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ショートショート。のようなもの#30『陸を夢見た淡水人。』

 なぁ先生、怒ってるー??

『おばあちゃんはな、昔は魚やったんやで』

 ぼくのおばあちゃんは、お風呂に張った水に下半身は浸けてパチャパチャさせながら、そう言うたんです。
 だからな~先生、きょうの体育は見学させてください。ダメなんですかー?
 じゃあ、もっと詳しくお話したらお休みさせてくれますかー?

**********

 ぼくのおばあちゃんはな、滋賀県で産まれたんです。
 そのおばあちゃんが言うには、おばあちゃんのおばあちゃんが生きていた頃は、まだ滋賀県の人たちはみんなびわ湖の水の中で生きてたらしい。
 見た目もほんまに魚そのものやったらしい、サイズ感は人間やから、かなり大きいけど。

 ほんまの魚みたいに泳いで、プランクトンとか小さい貝とか食べながら生きてたんやって。
 小1の僕にもわかるようにおばあちゃんは教えてくれたで。

 ほいで、おばあちゃんのお母さんあたりからちょっとずつ陸でも生活していかれへんかなぁ…て町内会長さんが言い始めたらしくて、ちょっとづつ陸に上がり始めた。
 始めはめっちゃ怖かったらしい。
 京都とか大阪の人間は普通に陸で生活してて、びわ湖に遊びに来て釣りをしたり泳いだりしとったらしい。
 だから滋賀県民も頑張れば陸で生活できるんちゃうか?ってなった。
 水中で生活してる時代が長過ぎてほぼ魚になってしまってるけど、元々は人間の姿やったって話も歴史の教科書くらいでは見たことがあった。

 てなことで、僕のひぃおばあちゃんたちはその間の世代で、僕のおばあちゃんはちょうど体の進化が始まった世代やねん。
 だから、おばあちゃんの体は上半身は人間やけど、下半身はブラックバスやねん。
 その下半身の健康を保つために、毎日お家でゆっくりくつろぐときは水風呂に浸かってはるねん。

 そういうことを教えてもらったのが、この前の夏休み。

 続きも、まだ聞きたい?

 僕もしゃべりたい、聞いてほしい。

 さっき言うたみたいにおばあちゃんは、人魚世代の滋賀県民やから学校でも陸に上がる練習をする授業とかあったみたい。

 おばあちゃんは肺呼吸が苦手で、よく居残りさせられたって言ってた。

 でも、みんなにバカにされるのが悔しいから、学校から帰っても夜になるまで家の近所の浜辺で毎日、陸に上がる練習してたんやって。
 そんなことをしてるときに、出会ったのが僕のおじいちゃんやったんや。

 おばあちゃんはいつものように学校から帰って、すぐに鞄を置いて近所の浜辺に上がる練習しに行った。
 でもその日、そこには大阪人が遊びに来てて、水の中から這いつくばるように陸に上がろうともがくおばあちゃんのことを見てめっちゃバカにした。
水の中で生きられる滋賀県民のことが羨ましかったんやろうなぁ。
 砂をかけたり…写真撮ったり…
 そんなことをされてもおばあちゃんは負けず嫌いやから逃げんと、大阪人からのイジメを無視して黙々と練習してた。
 なんやったら、砂投げ返したりして売られたケンカを買ってたみたい。
 そこへ割って入ったのが、僕のおじいちゃん。
 おじいちゃんも大阪人やねんけど、一人で釣りに来てて正義感が強いおじいちゃんは懸命に陸に上がろうとするおばあちゃんのことをバカにしてる大阪人に腹立ってしゃあなかったらしい。なんともおじいちゃんらしい話や。

 それが出会いで、おじいちゃんは週末になって高校が休みの日になると滋賀県まで行っておばあちゃんが陸に上がる練習に付き合ったんやて。
 ちなみに、おばあちゃんが無理して長時間陸に上がってて呼吸が苦しくなって気絶した瞬間に人工呼吸してあげたのが、二人の初めてのチュウなんやて。
 そのときのチュウがなかったらお父ちゃんも産まれへんかったし、僕も産まれへんかったってことらしい。理屈はよぅわからんけど。

 そっから二人がめっちゃ仲良くなって結婚することになるんやけど、まさか、あんな形でおじいちゃんとおばあちゃんがお別れすることになるとは…。

 この続き?ちょっと怖いで?
 うん、しゃべるけど。

 その日、おじいちゃんはおばあちゃんとお父さんとお母さんに結婚のあいさつをしにいくことなってた。
 でも、おじいちゃんは水の中に入ったことないから、びわ湖の中にいるご両親に会えるのか心配してた。
 大阪人は何か知らんけど水の中に入ったらあかんって決まりがあったみたい。
 道頓堀川の水がキレイくないからやろか?

 でも、おばあちゃんは気ぃが強いから尻込みするおじいちゃんの手ぇを引っ張ってびわ湖の中にジャバジャバ入って行ってん。

 しばらく、手ぇを引きながら泳いどってもうちょっとでおばあちゃんの実家やってなったときに、ふと握ってる手ぇから伝わるおじいちゃんの体がえらい軽くなってることに気ぃついたらしい。
 嫌な予感がして恐る恐る振り返ってみると、そこにはもう、さっきまでのおじいちゃんの姿はなかった。

 おばあちゃんが握ってたのは、切られた一本の〝タコの足〟や。

 おばあちゃんは、急に教科書で習たことを思い出した!
「そうや!大阪人は最近陸で生活するようになったけど、割りと最近までは鉄板の上で生活してたんやった。そこから進化したんやった。
 元は、〝たこ焼き〟やったんや。だから水に入ると体が溶けて…」

 あかん!お風呂にも入られへんから、体はタオルで軽く拭くだけにしてる…とか色々な生態が書いてたんやった!と、記憶が滝のように流れ出てきた。
 ふと見ると、タコの足だけになってもおじいちゃんは、両親にあいさつしようと思て必死にクネクネ動いてたらしい。

 で、一応は結婚という形で籍だけ入れたみたいやけど。
 え?なんで、お父さんが産まれたか?って?
 それは、初めてチュウしたときにコウノトリさんが運んで来てくれてたからやで。っておばあちゃんは言うてた──。

********

 だから先生。僕、どっちかわからんから、きょうの体育の授業は見学したいんですー。ええやろ?
 だって、きょうの授業はプールやん。
もしかしたら、魚みたいにめっちゃ泳げるかもしれんけど…下手したら体が溶けてタコになってしまうかもしれへんし…。

 だから、先生、そんなに怒らないでください。
 サボってるわけじゃないんです。ぼくが、ウソついてると思ってるんですかー?ぼくの話に納得してくれてないんですかー?

 だって、怒ってるやん?
 ずーっと頭から〝角〟生やしてるし、相当怒っ…あっそうか。

 怒ってるわけやないんや!
 そういえば、先生って〝奈良県〟の出身やったもんな。
 そら、春先から夏場にかけては〝角〟生えるわ。



                  ~Fin~




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