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サルの手相【小説】1,241字

 昨夜未明、都内のバーで客の女性が、同じく客の男に頭を殴られ殺害されるという事件がありました。被害者と犯人は事件当日に店内ではじめて顔を合わせたということです。一部始終を目撃していた店のマスターによると、2人で会話中、男がいきなり激昂してテーブルにあった灰皿で――。

「あっ、このニュースあれだよ。ネットで話題になってるやつ。なんかサルに感情移入して女を殺しちゃったって」

「あーね、女の方がサルの悪口を言ってそれになぜか男がガチギレしたんでしょ。こっわ」

 *****

 自分でも何であんなことをしてしまったのかわからない。警察に聞かれてもサルに感情移入してしまったとしか答えられなかった。

 1人で飲みたいときにたまに行くバー。その夜もカウンターの端で飲んでいた。そこに、少しできあがった女性が店に入ってきた。

 カウンター席に座ったその女性はしばらくして僕に話しかけてきた。1人で飲みたかったとはいえ、こういうその場限りの会話を楽しむのは苦ではない。

 僕よりも少し上ぐらい、30歳半ばぐらいのサバサバした女だった。お水系に見えたが、聞くと動物園の獣医だという。動物はそれほど好きではないし、ペットも飼っていない。そんな僕にとって獣医は未知の世界だった。彼女の話はとても興味深く楽しい時間だった。楽しい時間のはずだった。

 話が落ち着いた頃、女はいった。「あたし、手相占いができるの。あんたの見てあげようか」

 占いの類は信じていなかったが、僕は彼女の前に両手を出した。

「君、凄くいい手相だよ。サラリーマンなんてしてるのもったいないよ、環境さえあればお金も名誉も女も何だって手に入るのに」

 環境さえあれば、か。

 僕の反応は彼女が期待していたものと違っていたのかもしれない。女は少し話題をずらしてこんな話をはじめた。

「あたしね、サルの手相も見てるの。まあ、見てるというか自然と目に入っちゃうんだけどね。サルの手相もね、基本は人間と同じなの。感情線、知能線、生命線があって運命線も縦に入ってる。繊細、力強い、波乱万丈、周りに恵まれるなんていろいろわかるんだよね」そういうと女は真っ赤なカンパリを飲み干した。

「中には凄い手相のサルもいるのよ。大金持ちになれる、覇王になれる、世の中を変えれる……。でもね、そんなの何の意味もないでしょ。彼らは一生オリの中だよ、どんないい運勢を持っていても、可能性があったとしてもそれを活かせる機会は一生こない。つまらない奴、馬鹿な奴、自分勝手な奴、そんな凡庸な奴らと一生同じ生活。同じ餌を食って同じようにセックスして同じように寝る。それだけ。その特別なサルがどんなに望んだってそれを変えることはできない。だって一生オリの中なんだから。才能があろうがなかろうが関係なくキィーキィーわめくことしかできない。そんな彼らを鉄格子の外から見ているとね、なんか哀れに思えてくるの。こんなんだったら食べて寝てそれで満足する無能なサルの方がマシじゃないかってね。まぁ、サルの手相なんて冗談みたいなも――」


2021年8月


見出し画像に写真をお借りしました。



爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!