見出し画像

ショートショート。のようなもの#1『となりのリリーフ』

「え?不具合ですか?弊社の販売した車が…?それは、何かのお間違えでは?そのような不具合は、今まで聞いたことがございませんが…」

 お客様は神様だとはよく言ったもので、本当にお客様からのクレーム対応というモノには、常に振り回されなければいけない。

 上司からすぐに向かうように言われて、私は、渋々、電話をかけてきたお客様のご自宅へと向かう。

 そんな支離滅裂なクレームがあるものか!どうせ何かのイタズラに決まってる。と、私は、心の中で叫びながら、電車を乗り継いだ。

“買ったばかりの車の助手席に、人が乗っているんですけど!”
バカも休み休みにしてほしい。

 そんなことを考えてるうちに、例のお客の家についた。

「これですよ!見て下さい!どうなってるんですか!!乗ってくるんですよ!リリーフが!中継ぎ投手が!」

 私は、家族を養わなければならない立場だ。だから、なるべく冷静さを保ち、平然を装って我が社が販売した乗用車の助手席に目をやった。

その瞬間、我が目を疑った。

確かに乗っている。
リリーフだ。
リリーフの中継ぎ投手だ。

 どこの球団の何という中継ぎ投手かは、わからないが、どこからどう見ても明らかな中継ぎ投手が乗用車の助手席に乗っている。

 改めて、我が目を疑った。

 何度見ても、確かにそこには中継ぎ投手がいるのだ。

「…でも、なぜ??」

「それはこっちが聞きたいですよ!どうするんですか!リコールですよ!リコール!」

 新手の詐欺か?こうして、お金をだまし取ろうという魂胆か?
 しかし、助手席の中継ぎ投手はそうな空気を微塵も感じさせない。
 真っ直ぐに前だけを見つめ、今日も中継ぐぞ!という顔をしている。
 あまりの奇妙な出来事に、頭が真っ白になっていたが、しばらくして、私は思い出した。我が社は、家庭用乗用車の他にも、リリーフカーの製造もしていたということを…。
 そして、工場のレーンは、機械のバランスを保つために、週替わりで家庭用乗用車と、リリーフカーを入れ替えているということを。

 ひょっとして、何かの拍子に乗用車のシートがリリーフカーのシートと入れ替わったのかもしれない。いや、そうに違いない。

 そして、リリーフカーのシートを求めて、中継ぎのリリーフが乗り込んで来たのだろう。
 となると私が、今しなくてはならないクレーム対応は、この中継ぎ投手をおびき出すこと。

 まず手始めに、ドアを開けて引っ張り出そうと、力尽くで引っ張ってみた。
 しかし、中継ぎ投手はびくともしない。
 ただただ、真っ直ぐに前を見て、今日も中継ぐぞ!という姿勢を崩さない。

あらゆる手を尽くす。
…ピッチャーの憧れである18番の背番号を、車のすぐ傍に置いておいておびき出そうとしてもダメ。
…凍らせたアクエリを並べてみても、おびき出せない。
…キレイな女子アナに誘惑させてもダメ。

 何か、いい方法はないものか…?
 あっ!そうだ!こうなったら仕方がない。これでいこう。

「お客様!この車を運転して、近くの球場までいってください!私は、向こうで待ってます!いいから早く!それしか方法はありません!相手は中継ぎ投手ですから!」

 私は、我が社の社員を18人集めて、球場へ向かった。そう、野球をするのだ。

 そして、中継ぎのリリーフ投手が思わず投げたくなるようなゲーム展開の試合をするのだ。我ながら名案だ。

 試合が始まり、計画通りのゲーム展開。7回の裏2-0でリードしている。ツーアウト、ランナー1.2塁。打席には4番打者。ホームランを打たれたら逆転される。抑えれば、勝ちは目の前。まさに、中継ぎ投手の絶好の見せ場。

 バタンっ!

 ドアを開けて中継ぎ投手が、勢いよく飛び出した!!よし!作戦通り!!

 中継ぎ投手は、小走りでマウンドに駆け上がり、見事、4番打者をサードゴロに打ち取り、ピシャリと中継ぎの仕事を果たした。

 私は、急いでベンチから、お客様の乗っている車のほうへ走って向かった。
 大仕事を終えて、清々しい気持ちを抑えきれずスキップをしていたかもしれない。

「お客様!如何でしょうか?弊社はお客様のご要望には、必ずお応え…」

「なにをニヤニヤしてるんですか!ちょっと!これ、見てくださいよ!これ、どういうことなんですか!これ!これですよ!助手席を見てくださいよ!」

「ちょっと、お客様なにを仰っているのですか…」
 私は、たじろぎながら車内に視線を移して愕然とした。

 そこには、ただ真っ直ぐに前を見つめる抑えのリリーフ投手が座っていたのだ。


                 ~Fin~



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?