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脚本「日照る雨」

雨の中訪れた一人の侍。親を亡くした孤独な少女。
それを心配する村人と、人間に親を殺された妖怪。
泣き止まぬ呪われた空の下、彼等の思いは交差する――。

高校時代に執筆した脚本の一つです。全て無料で読めます。
演劇・声劇どちらでもご使用いただいて結構ですが観に行きたいのでご一報いただけると嬉しいです。(強制ではありません。)
その際アドリブや言い回しの変更は自由にしていただいて大丈夫です。


登場人物

雨降(あまふり) 旅の侍。奥手だが誠実な男。
日和(ひより) 村娘。村人には元気そうに振舞うが実は寂しがり屋。
小豆洗い 人間の子供の見た目をした妖怪。お調子者だが人間が嫌い。
村人 日和を心配する一人の村人。妖怪を憎んでいる。名前はご自由に。
語り手 ナレーション。主に声だけ。


 強い雨音。薄暗いライトの下で雨降がふらふらと歩いている。

語り手 篠突しのつく小雨は神の涙。土をませ穢れを流す。
    地を打つ豪雨は神の叫び。土を腐らせ穢れをもたらす。
    醜き呪いも、また然り。

 途中立ち止まって空を見上げたりするが、また前へと歩いていく。
 舞台は村へ。晴れた夕暮れ時に日和が洗濯物を入れている。

村人 おーい、日和!
日和 あ、こんにちは!
村人 今年は豊作だったんだ。少し分けてやろう。
日和 え、こんなに!? いいんですか!?
村人 構わんさ。お前の親は早くに亡くなってしまったからな。
   何か困った事があったら、いつでも私に言っておくれ。
日和 (苦笑して)大げさだよ! もうそんな子供じゃないんだから。
村人 そうか? じゃあ、気をつけて帰るんだぞ。
   最近は妖怪が辺りをうろついて、物騒だからな。
日和 ありがとうございました。(深々と頭を下げる)

 退場する村人を見送っていると、ぽつぽつと雨が降り出す。

日和 やだ、雨? 早く帰ろう。(駆け足で家に帰る)

 日和が家に戻ると、雨の音が強まる。
 玄関で雨雲を確認して、すぐに家に入って囲炉裏の前に座り込む。

日和 今日は止みそうにないねぇ……。(大きな溜息)

 日和が退屈そうにしていると、玄関から戸を叩く音が聞こえる。

日和 あれ、お客さん? はーい!

 日和が戸を開けた途端、雨降が倒れ掛かかり慌てて支える。

日和 きゃっ!? ちょっと、あんたどうしたの!?
   ねぇ、しっかりおしよ!(必死に呼びかける)
雨降 う、うぅ……。(気を失っている)

 暗転。大雨になる。

語り手 涙は恵みと称え、叫びは災いとおそれよ。
    人と妖怪も、また然り。

 照明。布団で寝ていた雨降が目を覚ます。

雨降 ……此処は?(ゆっくりと起き上がる)
日和 あ、目を覚ましたんだね!(雨降に駆け寄る)
   随分とやつれてたし、ずぶ濡れだったしで吃驚したよ。
雨降 それは……ご迷惑をおかけ申した。
   家主殿に礼を言いたいのだが……出かけておいでか?
日和 家主? あたしだよ?
雨降 え……えっ?(理解が追い付かない感じで)
日和 だから、あたしが家主。此処あたしん家だよ。

 暫く間。突然雨降が頭を抱えて奇声を上げる。

日和 わ、ど、どうしたんだい!? 
雨降 (明らかにテンパってる感じで)
   せっせせせせ、拙者は!
   お、おなっ女子おなごの家に踏み入ったと言うのか!?
   数日何も食してなかったとは言え、何と…何と破廉恥な事を!!
   (再び奇声。出来れば頭を床に打ち付ける)
日和 お、落ち着きなよ! あたしは別に気にしてないよ!
   (ここからボソッと)
   まぁ、倒れかかって来た時は、ちょいと吃驚したけど……。
雨降 (ばっちり聞こえる)た、たっ……倒れかかったあぁ!?
   (刀を抜いて正座)
   見ず知らずの女子に倒れかかるなど、最早武士にあらず!!
   拙者に残された道はただ一つ、切腹のみぃ!!
日和 ちょ、お侍さん落ち着きなって!!(慌てて止めようとする)

