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ショートショート。のようなもの#39『走馬灯製作会社』

「ん?こんな風景見たことないぞ…それに、こんな体験もしたことがない」
 私は今、敬老会の旅行の集合場所へ向かう道中で不慮の事故に合い、今まさに生死の境を彷徨っている。
 その証拠に、今、私は耐えられぬ程の全身の痛みに苦しみながらも、脳内スクリーンに映し出された走馬灯らしきものを観ている。
 しかし、私が引っ掛かっているのは、その走馬灯の映像はどれも見たことがないものばかりだということだ。
「これは一体…?」
 そんなことを考えていると、瀕死状態でも、まだ微かに聴力が残る耳に遠くのほうから飛び込んできた話の内容に、私は驚いた。
「すみません!私は、走馬灯製作会社の者です!お客様~聴こえますか?…恐らく聞こえていてもお答えするのは難しいと思われますので続けますね~。改めまして、私は、人間がお亡くなりになられるときに備えて全人類の走馬灯を生きておられるうちにこっそり撮影して編集してる走馬灯製作会社の者です。そこで、私からの取り急ぎのご報告…というか謝罪というのがですね…。誠に申し訳ないのですが、こちらの手違いで、今、お客様がご覧になられている走馬灯が他の方のモノと入れ替わってしまっておりまして…」
『ちょっと待って、待って!どういうこと?わからない!…瀕死状態の人間に向かって情報量が多すぎるわ』
 と、私は心の中で突っ込む。
 そして、聞き返すことができない私は、全身の痛みに耐えながら今の情報を整理していくうちに、やっと何となく状況を理解した。
 簡単に言うと、世間一般で言う走馬灯という現象は彼らが作っているもので、その作られた自分の走馬灯を私は観るはずだったのに、彼らの手違いにより、私は人生の最期に赤の他人の人生を振り返えるという無駄な時間を過ごして生涯を終えようとしている…ということだろう。
 さらに言うと〝入れ替わっている〟ということはこいつの手元に私の走馬灯はなく、誰かの脳内に送られてしまっている。こんな恥ずかしいく腹立たしいことはない。
「…本当に申し訳ございません。今、若い者に早急に探しだすように指示をしているところなのですが…」
『いや、瀕死状態の人間に対して御託を並べるな!』
 と、少々強めに心の中で突っ込む私。
 私は、もう残りの体力的にも「自分の走馬灯を観ること出来ないだろうなぁ」と、半ば諦めつつ、この誰のモノかわからない走馬灯をとりあえずぼんやりと眺め始めた。
 しばらくすると、あろうことか、この誰のかわからないこの走馬灯に突然、私が登場したではないか。
「何故だ?…私と面識のある誰かの走馬灯ということか?そう考えるのが妥当だろう。…ん?にしても、これは、17歳のときの私ではないか」
思い出したくない記憶。でも、決して忘れることが出来ない記憶──。

 このシーンの走馬灯に映る私は、付き合ったばかりの彼女がいて毎日が楽しくてキラキラしていた。
 ましてや、学校中の全男子生徒の憧れの的だった学園一のマドンナだったのだ。
 少しわがままなところがあり、デートをする度に「あれ買ってほしい!これを買ってほしい!」とおねだりをされたりもした。
 でも、私はそんな無邪気な彼女のことが大好きで、その笑顔を見てると辛いことも忘れられた。本当に自慢の彼女だった。
 なのに、あいつは、私と彼女の仲を引き裂いたのだ。
 ある日、突然、友人の佐竹から電話があり、「あいつと別れたほうがいいよ。実は、あいつは他にも男がいて何人もの男に貢がせてるんだ。悪い女だ!悪いことは言わないから別れたほうがいい…!」
 マドンナと付き合う私を妬んだ佐竹は、私と彼女を別れさせるために、彼女を悪者に仕立てて私にホラを吹いてきたのだ。
 そして、佐竹が言う「他の男…」とは、まさに佐竹自身のことだったということが後に発覚した。
 そう、佐竹と彼女は私に内緒でこっそりと付き合っていたのだ。
 それも、よりによって私自身がその証拠を掴んでしまったのだからたまったものではない。

