ふかふか羽毛布団【掌編】(974字)
うぅ、寒い、寒い、寒い、寒い。
明け方5時。起床時間にはまだ早い。
ふかふかであったかい羽毛布団の中、俺はしばし目を覚ました。レースのカーテンから覗える外はまだ暗い。夜明け前だ。
隣の妻もよく眠っている。新婚。俺は半身を起こして妻の額にキスをした。
再び柔らかなマットレスに身を沈める。優しいアロマの香り。もう一度眠りにつく前にふと考える。
俺はとても幸せだ。
幸せだが、刺激がないように思える。
もし、仮に俺が牢獄にいるとしたらどうだ。幸せか?
幸せではないだろう。しかし、刺激的に違いない。
物語の中やドキュメンタリー番組でしか知らないが――。
*
チャイムが鳴ったら、すぐさま起きて、うっすいセンベイ布団を畳む。当然二度寝など許されない。
そして、檻の中で看守に呼ばれるのを待つ。当然、私語は許されない。看守が号令したら、自分を表す番号を言う。
それが一日の始まり。
おはようも、おはようのキスもない。だが、ピリッとした空気、雰囲気、とても刺激的だ。
それから味気のない食事を摂って、作業へ向かう。作業中は私語はもちろん、勝手に席を立つことも許されない。床に落とした道具を拾うのにもいちいち看守の許可がいる。ピリピリとした雰囲気。
単純作業に手を動かしながら、永遠とも思える沈黙の時間を過ごす。ただただ自分が犯した罪と向き合う時間。
作業を終えて檻に戻ってからは比較的自由に過ごせる。
しかし、その分、他の囚人たちとの人間関係に気を揉まねばならない。どいつもこいつも罪を犯してここに来たやつらばかり。人間性に難がある奴が多い。
特に、大村。あいつは口は悪いし、掃除は雑だし、便所は綺麗に使わない。同じ檻の俺たちの身にもなってみろって言うんだ。連帯責任で罰を受けたこともある。あいつだけは気にくわない……なんつって。
そうやって、一日を終え、便所前のセンベイ布団で眠りにつく――。
監獄での暮らしは刺激的かもしれないけど、精神が持たなそう。平穏だけど幸せなこの暮らしが俺には合ってる。
もう一度、妻にキスをして二度目の眠りについた。
*
うぅ、寒い、寒い、寒い、寒い。
うっすいセンベイ布団で目が覚める。便所からはアンモニア臭。もう慣れた。
ふかふかの羽毛布団で目覚めた夢を見ていた。くだらない。
足の先がもげるほど冷たい。
もうすぐ朝のチャイムが鳴る。二度寝する時間はなさそうだ。
刺激的な一日が始まる。
***
2020年12月
爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!