 雨降の腹の虫が鳴り、恥ずかしそうにお腹を押さえる。
 少し間が空いて日和が笑い出し、雨降が過剰に驚く。

日和 (くすくす笑いながら)数日何も食べてなかったんだって?
   あたしの手料理で良ければ、食べて行きなよ。
雨降 (めちゃくちゃ恥ずかしそうに)……も、申し訳無い……。

 場面は森の中へ。小豆洗いが何かから逃げるように走っている。

小豆 こ、ここまで来れば大丈夫……?
   (背面から飛びかかってきた村人に捕まる)痛っ!!
村人 見つけたぞ、この妖怪めが!!(小豆洗いを押さえつける)
小豆 や、止めろ! 離せぇーー!!(必死に抵抗する)

 場面はまた日和の家、雨降と日和が向かい合って座っている。

雨降 (落ち着いて礼儀正しく)馳走になった。感謝致す。
日和 いいえぇ、お客さんなんて久しぶりだからね。
   あたしは日和って言うんだ。お侍さんは?
雨降 これは申し遅れた。拙者は雨降と申す者。
日和 あまふり……?
雨降 読んで字の如く、雨が降ると書く。丁度、今のこの天気のように。
日和 へぇ~、面白い名前だね。まるで雨降さんが雨を連れて来たみたい。
雨降 !(驚いた様子で日和を見る)
日和 え、あっ……ごめんなさい! あたしったら酷い事……。
雨降 あ、あぁ、案ずるな! 拙者は旅の侍故、無駄な殺生はせぬ。
日和 そ、そうかい?(少しの間黙って雨降を見る)
   ……雨降さんって、他のお侍さんとは違うんだねぇ。
雨降 違う、とは?
日和 雨降さん、全然偉そうじゃないもん。
   お侍さんって、いつも威張っててすぐ人を斬るもんだと思ってた。
雨降 (少し落ち込んだ様子で)……そうで、あったか。
日和 え?
雨降 (立ち上がる)では拙者はこれで。世話になった。
日和 え、もう行っちまうのかい!?
雨降 拙者は同じ場所には長く留まれぬ性分しょうぶんゆえ、御免。
日和 ちょ、ちょいと待ちなよ!!(止めようと雨降の手を握る)
雨降 (真っ赤になって振り払う)うわっ!? わ、わわわ!!!
   な、なななな何を……!?
日和 何もこんな雨の中で行かなくたっていいじゃないか。
   数日何も食べて無かったって事は、お金も無いんだろう?
雨降 うっ……。
日和 今日は雨も止みそうにないし、折角だから泊って行きなよ!
雨降 (またテンパり始める)と、とととっ泊るぅ!?
   いかんいかんいかんいかん!! 女子おなごの家で寝床に就くなど!!
日和 さっきまでそこで寝てたじゃないか。
雨降 あ、あの時はあの時であってだなぁ……!
日和 いいじゃない。あたしは別に気にしないよ。
   誰かが居てくれないと、寂しくってさぁ……。
雨降 (暫く何も言えず、恥ずかしそうに長い溜息を吐く)
   で、では……一泊だけ……。
日和 本当かい? ありがとう雨降さん!
雨降 礼を言われる筋合いは無いと思うのだが……。

