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08

「散らかっててごめんね〜!」
「全然綺麗だけどねー、俺の家のがやばいよ」

ドサドサと雑にお酒とお惣菜を広げる。
目の前にはマッチングアプリで出会って三回目の男。一つ年上、身長は普通、家電系の製造業、顔は野間口徹を大学生に近づけた感じ、性格は優しくて誠実そうだけど基本受け身。

「じゃあ、乾杯!」
「乾杯」

今勝負のゴングは鳴らされた。

「ごめんねコンビニで!やっぱ手料理とかの方がよかった?」
「いやいやもう遅いし、作ってもらうのも申し訳ないから。このトマト煮?も初めて食べたけど美味しいね」

第一関門合格。炊事に感謝を持っている。一回目に会った男は「手料理はロマンだしなるべく毎日作ってもらいたい」とかぬかしていた。なんで作ってもらう前提なんだ、自分で作れ。

「ほんとだ〜結構味濃くてお酒もいける!」
「ね、野菜多いしね」

第二関門合格。味にこだわりもなさそう。二回目に会った男は「ママの料理が一番美味しい」が口癖だった。一生実家にいろ。

「普段こういうチューハイも飲むの?」
「あんまりお酒自体飲まないかな、強い方でもないし」

第三関門合格。三回目に会った男は酒好きで気が大きくなるタイプだった。一緒に居酒屋とかに行きたくない。

その後もチェックは続いた。
第四関門、クチャラーじゃない。
第五関門、潔癖すぎない。
第六関門、人の家の物を勝手に触らない。
第七関門、第八関門、第九関門……


「なんか酔ってきちゃったかもぉ…」
「へ?大丈夫?」
「へいきぃ」

一つ残らず合格である。
絶対に逃さない。そう決めてフニャフニャと男にもたれかかる。ちなみに全く酔ってはいない。さも今気付いたかのように、たいしてついてない筋肉を褒める。す、と整えた爪先が目に入るように男の腕をなで上げて、そのまま上目遣いで見つめ───

「あのさ!」
「ん?」
「いや、なんていうか、やっぱ良くないっていうか……ごめん!」
「は?どういうこと?」
「今一緒に飲みながら君のこと頭の中で採点しててさ、仕草がどうとか、服がどうとか。でも、やっぱりそんな風に相手を見るのってすごい失礼だって……自分が最低だと思った」
「え」
「こんな奴と付き合うなんて相手が可哀想って気がついたんだ。だから、ごめん、今日は帰るね。君にはもっといい人がいるよ」
「あー…そっか……」
「じゃあ、ごめんね!」

そう言うと男は憑き物が落ちたような顔で帰っていった。
残ったトマト煮はすっかり冷たくなっていた。

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