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ショートショート。のようなもの#33『こき上げ花火』
その赤ちゃんは、花火工場を営む一家の長男として産まれた。
「母子共に健康で何よりだ」と、夫は、ほっと胸を撫で下ろした。
しかし、その赤ちゃんは健康であるが故に、とにかくよく泣くのである。俗に言う〝火がついたように泣く〟というやつである。
それくらい良いではないか?と思うかもしれないが、これが大きな問題なのである。
と言うのも、この赤ちゃんがギャン泣きをする度に、彼のお尻からは、なんと「ボン!」と音を立てて花火が打ち上がってしまうのだ。
大きな大輪の花を夜空に咲かせるのである。
それは、まるでオナラのように噴射されるので、人々は、これを「こき上げ花火」と呼んだ。
むろん、昼間に泣くこともあるし、上手く空へ向かって真上にこき上げるとも限らない。
だから、この夫婦は、いつも赤ちゃんが泣きそうになると、大急ぎで抱き抱えて裏庭まで連れていき、オムツをズラして赤ちゃんの肛門を大空へ向けて構えるのである。
そして、ギャン泣きした赤ちゃんは思い切り花火をこき上げる。
まず第一に、なぜ赤ちゃんの肛門から花火が打ち上げるのか?という理屈を説明せねばなるまい。
と、いうものの明確な理屈は、わからない。
しかし、学者たちの見立てによると、どうやら花火工場で産まれた赤ちゃんの体内には少なからず、呼吸をする度に吸い込んでしまっている火薬が混入している。
その体で〝火がついたように〟泣くのだから、体内の火薬に着火しても何ら不思議はない。という見解だ。
現に、目の前で打ち上がっているのだから納得する他ない。
すぐに、この話題はSNSを通じて世界へ拡散され、赤ちゃんがこき上げる花火の動画は一瞬にしてバズった。
テレビや雑誌では〝こき上げ赤ちゃん〟と命名し、こぞって取り上げられて瞬く間にお茶の間の人気者となった。
近郷近在からは、沢山の人が押し寄せ、日本中にこの〝こき上げ赤ちゃん〟を知らない人はいないというくらいになった。
これをいい機会に、見物料なども取り始めた花火工場は、今までにないくらいに経営がうなぎ登りに良くなっていった。
もはや、毎日、何発も打ち上がるこき上げ花火が祝砲のようにさえ感じられた。
しかし、そんな暮らしもそう長くは続かない。
当然と言ったら当然なのだが、この〝こき上げ赤ちゃん〟も時間と共に成長する。
3年もすると、そう簡単なことでは泣かなくなってしまったのだ。
間違っても、すくすくと成長する我が子を無理矢理泣かせるわけにはいかず、両親は、大きくなっていく〝こき上げ赤ちゃん〟の姿を見るのが嬉しい半面、少し寂しくもあり不安でもあった。
「この状況が明るみになると、メディアの露出も激減するだろうし、収入もなくなってしまう…。どうしたもんかなぁ…。」
〝こき上げ赤ちゃん〟のスランプを両親が思案をしている最中でも、テレビや雑誌からの出演依頼が途絶えることはない。そして、断り切ることが出来ずに引き受けてしまう…。
──そんなことが何日か続いた、ある日。
「どうするの、あなた?今日は、今までにないくらい大きな海外メディアが取材に来るのよ?テレビの生放送だって言っていたわ」
「大変なことになったなぁ…。もう、こき太郎は、ここ数日、一度も泣いていないんだろ?どうしよう…今さら断ることもできないし…。う-む…。よし!こうなったら、仕方がない!一か八か、わしがこき上げてみよう!」
「そ、そんな!あなた、むちゃですよ…!」
その日の夕暮れ。
夕陽が、完全に沈みかけた頃に、花火工場の裏庭の草原に一堂に会した海外メディア。
その輪の中心に、恍惚とした表情で堂々と仁王立ちしている〝こき上げ父さん〟。
午前中から、全身に挹まなくたっぷりと火薬を擦り込んでおいた。
スポイドを使い、肛門にも大量の火薬を注入している。
コンディションは、ばっちりだ。
あとは、ギャン泣きするだけ。
〝こき上げ父さん〟は、四方八方から飛び交う「アカチャンジャ、ナイノ、デスカ-?」という野次を全て跳ね返すようなオーラを放っていた。
しばらく口を真一文字に結び、押し黙っていたかと思うと、周囲からの野次を一掃するように高らかに「こき上げます!!」そう宣言して、男は何の迷いもなく静かに、ズボンと下着を下ろした。
先程までの喧騒がウソかのように、辺りはシーン。と、静まりかえった。
男は、しゃがみ込み、ゴロンッと仰向けに寝そべったかと思うと、そのままの流れで両足を上げて頭の上まで持ってくると、まるで、でんぐり返しの途中のような格好で、夜空へお尻をグッと付き出し、ピタッと静止した。
電柱の影からは妻が固唾を飲んで見守っている。
次の瞬間、男は、大声で「えーん!えーん!…えーん!えーん!…」と泣き出した。
が、しかし。全くこき上がる気配はない。
ただ、半裸のおじさんがでんぐり返しの途中で「えーん!えーん!」と言っているだけだ。
それでも、めげずに〝こき上げ父さん〟は「えーん!えーん!」を続ける…。
たまに「ポチー!ポチー!」というフレーズを挟んでくる。
恐らく、死んだペットのことを思い出す作戦なのだろう。
海外メディアの記者たちは、目が点になっている。開いた口が塞がらない。
それを見かねた妻が、急に、夫の元へ駆けつけて用意していた玉ねぎをビニール袋から取り出して、仰向けになっている夫の眼球へ向けてボタボタボタボタ~!と、オニオン汁を絞り垂らした。
…出るか!?こき上げ花火!
…こき上げるか!?半裸のでんぐり途中の男!
…がんばれ!こき上げ父さ~ん!
出なかった。
うん、全然出なかった。
出る気配すらなかった。
ただ、半裸のおじさんがでんぐり返しの途中で「えーん!えーん!」と言いながら、目を真っ赤にしてるだけだった。
さすがに、呆れ果てた海外メディア達が、ぞろぞろと帰り支度を始めた。
辺りには、一気に諦めムードに覆われる。
〝こき上げ父さん〟も、さすがに、ふと我に帰って「わしは、今、何をしとるんだ」と、急に恥ずかしくなった。
呆れ切った海外メディアの1人のカメラマンが、冷やかし半分で、半裸でんぐり途中のこき上げ父さんへレンズを向けてシャッターを切った…。
と、次の瞬間「ボン!」という爆発音と共に、ピューーーと花火が打ち上がり「バーン!」と、キレイな大輪の花が夜空を覆った…。
そこにいた全員が〝こき上げ父さん〟の放った花火に目を奪われて、息を飲んだ。
「ナンテ、キレイ、ナンダ…」
それはそれは、絶景だった…。
ただ、当の本人だけは、その場にいなかった。
何故なら、海外メディアに写真を撮られたことが恥ずかしくて恥ずかしくて堪らなくなり逃げ出していたから。
しかし、皮肉なもので、この〝恥ずかしさ〟のお陰で男の顔から〝火〟が出て、花火が打ち上がったそうだ。
~Fin~
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