 村人が日和の家の玄関の戸を叩く。

日和 あら、またお客さん? はーい!(戸を開ける)
村人 (上機嫌で家に入る)やぁ日和、邪魔するよ。
   (雨降に気付く)……その男は?
雨降 拙者は旅の侍で、雨降と申す。
日和 今夜うちに泊ってくれるんだ、あたしが頼んだんだよ。
村人 (雨降に対し怪訝な様子で)……ふん、旅人だか何だか知らんが、
   日和におかしな真似をしたら容赦はせんぞ。
雨降 その様な事は決して! 明日の朝にはここを発つつもりにござる!
日和 そう言や、何だか嬉しそうだったけど、何かあったのかい?
村人 そうだ日和、今日は妖怪を一匹捕まえられた。
   ようやく妖怪狩りの成果が出たようだ。
雨降 妖怪狩り……?
日和 その妖怪って?
村人 あぁ、今夜首を落としてやるつもりだ。
   確かそいつは…、小豆の入った桶を持っていたな。
雨降 よもや…小豆洗い?
日和 雨降さん、詳しいんだねぇ。
雨降 旅の道中、色々な話が耳に入る故……。しかし小豆洗いは
   小豆を洗うだけの、人には無害な妖怪と聞くが……。
村人 そんな訳があるかっ!!
雨降 !?
村人 貴様、妖怪を庇うとは妙だな……。
   よもや貴様も、妖怪やものの類ではないのか!?
雨降 なっ……!!
日和 何言ってるんだい! さっきから失礼な事ばかり!
   雨降さんはあたしの客なんだ、変な事言うんなら出てっとくれ!!
村人 し、しかしだな日和、もしお前の身に何かあれば……!
日和 雨降さんはそんな人じゃない! いいから出てっとくれ!!
   (村人を無理やり追い返し、ぴしゃりと戸を閉める)
雨降 ひ、日和殿……。
日和 ……ごめんね、悪い人じゃないんだけど……。
   あたしの両親と、仲良かったみたいだから……。
雨降 日和殿の、ご両親……?
日和 あたしが小っさい頃に、村が妖怪に襲われて……、
   それで二人共殺されちまったんだって。
   だからあたしを心配してくれてるんだけど、養う余裕は無いから
   ああして毎日様子を見に来てくれるんだよ。
雨降 それは、すまぬ事を聞いてしまった……。
日和 ううん、あたしもそんな事全然憶えてないし、
   それに色んな人間が居るんだから、妖怪だって色々居ると思うんだ。
雨降 ……!
日和 だから、村の人達がああやって妖怪を殺そうとしてるのは……、
   あたしも反対と言うか、やめて欲しいかな……。
雨降 ……日和殿は、強いのだな。
日和 え?
雨降 いや、そろそろ夜も更けてきた頃だな。拙者が布団を敷こう。
日和 あ、うん! ありがとうね。

 暗転。まだ雨が降っている。

語り手 姿形は違えども、醜き呪いに憑かれども、同じ命に変わり無し。
    それを知るは侘しき妖怪。それに気付かぬは愚かな人間。
    親を忘れた孤児みなしごよ、代わりに嘆くは空の闇。
    心身濡らす雨達よ、我が目に零れる涙無し。

 照明。家の前で傘を差した雨降と日和が向かい合って立っている。

雨降 申し訳ない。傘まで世話になってしまった。
日和 いいんだよ。(寂しそうに)でも……、本当に行っちまうんだね。
雨降 いずれまた寄らせて貰うさ。それでは失礼する。
日和 気を付けて……。

 去っていく雨降を、日和が黙って見送る。
 やがて家に戻り、また一人になってしまったと溜息を吐く。
 すると家の奥からごとごとと物音が聞こえる。

日和 え、何? 何の音? だ、誰か……居るの?

 日和が恐る恐る見回していると、同様に辺りを見渡していた
 小豆洗いと衝突し、二人共倒れる。
 ゆっくり起き上がったところで目が合い、二人同時に悲鳴を上げると、
 雨降が大慌てで戻ってくる。

雨降 日和殿、何事か!(人影に気付いて)おのれ、貴様何奴!!
小豆 (後ろを向いて怯えている)うわぁ~!! こ、殺されるぅ~!!
雨降 (人影が小豆洗いだと気付く)そ、そなたは……。
小豆 あれ? この声は……雨降の旦那ぁ~!!
   (雨降に飛びつこうとして刀を向けられる)わ、わわっ!
雨降 森へ帰れと言ったであろう、何故ここに居る!
   よもや復讐に来た訳ではあるまいな!?
小豆 そ、そんな! あっしはただ……。
日和 ……雨降さん、この子と知り合いなのかい?
雨降 あ、いや、これは……。
小豆 おい小娘! あっしをガキ扱いすんでねぇ!!
   これでもあっしはおめぇより数百年は生きてんでい!
日和 え!? この子妖怪なのかい!? じゃあ、この子が
   昨日捕まった子で……、雨降さんが逃がしたの!?
小豆 あっ……!
雨降 (呆れ)馬鹿者……。
日和 (興味深そうに小豆洗いを見る)
   へぇ~、こんな人間みたいな妖怪が居るんだねぇ!
小豆 (怖がらない日和におどおど)
   な、何でい! どうせおめぇもお父とお母みてぇに
   あっしを殺す気なんだろう!? けどな、こっちにゃ
   旦那が居るんでい!
日和 え……!?
雨降 やめぬか、日和殿はそんなお方ではない! いいから森へ帰れ!
小豆 えぇ!? 昨夜ゆうべの旦那たぁ大違いだ!
   (ボソッと)……もしかして、その小娘に惚れてんですかい?
雨降 (しっかり聞こえて顔真っ赤)な!? ななななな…!!
   貴様さっきから聞いておれば!! そこへ直れ!
   この場で斬り捨ててくれる!!
小豆 ええぇっ!?
日和 ちょ、雨降さんよしなって!

