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持ち帰るところだった【掌編】1,733字

モノよし、ビジュアルよし、場所よし。肝心の中身はどうか。まあこればかりはお持ち帰りして見ないことにはわからない。私も一つぐらい欲しいと思っていたところだ。服を身に着けていないのも高ポイントだ。赤いのはなんだろう。流石に血ではないだろうが雰囲気は出ている。ただ少し濡れているようだ。袋も何も持っていない身であるからして躊躇した。

一緒にいた友人が「呪いの人形落ちているよ」なんて言ってきたので見つけたのだ。ここは有名なゴミ屋敷の前。何らかの事情があり屋敷の主が手放したのか? もしくはここならと呪いに悩む誰がが置いていったのか? あくまでも冗談のつもりだった。友人の言葉に乗って「拾って行こう」なんて言ったんだ。「はぁ?」という友人に「だって可愛いじゃん」と返した。いや、たしかに顔は可愛い。服が剥ぎ取られ赤いペンキか何かがところどころ付いているが、顔だけ見れば。まあ多少はペンキが付いてて髪もボサボサではあるが、可愛いわけない。冗談に決まっている。汚れた赤ちゃん人形。触るのも嫌だ。「拾って行こう」また口にしていた。人形に近づく私の服を友人が引っ張る。「やり過ぎだ」と言う。何が? 「可愛い可愛い」口をつく。一緒に帰ってまずはシャワーを浴びて、でも赤いペンキが落ちたら嫌だなぁ。でも、雨も降っていないのに濡れているってことは犬のションベンでもかけられているかもしれない。可哀想可哀想。私が助けてあげなければ。私の赤ちゃん。一緒にミルクを飲みましょうね。友人が邪魔だ。困っている赤ちゃんを見ないふりなんて見損なったぞ。かがもうとする私を友人が強引に引き離す。ジム通いのゴリラめ。フリーターの癖に生意気なんだよ。クソが。

あれっと思う。「なんちゃって」と友人には言っておいた。なんであんな気味の悪い物を拾おうとしてしまったんだろう。うぇっ。考えるのも嫌だ。どうかしてた。濡れているのに。さすがに素手で触るのは抵抗がある。可愛い人形とはいえ。家に帰って袋を持ってこよう。その辺のコンビニで調達してもいいのだが、友人の目がある。ああ、友人が止めてくれてよかった。冗談のつもりが本気で拾って帰るところだった。潔癖症の自分があれを触ったらしばらくトラウマになっていたはずだ。本当に良かった。一人じゃなくて。一人だったらきっと拾っていたはず。抱きしめて胸にぎゅっと抱きしめて家に一緒に帰ったはず。ああ愛しい愛しい私の赤ちゃん。なんであんなところに。一人で寂しいよね。寒いよね。待っててね。すぐに戻るからね。

友人と別れて家に戻った私は「袋、袋」と連呼しながら家中を探していた。昨今はコンビニでも袋をくれなくなっている。だから中々適当な袋が見つからず。袋? なんのために? 疲れているのかもしれない。友人からも心配するラインが入っていた。あんな不気味な人形を見てしまったのがいけないのだ。さっさと寝てしまうに限る。

目が冷めた私はゴミ屋敷に向かい走っていた。袋なんていらない。ああ、私の赤ちゃん。なんで一晩もほったらかしにしてしまったのだろう。ごめんね。涙と鼻水で顔中がベタベタになる。でも手で拭うわけにはいかない。赤ちゃんを汚してしまうから。ゴミ屋敷につく。しかし、昨日の場所に赤ちゃんがいない。きっと屋敷のジジイが誘拐したのだ。頭に血が上り、私は屋敷の前にあったシャベルを手に取りチャイムを押した。しかし、壊れているのかうんともすんとも言わない。何をしているのだ。私は。ギャンと音を立ててシャベルが落ちた。正気じゃない。家に帰ってもう一眠りしよう。あの汚い人形が何なのだ。どうかしてしまったのではないか。もうここには近づかないようにしよう。もしも、人形を拾っていたら取り返しのつかないことになっていた気がする。呪いだのなんだのは信じているわけではない。しかし、思い込みで影響することはあるのではなかろうか。

人形などなくてもいいではないか。赤ちゃんの姿を思い出して絵にすることにした。何枚も何枚も描いたがこれだという物が描けない。絵ではだめなのかもしれない。左手。左手。私の左手の肘から先が赤ちゃんと同じサイズ。私の赤ちゃん。私の赤ちゃん。待っててね。今すぐ邪魔な棒を取ってあげるからね。

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