白い家【掌編】2,155字
佐藤です。不動産関係の仕事をしています。
面白い話って言われてもね、う~ん。
あれは……どうかな。いや、やめておこう。
……どうしても聞きたいですか?
ここだけの話にしといてくださいよ……。
皆さんは白い家って憧れますか?
新築の白い家。
外装だけでなく内装も真っ白。
外も中も白。
新築っていったら白い家をイメージする人は多いんですよ。
お客さんの中にもね、全部真っ白の家にしてくれっていう注文する人がいて。
そう言う人にはやめといた方がいいですよってアドバイスするんです。
光の反射が~とか、汚れやすいとか言ってね。
でもね、本当の理由は違うんです。
外装は白くても問題ありません。まあ外装の場合は白だと汚れが目立ちやすいので本当におすすめしないんですけどね。
問題は内装が白。一部分だけだったらいいんですよ。でも、全部白はダメ。
……狂っちゃうんですよ。
白がいけないのか、一色がいけないのかは分からないんですけどね。
夫婦だったらどっちかはおかしくなっちゃいますね。だいたいは奥さんの方かな。比較的家にいる時間が多いからでしょうね。
酷いケースでは……ちょっと汚い話ですみません。自分の排せつ物を壁一面に塗りたくったり、自分を傷つけて血で壁に絵を描いたりなんてことがあったそうです。
まあ、そうなる前にリフォームしたり売りに出したりする人がほとんどなんですけどね。
なので、白一色の家はダメ。これは不動産業界では常識なんですよ。もちろん、法的拘束力はないのでお客さんがどうしてもって言ったら断れないんですけどね。
実は僕も白い家を売っちゃったことがあるんです。
料理研究家の40歳女性、独身。一人暮らし。
どうしても白。
僕がどんなに説得しても代替案を見せても納得しなくてですね。怒らせるくらいなら売っちゃいたいですから。一応施工のギリギリまで粘ったんですけどね。
壁はもちろん、家具も白で統一して。仕事道具の調理器具や服まで白にする徹底ぶりでした。
白じゃない物を探す方が大変なくらいでしたよ。10分もしないうちに頭が痛くなってきました。本人は嬉しそうにしてましたけど。
それからしばらく経ってから一度お邪魔することになりました。
驚きましたよ。
僕がチャイムを鳴らしたらその人、上半身裸で出てきたんですよ。
元々痩せ気味だったんですが、病的なまでにガリガリ。もちろんエッチな気持ちになんてなりませんよ。そもそもそれほど綺麗な人じゃなかったですからね……すみません、失言でした。
それで、目つきもちょっとおかしい感じなんですよ。やっぱりこうなったかって思いましたね。
別に、特別用があったわけじゃないんです。アフターケアで度々様子を見ることになっているんです。
早々に切り上げて帰ろうと思いましたね。出来れば中に入らず玄関先だけで済ませたかった。
でも、入れって言うんですよ。見せたいものがあるからって。
何とか服を着てきてもらって中にお邪魔することになりました。
中は……
予想外に綺麗でしたよ。綺麗というか出来上がった時から何も手を付けていないような、そんな感じでした。
もしかして、裸だったのはおかしくなんかなっていなくて僕を誘ってたのかな、なんて思う余裕がありましたよ。
あれを見るまでは。
リビングの一角がなんか妙なんです。テレビやパソコン、スピーカーを床に直置きしてるんです。しかも置き方が変なんですよね。丸く円を囲むようにというか。
例えるなら、子どもがままごとで物を置いて部屋を作っている感じでしょうか。
その人は迷うことなく囲まれた空間に入っていきました。そこが定位置だとでもいうように。
そこで僕は気づきましたね。やっぱりおかしくなっちゃったんだって。
よく見ると、そのスペースを囲んでいる家電はその家にある唯一の色のついた物だったんですよ。テレビ、パソコンのスクリーン、黒いスピーカー。
それでその人は言うんです。「色が足りない」と。確かに彼女を囲む物が足りずに途切れた円になっていました。完全な円で自分を囲みたかったようです。白から逃れるためのバリアのように。
もう手遅れと思いつつも僕は言いましたよ。壁の色を替えたらどうですかって。そしたら「白からは逃げられない、白からは逃げられない……」ってブツブツ言いだして。
怖くなって飛び出しましたよ。もう1秒とあの空間にいたくない。
彼女が不気味だっていうのももちろんですが、白い家が自分にも影響してくるんじゃないかって怖くなったんです。
それから僕はすぐに転職したのでどうなったかわかりません。今は花屋で働いています。
えっ?
さっき「不動産関係の仕事をしてる」って言ったじゃないかって?
転職したなんて言わなかったって?
そうでしたっけ。まあいいじゃないですか……。
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佐藤の話は全て嘘だ。彼が不動産関連の仕事をしていた記録はない。白い家が云々という話も彼の作り話だから安心してほしい。
彼は精神に異常をきたして入院している患者だ。この話は彼が朝から晩までひっきりなしに呟いている独り言なのだよ。
彼は自宅で発狂して騒いでいたところを通報されてね。警察が駆け付けた時にはリビングの壁に自らの排せつ物で絵を描いていたそうだよ。しかも、全裸だったそうだ。
……確かに彼の自宅の内装は白一色だったよ。しかし、彼の発狂と白い家に関連性はない。
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2020年12月
見出し画像にイラストをお借りしました。このような話に使ってしまい恐縮です。
爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!