 大きな腹の虫が鳴り、小豆洗いが恥ずかしそうにお腹を押さえる。
 暫く間があり、堰を切ったように日和が大笑いする。

日和 (未だにくすくす笑いながら)
   うちの手料理で良ければ、食べてくかい?
小豆 (素っ頓狂)……へ?
雨降 (落ち着き払った様子で刀を仕舞う)……日和殿の飯は美味いぞ。
小豆 (状況が呑み込めてない感じで)え、えっと……、
   じゃあ……いただきやす?

 暗転。雨は降り続いている。

語り手 雨が降らねば人は枯れ、雨が続けば人の身腐れ。
    おびに短し、たすきに長し。
    人より他に脆きものあらず。

 照明。日和の家で雨降、日和、小豆洗いの三人が
 向かい合って座っている。

日和 美味かったかい?
小豆 あ、へぇ……ご馳走様でやした。
雨降 それと? もう一つ言うべき事があるであろう?
小豆 (しょんぼり)……ごめんなせぇ。
日和 いいんだよぉ、気にしないでおくれ。
小豆 ……まさか、人間にこんな良い嬢ちゃんいたとはねぇ…。
   (ニヤニヤ)そりゃあ旦那も惚れる訳だ。
雨降 だから違うと言っておるだろう!
   確かに日和殿に恩は感じておるが、それだけだ!
小豆 またまた照れちゃって。その真っ赤なお顔に書いてありやすよ。
   「(雨降の声真似)拙者は日和殿を心よりお慕い申しておる!」
   ってね。
雨降 な、何っ!?(一瞬騙される) ……ええい! 
   おのれ、やはりこの場で斬り捨てる!!(抜刀)
小豆 (わざとらしく)わぁ~、助けて嬢ちゃん旦那が暴れるぅ~!
日和 (困惑)え、えっ!?
雨降 おい、日和殿を巻き込むな!!

 雨降と小豆洗いが言い合いながら日和の周りを走っていると、
 村人が慌てて日和の家の戸を叩く。

村人 日和!? 何の騒ぎだ!
小豆 げっ……。
雨降 まずい……。
日和 (大慌て)ああぁ! ちょいと待っておくれ!!

 雨降が小豆洗いを隠したのを確認して日和が戸を開けると、
 血相を変えた村人が飛び入ってくる。

村人 どうした!? まさか、逃げ出した妖怪が入り込んだか!?
日和 ち、違うんだよ! これは、えぇっと……。
雨降 ね、鼠! 大きな鼠が!!
日和 そ、そうなんだよ!
   でも雨降さんに退治してもらったから、もう大丈夫!
村人 (雨降を睨みつける)…貴様まだ居たのか。
   朝には村を出るのではなかったか?
雨降 うっ……。
日和 あたしが無理言って残ってもらってるんだよ!
   別にいいじゃないか!
村人 いい訳があるか、こんな何処の出かも知れぬ男を!
   お前ももう年頃の娘なのだから、それくらい自覚せぬか!
雨降 (ボソッと)おおむね同意にござる……。
日和 だから、雨降さんはそんな人じゃないって言ってるだろ!?
村人 たかが一晩泊めたくらいで、何故そう言い切れる!
日和 え!? それは……、えぇっと……。
雨降 (日和に被せる)そう言えば!
   今しがた、妖怪が逃げ出したと申されたが!?
村人 そうだ、日和! この前捕まえた妖怪が逃げ出したのだ!
   目撃した者が言うには、誰かが奴を逃がして……。
   (再び雨降を睨む)よもや、貴様ではあるまいな?
雨降 うぐっ……!
日和 (わざとらしく)あ! あっちに小豆洗いが!!
村人 何っ!? 何処だ!
日和 向こうの方! あ、逃げちまったよ!
村人 おのれ待て妖怪め!!

