一声吠えて、何百回と聞いたイントロが流れ出す。ボーカルのじゃ

        • 06

          コンビニの煮物を知っていますか。 セブンで売られているやつです。おでん等の定番のみならず牛肉とごぼうの甘辛炒めや豚角煮なんかもあります、あのコンビニの煮物。 牛肉と出汁のうまみが利いた肉じゃが。悠々と佇む写真を見ながらそうっと封を開けると途端にグルタミン酸の香りが広がる。 肉じゃがをリビングに運び、眺める。 薄茶に色づいたじゃが芋は歪に凹んでいて、箸で触ると少しの抵抗のち、崩れる。持ち上げるともったりと宙に浮き、そのままお皿に落とすとドチャリと音をたて着地、何事もなかった

          05

          袋が有料化した。すなわちどういうことか。 コンビニでも当然袋は貰えない。すなわちどういうことか。 購入した商品を剥き出しで持って帰る人間がでてくる。 すなわち僕だ。 肉じゃがを持って夜の街を歩く。 いつもの帰り道、おもむろに肉じゃがの封をきる。割り箸をそっ、と袋に滑り込ませる。 空気と肉じゃがの境と僕、それぞれの境界が溶けてゆく。 標識が落とす影をまたぎ、歩く。仕事を放棄してチカチカと点滅する信号機。ぬるい風が頬を通り過ぎる。夢のごとき世界を煌々と月が照らし出す。

          04

          キャイキャイと甲高い声が頭に響く。 女三人寄れば姦しい、とは言うがそんなもんじゃない、これではまるで工場現場だ。目の前の二人はふいに黙った私を気にすることなく、サークルの先輩の悪口で盛り上がっている。 誤魔化すように口をつけたテーブル上の煮物はすっかり冷たくなっていた。 「ねぇミカやばくない?」 名前を呼ばれ慌てて顔をあげると、前髪をいじりながらアカネが頰杖をついてこちらを見ていた。 「ありえないわー」 「よねー、あいつサキちゃんにも同じことしたらしいよー」 「うそー!身の

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          煮物の亡霊が見えるようになったのは三日前のことだった。 コンビニのおでんを食べていたら部屋に大根やらこんにゃくが一つ、また一つと浮かんでいた。 実害はないが、触れたらどうなるかわからないため避けながら歩いている。イライラ棒みたいでストレスがすごい。腹いせのようにこんにゃくの前で見せつけるようにムシャムシャとおでんを貪り食ったら、食ったぶんだけ浮かぶ数が増えた。霊媒師に相談しても「なにせ煮物の霊は前例がないので…」となにやらお経を唱えてそそくさと出ていってしまった。手元には50

          02

          今日も寂しくひとり飲むか、とモツ煮込みの封を破ったらどこからか声がした。 「こんにちは」 「誰だ?どこから話しかけているんだ」 「ここですよ、ここ、ここ」 手元に目を落とすとなんとモツから声が聞こえる。俺は吃驚して袋を放り投げるところだった。 「なんでモツが喋ってるんだ」 「そらモツだって喋りますよ。豚だって喋るんですからモツになったって同じです」 「豚も喋らないぞ」 「あなた達は知能が低いからブウブウとしか聞こえないかも知れませんが喋っていますよ。政治の話だってします

          01

          家に着くとヒールをすっ飛ばし、急いで袋の中身をテーブルに開ける。今日の中身はワンカップ、水、そして7種具材の筑前煮。雑に割った割り箸がバキリと不均等に割れる。高鳴る胸を抑え両手を合わせた。 誰にでも言えない趣味があると思う。 「いただきます」 出汁に包まれた人参を約2センチ程度に噛み切る。唾液をまとわせた舌で転がすとアッチへコッチへと逃げ回る。逃さない、と言うように優しく奥歯で固定、そして嬲る。角をとって丸くするイメージ。しょっぱい。気が済むまでしゃぶったら、いよいよ喉