 そのXデーは、次の日だった。
 私は、たまたま佐竹と彼女が喫茶店で会っているところを、この目で目撃してしまったのである。
 私は、咄嗟に二人の間へ割って入ってやろうかとも考えたが、余りの驚きに体が動かなかった。
 一気に二人の大切な人から裏切れたショックは、17歳の私には図り知れず、しばらく学校へも行けなくなった。今でも思い出すと胸が痛む…。
 それ以来、もちろん親友だった佐竹とは、絶縁した。
 佐竹は、勘違いだと必死に訴えてきたが、私は聞く耳を持たなかった…。
 
 走馬灯は、ちょうど「…彼女とは別れたほうがいいよ!」と、佐竹が私へホラを吹いているシーンだった。
「ということは、この走馬灯は佐竹のものなのか!こんなものを人生の最期に見せられてたまるか!」
 再生を停止しようにも、やり方がわからない。
 私は、苦虫を噛み潰しながら、この走馬灯を眺めるしかなかった。

 すると、シーンが代わり、例の佐竹と彼女が密会していた喫茶店のシーンとなった。
 私に佐竹がホラを吹いた翌日だ。
「思い出しただけでも、胸くそが悪い。それを今から、この目で、わざわざ佐竹の目線で人生の最期に見ないといけないのか!もう早く死なせてくれ!」
 私は、瀕死状態とは思えない量のアドレナリンを出しながら、とりあえず走馬灯を睨み付けた。
 が、しかし、私の想像とは全く異なる走馬灯が目の前に上映されていた。

「おい、いい加減にしろよ!お前いつまであいつのこと騙すつもりだよ!おかしいだろ!他に本命の男がいるくせに、好きでもないアイツに気を持たせて欲しい物ばっかりせびってよ!あいつ、お前のこと本気で好きなんだぞ!愛してるんだぞ!見ていて俺は耐えられないんだよ!あいつさぁ、裕福な家庭じゃないから、俺たちと遊びもしないでバイトして、ちょっとでも両親を楽にさせたいから家に金入れてんだぜ!…ほんと、いい加減にしろよ!」
 佐竹は、怒りに任せてしゃべり続けていた。テーブルの上にあるアイスコーヒーが今にも零れそうに揺れている。
「ん?これって…?ほんとに佐竹の記憶だよな?佐竹が彼女にしゃべってるんだよな?『いつまであいつのこと騙すつもりだよ』…『他に本命の男がいるくせに…いい加減にしろよ!』…ってことは前日に佐竹が言ってたことは本当だったのか?そして、当時の私が密会現場だと思っていた場面は、デートではなく私のために佐竹が彼女に訴えてくれてる…?…うそだろ。…そうか…すまない、私が間違ってた。私が勘違いしてたんだ。学園一のマドンナと付き合えたと思っていた私は、完全に浮かれていたんだ。そのせいで、親友の佐竹のことまで裏切り者扱いをして…その後60年間も…。私は、何てことしたんだ。すまない。本当にすまない」
 せめて最期に、その一言だけでも直接伝えたい。そう思ったが、それは、もう瀕死状態の私には叶うはずがない…。
 そう諦めかけたときに、また遠くのほうで走馬灯製作会社のスタッフの声がした。
「あなたが今、仰った償いのお言葉は、直ちにあなたの記憶として走馬灯にアップロードしてラストシーンへ加えさせて頂きます。そして、私どもが責任を持って佐竹様へお伝え致します」
 それを聞き終えた私は、瀕死状態の体から振り絞るように、声にもならぬ声で返した。
「…え?…そんなことが可能なんですか?私の走馬灯を佐竹に届けるなんて…」
「それなら、お易い御用です」
「何故?」
「今まさに、入れ替わってしまったあなたの走馬灯をご覧になっているのは、他ならぬ〝佐竹さん〟だからです」

               ~Fin~

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