 村人が走り去るのを見届けて、雨降と日和が脱力してへたりこむ。
 その後で小豆洗いがゆっくりと顔を出す。

小豆  ……嬢ちゃん、あっしは此処だよ?
日和 (呆れながら)捕まりたかったのかい?
   本当にごめんね、あの人妖怪と関わったらすぐああだから……。
雨降 何、日和殿が謝る事では……。
   それより小豆洗い、何故なにゆえここへ来たのだ?
小豆 え? いや、その……。(もじもじ)
日和 どうしたんだい? 帰れないのかい?
小豆 実は、そうなんでやす……。
   あっしが逃げ出した事を知った人間達が、
   森中をあちこち探し回ってて……。
雨降 (呆れた溜息)なんとまぁ、執念深い連中だ。
日和 ……それで、また雨降さんに助けてもらおうって?
小豆 (キリッとして)とんでもねぇ!
   あっしは、他人に恩を着せたままにゃ出来ねぇ性分しょうぶん
   ……ただ、ここ人気ひとけが無かったから、
   空き家かな~って思いやして……。(空笑い)
雨降 (更に呆れる)……阿呆。
小豆 (しょんぼり)申し訳ねぇ…。
   それで嬢ちゃん、出来りゃああっしを匿っちゃくれねぇかい……?
日和 あたしは全然構わないよ。でも……。
小豆 でも?(きょとん)
日和 あたし一人で、小豆ちゃんを匿えるかねぇ……。(雨降を見ながら)
雨降 ふむ……。(日和の視線に気付いて)ん!?
小豆 ……小豆ちゃん?
雨降 日和殿! 一泊だけと申したであろう!!
日和 別にいいじゃないか! 何か急ぎの用でもあるのかい?
雨降 そ、そういう訳では無いが……そういう問題ではなかろう!
小豆 あぁ、旦那もついてるんならもう安心だ!
雨降 小豆洗い!!
日和 (悲しそうに)……雨降さん、もしかして……あたしの事嫌いかい?
雨降 えっ!?
小豆 (ドン引き)うわっ、こんな可愛い子捕まえといて
   何考えてんですかい!?
雨降 (慌てふためく)え、いや、だから…!(しまいにドンと座り込む)
   村人達が、お前を探すのを諦めるまでだからなっ!
日和 やった! ありがとう雨降さん!
小豆 さっすが、旦那は分かってやすねぇ!
雨降 (重く長い溜息)

 暗転。未だに止まない雨と村人が誰かに強く呼びかける声が聞こえる。

村人 おい、しっかりしろ! 気を強く持て!
   くそ、いつになったらこの雨は止むんだ…!

 照明。日和の家で深刻な顔をしている雨降と、
 それを心配そうな顔で見ている小豆洗いが座っている。

小豆 ……旦那、あっしが此処に来て随分経ちやすけど、
   最近嬢ちゃんに冷たかねぇですかい?
雨降 (不機嫌そうに)別に、いつもと変わらぬ。
小豆 そうですかい? あっしがここに匿ってもらってから、
   ずっとそんな怖ぇ顔してやすけど……。
雨降 (苛々しながら)小豆洗い、拙者はお前を逃がした時に言った筈だ!
   拙者はもうこの村を発たなければ、さもなくば……!
日和 (雨降に被せる)ただいま……。
雨降 ……日和殿?
小豆 どうしたんでぇ嬢ちゃん、えらく元気が無ぇじゃねぇか。
日和 …あたしの友達がね、重い病にかかっちまったんだ。
雨降 (血相を変えて)病……!?
小豆 な、何でまた!?
日和 お医者様が言うには、この長雨の所為だって……。
   ……一体いつになったら止むんだろうねぇ……。
雨降 くっ……!!(歯軋りして抜刀し、小豆洗いに向ける)
小豆 うわあっ!? だ、旦那!?
日和 な、何してんだい雨降さん!?
雨降 (冷血に)日和殿、村の者達はまだこやつを探しておるのか?
日和 え? あぁ……もう森に行く村人は見なくなったけど……。
雨降 ならばお前はもう去れ、二度と此処へ来るでないぞ。
小豆 えっ……。
日和 な、何でだい!? 別にいいじゃないか!
   そんなに急がなくたって……。
雨降 (日和に被せて怒鳴る)これ以上!
   妖怪が人間と共に居てはならぬのだ!!

