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「問い」の探求のためにnoteを書こうという一つの決意

遅ればせながらですが、
昨年の12月のnoteイベント
たちばなやすひと氏の
「人を感動させるテーマと構成」のアーカイブを
視聴しました。

私がnoteを始めたのは今年2022年の3月。
noteサーフィンしていて出会うことができました。


皆さんの文章を読むのが、楽しい
自分が書いた文を読んでくれる人がいるのも楽しい
書く意味は、自分でもよく分からないけれど

でも、
このアーカイブの、90分間講座を聴いて
やっとnoteに書くことの意義が
自分の腑に、落ちました。


正直、書くこともスキをもらうことも
すごーく嬉しいけれど、
ただの自己満足かもしれないし
凡人の私が書いたところで
何にもならないのではないかと
思っていました。


ところが、

テーマとは「問い」である。
物語を作ることは、世の中を知る行為であり
自分を知る行為でもある。
「問い」を愛する姿勢が創造につながる。


といった根源的なおはなしが、心に響きました。


今の時代は、
みんなの中にある物語こそが
大切な時代だと思っている。

と、質疑の時間の中で話されました。


たぶん、noteさんの思いの
一つでもあると思います。

だから、たくさんの方々が
自分の物語をこうして書き綴り、
あなたの物語、いいね、スキですって共感し合い
それぞれの人が それぞれの「問い」を探求している


私たちのことを、
クリエーターと呼んでくれるのは
こうしてみんなが
人生の「問い」を愛する姿勢を
持っているからなのでしょう。
その姿勢こそが
創造を生み出すのだから。

そう理解させてくれた講座でした。

https://note.com/events/n/n33eba46defc2

人は何歳になっても、
「人生の問い」「社会への問い」は
無くならないと思います。
その長い探求の旅が
人生だと思います。


以前 noteに書いた
「自分でも分からない感情が揺れる時間」
という記事
まだ私にとって、わからない「問い」なのです。
もしかしたら、すごく根源的な
哲学的な、人間の「問い」かもしれません。


なぜそうなのか自分なりに掘り下げてみるのも
おもしろいと思います。
いろんな物語が潜んでいるようにも思います。

なぜなら、その時間がいつもとても感動するから。
感動は創造の源だから。
忘れている体験があるのかもしれません。

仮説を立て
探し求めてみたいと思いました。




https://note.com/tsukiyo716/n/n9b9690240f83


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