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僕がmixiを始めた理由

一億総発信者時代と呼ばれる現代で、僕もその流れに乗るべくnoteを始めたわけだが、ふと昔のことを思い出したので書いてみる。

10年以上前、私は大学生だった。当時全盛を誇り(もちろん、現在も立派に運営されている)、右を見ればやれマイミクだ、左を見ればやれコミュニティだ、などと誰もが夢中になっていたmixiに、例に漏れず僕も便乗した。

当時の僕は、「お前は文才がある」「あなた物書きにむいてるんじゃないの」「次の更新が楽しみだ」などと、友人からの賞賛を得たいがために、なんとか面白い文章を書いてやろうと躍起になっていた。

書いてはみるものの結局は、やはり才能もなければ努力もしてこなかった僕の日記は、誰がどうみても、平凡というよりただの駄文であった。

そんなことは分かりきってはいるはずなのに、5分ごとに携帯を開いては、「あしあと」はついていないか、「♡」はついていないかなどと、入念かつ執拗にログインを繰り返した。その様はまるで、初デートの待ち合わせで、目の前にあるお店の窓を鏡代わりにして前髪をチェックする童貞中学生かのように、初々しさと気色の悪さが漂っていことただろう。

この日記を書くにあたって数年ぶりにログインを試みたが、gmailやらヤフーメールやらサブ垢をいくつも持っている僕は、パスワードはおろかメールアドレスも分からず、スマホを投げ出しそうになる腕を抑え、四苦八苦すること15分。

ついにログインできた。

当時の思い付きでつけたニックネームは、我ながら洒落が効いていて気に入っていたのだけれど、周囲の理解はあまり得られていなかったと記憶している。

どんな機能があったのかと、一通りスマホの画面をスクロールするが、時代の流れか、僕が歳をとったせいか、使い方がいまひとつピンと来ない。

自分の書いた日記を見るにも、メニューの構成がわかりづらく、そこでもやはりスマホと格闘した。やっと当時の僕が書き残した日記のページに辿り着いた。

それは、学校の引き出しに仕舞い込んでいた黴だらけのコッペパンのようで、二度と見たくないような、それでも怖いもの見たさでつい覗いてしまいたくなるようなものだった。人間とは不思議なもので、そういう時は必ずと言っていいほど後者を選ぶ。

内容については、恥ずかしさのあまり穴に入ったら二度と出られそうにないので、ここでは差し控えたい。

日記を読んでいて思い出したことがある。僕がmixiを始めた理由だ。

当時の僕は大学4回生だったと思う。就職活動にも身が入らず、単位もギリギリ。講義を抜け出してはタバコとコーヒーで時間を浪費する、典型的なクズ学生だった。

僕はあまり友人が多くはなかった。それは30歳を過ぎた今でも変わっていないのだから情けない。

ある日、数少ない友人からmixiに誘われた。mixiの存在はもちろん知っていたし、興味がなかったと言えば嘘だ。

ただ、その時の僕は、「そんなもので仲良くなって何が楽しいのか」という、友達少ない奴が必ず言うであろう台詞を吐き、友人の善意を無碍にした。それでも誘ってもらえたことは嬉しいのだから、つくづく性根が汚い。

そうやって、一人の友人と無数のマイミクチャンスを失った僕は、大学からの帰り道で初見の喫茶店に入った。

コーヒーの味の違いなど分からない若造だから、注文はほとんどブレンドだ。

店員さんが僕の後ろから注文を取りに近づいてきて、目も合わせず「ブレンド」と答えようとしたその時。

僕は恋に落ちていた。

彼女は、テーブルの窓側に座る僕の、真横ではなく、僕を挟んでテーブルの正面に立ち注文を訊ねた。そのちょっとした気遣いも嬉しかったが、何より彼女は美しかった。

彼女と思い切り目が合ってしまい、タジタジになる僕に微笑みながら、注文を復唱し店の奥へと軽い足取りで戻っていった。

コーヒーは別の店員が運んできたので、少し冷静になることができた。しかし妙に落ち着かず、10分足らずでコーヒーを飲み干した。そのくせ灰皿には吸い殻が3本転がっていた。

そそくさと会計を済ませ、そそくさと店を出て、店を一瞥することなく下宿先のアパートへ帰った。

次の日、大学が終わり、気がつくと昨日の喫茶店の前にいた。

というより、気がつくとそれからほぼ毎日その喫茶店にいた。

通い始めて2ヶ月ほど経った頃だろうか。気になる彼女とも一言、二言の会話ができるほどには接近した。彼女も同じ大学に通う学生だった。それ以上のことは知らないままだ。

何度眠れぬ夜を過ごしただろう。

何度枕を濡らしただろう。

その時の涙はきっと、コーヒーの色をしていたに違いない。

それからさらに一月が経とうとした時、僕の慕情は頂点に達していた。

彼女が会計をしているタイミングを見計らい、伝票を持ちレジへと進む。

震える手で小銭を差し出し、帰ってきたお釣りとレシートを受け取り、財布にそれらを突っ込むと、僕は彼女に想いを伝えた。

彼女は少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに答えた。


「マイミクからよろしくお願いします」


僕はしばらく思考が追い付かずにいた。

遠くない!?

「友達から」なら理解できる。

友達という関係性の前に、マイミクという僕の知らない壁があった。さらに後で知ったことだが、彼女のマイミクは100人以上もいたことを考えると、その距離はとても計り知れない。

しかしこうなるとマイミクになるしかないので、

「こちらこそマイミクからお願いします」半ば意味の分からない相槌を打って店を出た。まさかmixiをやっていないとは言えるわけがない。

僕は早足で家に帰り、mixiにアクセスしてみた。

しかし当時のmixiは招待制になっており、誰かに招待してもらわなければ始めることができない。

数秒後にはかつてmixiに誘ってくれた友人に電話をしていた。厚顔無恥とはこのことだ。

友人は僕に対する訝しみと嫌悪感を隠すことなく放ってきたが、僕には大した問題ではない。恋とは、ここまで人を強くさせるものか。


こうして僕はmixiを始めたのだった。

そこからの彼女との関係については、この話とは関係がないし、思い出したくもないので書かないでおく。

この日記もいつか見返す時が来るのだろう。










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