 しんと静まり返る。

日和 ……酷い、どうしてそんな事言うんだい?
   妖怪も人間も、皆生きてるじゃないか!!
   なのに、どうして…!!
小豆 嬢ちゃん……。
雨降 (何も言わずに黙っている)
日和 (泣き出す)
   雨降さんはそんな事言う人じゃないって思ってたのに……、
   雨降さんは寂しいって思った事は無いのかい?
   誰かを失って泣いた事は無いのかい!?
雨降 ……拙者は泣けぬ性分しょうぶんゆえ
   生まれてこのかた、涙を流した事は一度たりとも……。

 雨降が言い切る前に日和が雨降の頬を叩く。

日和 ……あんた、最低だよ……!!(泣きながら家を飛び出す)
小豆 あ、嬢ちゃん!!(慌てて日和を追いかける)
雨降 (二人が出て行った後で、また重く長い溜息を吐く)

 場面は村の外。日和が雨に打たれて座り込んでるところに、
 小豆洗いが駆け寄って来る。

小豆 嬢ちゃん!
日和 小豆ちゃん……? 中に居なきゃ駄目じゃないか。
   村の人達に見つかっちまうよ……?
小豆 あっしの事ぁいいんだよ。嬢ちゃんこそ家に戻んねぇと、
   その友達とおんなじ病にかかっちまうよ?
日和 ……小豆ちゃん、あたしはおかしいのかな?
小豆 おかしい、って?
日和 人間も妖怪も関係無いって、皆生きてるんだって……。
   あたしが寂しがり屋だから、そう思うだけなのかな…?
小豆 (暫く黙り込んだ後、日和の隣に座り込む)そんな事ぁねぇさ。
   あっしだってお父とお母が殺されてから、ずっと寂しかった。
   でもあっしは、嬢ちゃんみてぇに「色んな人間が居る」だなんて
   思っちゃいなかった。
   人間に復讐する事ばっかり考えて、結局お父とお母みてぇに
   殺されそうになって……へへっ、今思うと馬鹿みてぇだ。
日和 (黙って聞いている)
小豆 あん時旦那が助けてくれなきゃ、嬢ちゃんに出会わなけりゃ、
   あっしは人間を憎んだまま……。
   世の中にゃ妖怪と仲良くしようとする人間も居るって事に、
   気付かなかったと思う。
日和 小豆ちゃん……。(少し元気になる)
小豆 (微笑む)……旦那の事、悪く思わねぇでやっとくれ。
   あの人は臆病なだけなんだ。
日和 臆病……?
雨降 (傘も差さずに現れる)日和殿、小豆洗い。
日和 雨降さん。
小豆 どうしたんですかい旦那、そのちは……。
雨降 (暗い顔で)……拙者はもう、この村を発つ。
日和 え……!?
雨降 ……今まで、世話をかけた。(一礼し、踵を返して去ろうとする)
日和 ちょ、ちょっと待っ……。(雨降を追おうとして、突然倒れる)
小豆 嬢ちゃん!?
雨降 (小豆洗いの声で振り返る)日和殿? 日和殿!
小豆 嬢ちゃん、しっかりしなせぇ!!

