見出し画像

最強のウサギを逃すな【掌編】(2,486字)

「で、なんか面白い話ないの?」

 話が途切れたタイミングで何気なく金子に問いかける。

 

 金子は某大企業の人事部で働いている。俺たち3流大同期の中で一番の出世頭だ。忙しい中でもこうして同級生の集まりに顔を出す調子に乗りやすいが気のいい奴である。

「面接の時ってさぁ、自分のこと何かに例えることあるじゃん? ちなみ自分ら何て言ったか覚えてる?」

 そう金子に聞かれて、10年ほど前の採用面接を思い出す。

 俺は都内チェーンのスーパーに勤めている。面接も1次の集団と2次の役員面接だけだったので大して苦労した記憶はない。そのため、奇をてらったような受け答えもしていない。ここは何も言うことがないと黙っていた。

「何て言ったかなぁ、あんま覚えてないや」と印刷会社に勤める小林。

「俺はパソコンに例えたな、家電量販店志望だったから」と菊池。今は実家の電器屋を継いでいる。

「石田は?」と聞かれた俺はそれには答えず、「最近だと潤滑油じゅんかつゆに例えるのが流行ってんだろ」と話を進めた。

「そうそう。まあ別に何に例えたっていいんだけどさ、俺たちはそっからどう話を膨らませるか見てるだけだからね」

「よっ、大先生!」と小林が茶化す。それを鼻で笑いつつ金子は続ける。

「まあ、今年も多かったんだけどさ、潤滑油は。で、去年いなくて今年から増えた例えがある。それは何でしょ~か?」

「鬼」「香水」「密」。誰も真面目に考えるつもりはなさそうだ。俺も某ゲームから連想して「どうぶつ……とか」と答えた。

「惜しい!」と食い気味に被せてきた金子。そのリアクションで俺のボケが伝わっていないことが分かり、少し落胆する。

 それを知ってか知らずか金子は続けた。「ウサギなんだよ。今年多いのは。何でか分かるか」

 俺がなんてボケようか考えている間に、「干支だからか」と小林が即答してしまう。

「そう、今年の就活生はウサギ年生まれなんだよ」と言う金子に「でも、それは毎年同じじゃないのか。ネズミやウシの違いだけで」と冷静な菊池。

 ようやく「ウサギは誰より高くジャンプできるから」というボケなのかマジなのか酔った頭では判断できない回答を思いつき、一人満足した俺は金子に続きを促した。「ウサギ年だけ特別ってか」

 俺の発言に頷き金子は続ける。

「他の干支の時にはいない。ウサギ年生まれの就活生だけが自らをウサギに例える。部長に聞いたんだが12年前もそうだったらしい」

「でもウサギなんてあんまりいいイメージないぜ」「可愛いくらいじゃないか」と小林と菊池。すかさず「誰よりも高くジャンプできるとか」と先ほどの思い付きを口にする俺。

 俺の発言と「おお~」と小さく拍手する2人を無視して金子は続ける。

「キャラクターとしてのウサギは可愛い。だけど芸能人やモデルになろうってんじゃないんだから、就活で可愛さをアピールする奴はいない」うんうんと俺たちは金子のご高説に聞き入る。

「ウサギって弱いイメージだろ。虎や龍なんかと違って。かと言ってネズミや蛇、犬のような賢い、ずる賢いイメージもない。言ってしまえばウサギにいい所なんてないんだよ」

「よくそこまで言えるな」と苦笑いする俺を一瞥いちべつして金子は続ける。

「しかし、全干支の中でウサギ年生まれだけが自らをウサギに例えたがる。それは何故か。彼らの言う理由はだいたいこうだ」ようやく核心が聞けると分かり、俺たちは息を呑んだ。

「自称ウサギが言うにはな。干支でウサギは虎と龍の間に位置している」すかさず俺たちは指で干支を確認する。全員が「本当だ」というのを聞いてから金子は続ける。

「虎と龍といえば干支の中でも最強の生物だ」

 小林が「龍は実在しないだろ」と言いかけたのを制して金子に続けさせる。

「もしも、最強の虎と龍が隣り合っていたら争いになる。しかし、間にウサギがいることでそうはならない。ウサギがバランサーの役割を果たしているからだ」

「バランサー?」と聞く小林に「バランスを取る人」と手短に説明し、金子は語りを続ける。

「虎のように口うるさい顧客も、龍のように手厳しいスポンサーも手玉に取って見せますってことだ。そして暗に上司と部下の狭間でも上手くやっていけますってこともアピールしている」

「なんだ、結局は潤滑油と同じじゃないか」と菊池。

「まあそうなんだがな。この話には続きがある。実際にウサギ年生まれの社員は顧客とスポンサー、上司と部下の間に立って、なくてはならない働きをすることが多いらしい。だがな、自称ウサギ就活生を採ってはいけない」

「なんでよ、役立つんじゃないのか」と小林。

「まあ、最後まで聞け。自称ウサギの連中はな、採用してもすぐに逃げ出しちゃうらしいんだ。ピョンピョンピョンってな」金子は全く可愛らしくない動作でウサギの真似をする。金子も相当酔っている。

「すぐに退職してしまうってことか? だったらさっきの間に立って有能だという話は何だったんだ」と菊池は冷静に指摘する。

「そこがミソだ。自称ウサギは役立たない。しかしな、自称ウサギと並んで面接を受ける就活生の中に最強のウサギが潜んでいる。だいたい生まれ年は一緒だからな」と金子。真剣に耳を傾ける俺と菊池。小林はいつの間にか酔いつぶれて寝てしまっている。

「『最強のウサギを逃すな』これがうちの会社に伝わる最強ウサギ伝説だ」金子はそう言って話を終えた。

「お前の時はどうだったんだよ」気になっていたことを聞いてみる。俺たちは皆12年前に就活を終えたウサギ年生まれだ。

「聞きたいか」と既に、したり顔をしている金子を見れば続きを聞くまでもない。俺たちの答えを待たず金子は続ける。

「俺の時も自称ウサギがいたんだよ、そいつは受からず俺は受かった。つまり、俺が最強のウサギだったんだな」金子はワンマンショーを終え、満足そうに大口を開けて笑っている。

 確かに金子は大企業で既に係長。外からも内からも、上からも下からも重宝されているに違いない。

 しかし、果たしてこれは本当の話なのかという疑問が頭をよぎる。俺はその疑心をグラスに残ったビールで流し込む。

 愉快そうに笑う金子の眼は真っ赤に充血していてまるでウサギのように見えた。


***


2020年12月

爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!