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ベスリアキ集衆学1回目の授業【掌編】1,814字

今日はベスリアキ学の1回目の授業だ。

めんどくさいなぁ……と単なる学生だったら思っていただろう。

しかし、今日の俺は院生として教授の授業アシスタント。いわば授業をする側である。

うーん、それはちょっと言い過ぎかな。

資料集めやスライド作りは手伝ったが、今は学生たちと同じく着席している。

他にも中村ゼミの見知った後輩たちがちらほら。彼らはだいたい前の方に固まっている。

その他の学生、つまり、単位を取得するためだけにこの授業を取っている学生たちは後ろの方に散らばっている。

「ベスリアキの定義とは何だと思いますか? 難しく考えずに漠然としたイメージでもいいので教えてください」

中村教授が1人の学生を指名して聞く。

「信じる人がいるということでしょうか」と高橋という学生。

「おっ、結構コアなところをついてきますね」と教授は黒板の右側に「信じる人がいる」と書き、また別の学生を指名した。

「お金がかかるとかですか」と清水という学生。

「うんうん、そういうのもあるよね」と教授は左側に「お金」と板書した。教授が左右に板書を分けているのは、おそらく右に学問的な定義、左に一般的なイメージを書いているのではないかと予想。

別の学生は「ベスリアキというぐらいだからベスリに基づいているんだと思います」と発言。教授は「なるほど、なるほど」と右側に板書。

「必ず導く人がいる」と青木という学生。「それは宗教でいうところの指導者や教祖のような存在のことかな」と教授。青木君は「はい」と答える。教授は真ん中に「指導者 (宗教でいうところの)」と板書した。

これを見て左右を分けた理由は俺が予想した通りだったと確信。「指導者」という分かりやすい表現を使ってはいるがこれはつまり、ベスリアキで言うところのアレを表しているんだろう。

「ベスリアキには定義があるという定義……意味わかりますか?」と自信なさげに言う小松という学生。「わかる、わかるよ」と中村教授。教授は右側に「定義」と書いた。

「では、集衆学を学んでいるうちのゼミの学生たちにも聞いていきたいと思います」と中村教授は内輪に向けたニタリ顔を見せる。

「集衆学においてはベスリアキ、つまりアキ集衆から見るベスリは、外的な実体と内的な主体が分離しているという特徴があります」とゼミに入ったばかりの鈴木君。

中村教授は「難しいこと言うねぇ、あれっ? それって私が書いた教科書を読んだだけじゃないの」とおどけて見せる。中村教授のこういうところ何となく嫌いだ。先生は右側に「分離」と雑に書いた。

今度は4年生の岡田さんを指名した。「ベスリの語源となったイルアベザルはその行為や動作自体を意味していました。イルアベザルがベスリになり、また時代を経て意味合いが変わっていったとしても行為、動作が重要であることは変わらないかと」と岡田さん。岡田さんは他大学から進学してきた俺に最初に話しかけてくれた人だ。

「こりゃまた難しいことを言うねぇ。じゃあ一つ質問です。近年はベスリアキの概念や象徴的な面が強調されているようだけど、それは岡田さんの定義ではベスリアキから外れるということかな?」

それには岡田さんは答えられないようだった。

あれ、俺に来るかな。そう思って「確かにベスリアキは行為自体よりも概念的側面が強調されていますが、アキ集衆、または全体としての集衆学においては、ベスリが異端なのであって、ベスリが概念的なものに収束していったということは集衆学においては自然なことだと思います。その中でベスリ、イルアベザルを発端とするベスリが行為を重視していたという点はアキ集衆においては大きな特徴です。なので現在のベスリが行為を重視しなくなったとしても根底には行為があるといって過言ではないかと思います」という答えを用意しておいた。

まあ、俺としてはベスリアキの定義が行為だというのはちょっと飛躍しているかなと思うんだけど、岡田さんのことをちょっといいなと思っているので肩を持った意見にしたつもり。

しかし、中村教授は俺に振ることはなかったのでこの意見を発表することはなかった。

「この授業を通して、皆さんにはベスリアキとは何か、ベスリアキの定義とは何か、正解ではなくてもいいので自分なりの考えを持ってもらいたいと考えています。この授業は出席は取らずに最終レポートで評価します」

来週から受講生は一気にいなくなりそうだぞと思った。俺もサボっちゃおうかなと思い始めている。

2021年6月

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見出し画像に写真をお借りしました。


私はベスリアキの専門家ではありません。詳しい方から見て間違っている点があるかもしれませんが、あしからず。一応受講したんですけど途中から行かなくなって単位は取れませんでした(恥)。とはいえ、集衆学自体には興味を持っておりまして専攻は関連したものでした。


安心してください。全部フィクションですよ。そんな学問もありませんので。

爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!