 暗転。雨はずっと降っている。

語り手 我は神ではなかれとて、我が涙は雨に同じ。
    雨が降り続ける限り、我が目に零れる涙無し。

 照明。場面は日和の家。
 床に臥せる日和の横で、雨降と小豆洗いが暗い顔をしている。

雨降 ……小豆洗い、拙者はもう行かねばならぬ。
小豆 でも、嬢ちゃんはまだ旦那に別れを……。
雨降 (小豆洗いに被せる)もうそんな暇も無かろう。
   二度とこの村に来る事も無いだろうが、
   日和殿の病が治ったら伝えてくれ。(家を出ようとする)
小豆 あんたはそれでいいのかい!?
雨降 (立ち止まる)
小豆 あんたの事は分かってるつもりさ。
   でもあんたが黙って去ったら、この子がどれだけ悲しむと思う!?
雨降 (黙っている)
小豆 あんただって本当は此処に居てぇんだろう!?
   嬢ちゃんの傍に居てやりてぇんだろう!?
   この子はあんたをとがめやしない、それはあんたが
   一番分かってんじゃねぇのかい!?
雨降 ……拙者が勝手なのは承知の上だ。しかしこの雨降、
   大切なものを守る術は……、(苦笑)これより他に知らぬのだ。
小豆 ……。(何も言えなくなる)
雨降 では、達者でな。(傘も持たずに日和の家を出る)
日和 (雨降が去ったタイミングで目を覚ます)……小豆ちゃん?
小豆 嬢ちゃん、気が付いたんだね!
   無理するでねぇ、起きてちゃ病が治らねぇぞ。
日和 雨降さんは……?
小豆 旦那は……。
日和 ……行っちまったんだね。
小豆 ……つい、さっき。
日和 そう……。(少し間を開けて)ねぇ、小豆ちゃん。
小豆 (優しく)何だい?
日和 さっき言ってた、雨降さんが臆病って……どういう意味だい?
小豆 (暫く黙り、溜息)旦那にゃ、黙ってろって言われたんだけどねぇ。
日和 え?
小豆 あっしを逃がしてくれた時に教えてくれたんだ。旦那はね……。

 場面は村の外。雨降がトボトボと村から出ていくところを、
 村人が銃を持って追いかける。

村人 待てっ!!(銃を雨降に向ける)
雨降 (振り向きもせず立ち止まる)……何用か。
村人 あの妖怪が逃げた時に、貴様の姿を見たと言う奴が居た!
   やはり貴様妖怪だな、貴様がこの雨を……!
雨降 (何も言わず黙っている)
村人 答えろ! 貴様が村の者達に、日和に、病をもたらしたのだろうっ!!
雨降 (振り返る)……いかにも。拙者は雨降小僧あめふりこぞう
   この世に雨をもたらす妖怪なり!
村人 やはり、ならばそこを動くな!
   貴様が死ねばこの雨は止むはずだ!!
雨降 好きに致せ。俺はもう……この呪いと生きるのに疲れた……。
村人 いさぎよいな、だが妖怪はこの世にあるべき存在ではないのだ!
   ここで成敗してくれるっ!!(引き金を引く)
日和 やめてっ!!(突然現れて雨降を庇う)
雨降 日和殿!?(村人と同時に)
村人 日和!?(雨降と同時に)

 村人が放った銃弾が日和に当たり、倒れる日和を雨降が支える。

雨降 日和殿! 日和殿っ!!
村人 (崩れ落ちる)日和、何故庇ったのだ……こんな妖怪を!
日和 (弱々しく)……違うよ、雨降さんは妖怪じゃないよ……。
村人 何だと……!?
小豆 (日和を追いかけて現れる)嬢ちゃん……!?
村人 貴様はっ…!!(小豆洗いを睨む)
小豆 (村人には目もくれず日和に駆け寄る)
   旦那、揺らすんじゃねぇ! 急所は外れてんだ!
   嬢ちゃん、しっかりしろ! なんて無茶しやがんだ!
村人 ……(唖然)
雨降 (泣き始める)……すまない日和殿、俺はまた……。
日和 ……あはは、武士が泣くんじゃないよ。情けない……。
雨降 俺の所為で、すまない……。

 雨降がすすり泣いていると、ずっと降っていた雨が上がる。

村人 (空を見上げて)……雨が、止んだ?
小豆 (ボソッと)危ねぇ賭けしやがって……。

 場面は日和の家。日和は居ない。
 そわそわした雨降と、怒った顔の小豆洗いが座っている。
 重苦しい雰囲気に耐え切れなくなり、雨降が家を出ようとする。

小豆 (振り向きもせず重い声で)何処へ行くんですかい、旦那。
雨降 ……やはり拙者は、もうここにはおれぬ。
小豆 雨はもう止んだじゃねぇですか。
   もうあの呪いに苦しめられる事も無いんですぜ?
雨降 しかし、日和殿が病を患ったのも、深手を負ってしまったのも、
   元はといえば俺が……!!
小豆 (雨降に被せる)自惚うぬぼれんな小僧。
雨降 !?
小豆 誰が雨降小僧だって? 笑わせるんでねぇ。
   あっしはあんたを同族だと思った事ぁ一度もねぇ。
   雨に憑かれたぐれぇで妖怪ぶんな。
   どう頑張ったって、あんたぁ人間でしかねぇんだよ。
雨降 小豆洗い……。
小豆 嬢ちゃんに、全部話したんだ。
雨降 なっ……!?
小豆 あんたが家族を守る為に、妖怪の雨降小僧あめふりこぞうを殺しちまった事。
   その所為であんたが居る所に雨が降り続ける呪いを受けちまった事。
   (ここから苦笑して)あっしを助けたのだって、
   この村が呪われるかもって思ったからだろ?
   ……そしたら嬢ちゃん、「呪いを解いてあげなきゃ」って、
   飛び出しちまって。
雨降 ……何故なにゆえ日和殿は、そのすべを知っていたのだ?
小豆 さてね、もしかしたら嬢ちゃん、謝りたかったんじゃねぇのかい?
雨降 謝る……?
小豆 あんたの頬を引っ叩いた事さ。
   「悲しくても泣けないのは、それ自体が一番悲しい」って、
   そん時嬢ちゃん言ってたから。
雨降 ……そうか。(憑き物が落ちたような顔で再び外へ向かう)
小豆 (今度は驚いて)ちょいと旦那ぁ! 何処行くんですかいって!!
雨降 (爽やかに)行く宛てなど無いさ。拙者は旅の侍だ。
   同じ場所には長らく留まれぬ性分しょうぶんなのだ。
小豆 ……。(何も言えなくなる)
村人 (突然戸を開けて入って来る)おいっ!!
小豆 げっ……!(慌てて隠れる)
雨降 (きょとん)お主は……、どうなされたのだ?
村人 お前、もうこの村を発つのか?
雨降 い、いかにも……。
村人 ……最後くらいは、せめて日和に会ってやれ。
雨降 え? し、しかし……。
村人 いいから行け! 日和が待ってるんだぞ!(雨降を引っ張り出す)
雨降 わ、っとと……!

 場面は村の外。日和がぼんやりと久々の日向ぼっこをしている。

雨降 (日和に駆け寄る)日和殿、探したぞ!
日和 雨降さん? もう行っちまったかと思ったよ……。
雨降 (気まずそうに)い、いやその……、
   日和殿からまだ別れの言葉を聞いてないと思って……。
   (気を取り直して)それより、大人しく寝ておれ!
   傷も病も軽くは無いのだぞ!?
日和 (いじわるっぽく)誰の所為だい、誰の。
雨降 うっ……。
日和 (くすくす笑って)冗談さ、あたしはそんな事じゃ怒らないよ!
   (雨降の背中をばしばし叩く)
雨降 (痛そうに)そ、そんな事って……。
日和 (少し寂しそうに)……もう、行っちまうんだよね。
雨降 (暫く黙っている)……何、これからは小豆洗いが居る。
   寂しくは無かろう?
日和 うん……。
雨降 (観念したように溜息)分かった。
   お主が元気になったら、また寄らせてもらう。
日和 (嬉しそうに)本当かい!?
雨降 武士は嘘をかぬ、だから、それまで大人しくしておれ。
日和 うん、うん! あたし絶対怪我も病気も治すからね!
   (小指を出して、雨降と指切りをする)
雨降 では、拙者はもう行くとする。
日和 あ、うん…気をつけてね!
雨降 ああ。日和殿、ありがとう。(ゆっくりと退場する)
日和 (雨降が去ってから、呼びかけるように大声で)
   雨降さん! ありがとう!

 少し間。日和の手に水が滴り落ちる。

日和 (泣いているが、気付かないふり)
   あれ、また雨? ……ふふ、綺麗……。

 暗転。優しい風の音がする。

語り手 濡れた道は日に照らされ、人の行く先を導く。
    日照る雨が、尾を引こうとも。
    それが人の定めなれば。

 ―終幕―

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